夢幻指弾 二十八
21
──同時刻、地下バー『イーグル』。
「子供をさらって人質にするだと!?」
「ひっ──!?」
衛は怒鳴り、左手でオールバックの男の胸ぐらを掴んだ。
男は、今にも失禁しかねないほどにたじろいでいる。
「答えろ!! あのカスはどこにいる!!」
「し、知らねえって……!」
「とぼけんな!! 秀児の前に俺が殺すぞ!!」
「し、知らねえ、本当に知らねえんだよ! 廃ビルに立てこもるって言って、そのまま野口さんたちとガキをさらいに行っちまったんだよ!!」
オールバックの男は震えあがりながら、悲鳴をあげるかのようにそう答えた。
その様子に、嘘をついているような素振りは見られなかった。
「う、うそ」
傍らで震える声が聞こえた。
衛はハッとした顔でそちらを見る。
そこには、青ざめた顔で呆然と立ち尽くすマリーの姿があった。
「こ、子供が、人質……? し、死ぬ……? こ、殺される……?」
「落ち着け、冷静になるんじゃマリー」
放心状態でうわ言のように呟くマリーに、舞衣が諭すように語りかける。
舞衣もまた青ざめた顔をしていたが、マリーよりも多少は落ち着いているように見えた。
「助ければよい。まだ間に合う。わしらが助けるんじゃ。分かるか?」
「う、うん。そう、そうよね。あたしらが助ければいいんだよね」
舞依の言葉に、マリーは我を取り戻したようであった。
しかし、声はまだ震えている。完全に動揺は抜けきっていない。
(……キレてる場合じゃない。俺も冷静にならないと)
衛は、動揺している己の心を反省すると、一度深呼吸をした。
「……悪かった」
「お、おう……」
衛が手を離すと、男はよろよろと二歩下がった。
ほんの少しだけ安堵しているようではあったが、衛を見る目には怯えが見て取れた。
その目を見て、少しの罪悪感と後味の悪さを感じながら、頭を掻いた。
「本当に居場所は知らないんだな」
「……おう」
「なら、奴らの私物はないか」
「私物?」
「そうだ。江上秀児か野口の私物。それさえあれば、居場所を捜せる」
「……私物か……それなら──」
「おい! お前マジでこいつらに手ェ貸すつもりかよ!?」
その時、周囲の他のならず者たちが口を挟み始めた。
衛がオールバックの男に詰め寄っていた時、彼らは皆震え上がりながら、黙って事の成り行きを見守っていた。
しかし、どうやら自分たちに危機が及ぶことだけは、看過できないようであった。
「秀児の野郎が『邪魔したら殺す』って言ってただろうが!! 忘れちまったのかよてめえ!!」
「だ、だってよぉ……」
オールバックの男は、委縮した様子でたじろく。
そんな彼に、周囲の仲間たちは矢継ぎ早に罵声を浴びせかけた。
「ふざけんな! お前のせいで俺らまで殺されるかもしれねえんだぞ!!」
「イモ引いてんじゃねえよヘタレ!!」
「ヤキ入れンぞコラ!!」
「ぬしら、まだそんなことを言っておるのか!!
次の瞬間、舞依がピシャリと叫んだ。
店内に響くその一声で、半グレたちの喧騒は一瞬で静まり返った。
「ぬしらが、自分たちの命を惜しがる気持ちは解かる。しかし、ぬしらだけでなく、子どもの命もかかっておるんじゃぞ! ぬしらよりももっと若い、大人にもなっておらん子どもたちが、今まさに死にかけておるんじゃぞ!!」
「「「……」」」
舞依の叱責に、彼らは何も答えなかった。
無反応だったのではない。
答えはしなかったが、半グレたちは確かに反応を示していた。
──意気消沈する者。
──何かを言い返そうとするも、言葉が見つからない者。
──どうしていいか分からず、顔を覆う者。
舞依の心からの叫びは、確かに彼らの耳に届いていた。
「俺たちは人質を助けに行く」
衛は、彼らの前に一歩踏み出した。
そして、凄まじい形相で彼らを睨みつけた。
「……止めるなら、容赦しねえぞ」




