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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 二十五

 ──衛は頷き、腰を下ろしながらジャケットを脱ぐ。

 それをカーテン代わりにし、衰弱した男とマリーを覆い隠した。


 衛のその行動に、周囲のならず者たちがどよめく。

 不良の一人が、衛に不機嫌そうに尋ねた。

「おい、お前ら何するつもりだよ」

「応急処置だ」

「はぁ!? ガキに何が出来るってんだよ! ごっこ遊びでもさせるつもりかよ!?」


「ああもう、シーッ! 少し静かにしてよ! 集中できない!」

 咎める不良を、マリーがたしなめる。

 十歳にも満たないように見える彼女の声からは、ごっこ遊びをしようというような余裕は微塵も感じられない。

 あまりの真剣な言葉に気圧されたのか、あるいは何かを感じ取ったのか──男は、渋々と引き下がった。


「マリー、冷静にやるんじゃぞ。消毒のイメージも忘れずにな」

「うん、任せて」

 舞依のアドバイスに、マリーが応じる。

 声に震えはない。覚悟のこもった、しっかりとした返事であった。


「……スー……ハー……」

 ──ジャケットの影から、人形妖怪の深呼吸が聞こえる。

 酸素と共に生命の力を循環させているような、そんな神秘的な雰囲気が伝わってくる。

 再び、一瞬の静寂。

 そして──


「──光よ、癒やせ」


 ──鈴の音を鳴らすような優しい囁きが、荒廃したバーに小さく響き渡った。

 直後、黒いカーテンの向こうからあたたかい光が溢れる。

 それと共に、訝しむように見守っていたならず者たちの口から、驚きと戸惑いの声が漏れ出ていた。


 光は、しばらくそこから溢れていた。

 やがて、ゆっくりと輝きが弱くなっていき、バーは元の薄暗さに包まれた。


「……出来た!」

 マリーのほっとしたような声が聞こえた。

 衛がジャケットのカーテンをどかす。

 そこには、一仕事を終えたマリーの背中と、寝息を立てる坊主頭の男の姿があった。

 肩に空いていた痛々しい穴は、ピンク色の肉によって塞がれていた。

 男の様子も、大分楽になったらしい。

 先ほどまでは脂汗をかきながら苦悶していたが、今は静かに寝息を立てていた。


「……うむ、塞がっとる。よくやってくれたな」

「……えへへ。どういたしまして」

 舞依が微笑み、マリーの頭をなでる。

 彼女からの素直な誉め言葉に、マリーははにかむように笑っていた。


 直後、一部始終を見守っていた半グレたちの安堵の声と、控えめな歓声がこぼれた。

「お、おい、おい。今、何したんだよ……!?」

「教えねえ。今見た光のことも誰にも言うなよ」

「お、おう! いやそれにしても、すげーなこのガキ! 手品、いや、マジで魔法──」


「そんなことを言っとる場合か」

 ならず者たちの声を、舞依が静かに制した。

 沸き立つ周囲の様子とは対照的な、凍り付きそうなほどに冷ややかな声であった。


「あ、悪い。礼を言ってなかったな。助かっ──」

「そんなことはどうでもよい」

 舞依がキッと睨みつける。

 さきほどまでマリーに見せていた優しい表情はない。

 静かな憤りだけが、その顔に現れていた。


「……なぜこうなるまで放っておいたんじゃ。もう少し遅ければ、命を落とすかもしれなかったんじゃぞ」

「う……」

 幼い少女の口から、鋭い言葉が飛び出した。

 突きつけられた事実に、不良たちは思わずたじろぎ、そのまま閉口する。


「……こうして死にかけておる時、普通なら病院に連れていくなり、救急車を呼ぶなりするじゃろうが。ましてや、ぬしらはこやつの友達じゃろうが……! ぬしらは、友達が死にかけておっても見捨てるのか……!?」

「……」

 舞依の叱責に、半グレたちは俯き、顔を曇らせた。

 怒鳴ったわけでも、泣き喚いたわけでもない。

 しかし、彼女のその静かな叱責の言葉は、この場の不良たちの心に深く突き刺さったようであった。


 衛は、そんな彼女の言葉を聞き、眉間に寄った皺をわずかに和らげた。

 彼女と同じ気持ちを、衛もまた抱いていた。

 自分以上にストレートに、彼女は言葉にしてならず者たちに伝えてくれた──内心、衛はそのことに感謝した。


「……その」

 半グレの一人が、おずおずと口を開く。

 先ほどのオールバックの男であった。

 その様子はまるで、教師にこっぴどく叱られている生徒のようであった。


「……ほったらかすつもりはなかったんだよ。……でも、行けなかったんだ」

「『行くな』とでも言われたか?」

 振りむきながらぶっきらぼうに、しかし冷静に衛が尋ねる。

 男はしばし口ごもった後、ためらいがちに頷いた。


「……『警察と病院は足がつくから絶対行くな。逆らったら殺す』って」

「それも、江上秀児からか? それとも野口か?」

「……秀児の奴から」


 衛は小さくため息をつく。

 そして、わずかに凄みのある表情を浮かべながら尋ねた。

「……俺は、江上を叩きのめしに来た。昨日、ここに江上が来て大暴れしたってタレコミがあった。間違いないな」

「……」

 男は、おびえた顔で頷いた。

 先ほどのように、衛の前に立ち塞がるような気概は、もはや微塵も感じられなかった。


「よし、ここからは俺の推理だ。昨日、お前らは江上にかちこまれてボコられた。勝った江上は、野口に代わってお前らのトップに就いた。その結果、お前らはこの子らをさらうよう顎で使われたり、歯向かった奴らは痛い目に遭わされてる。──そんなところか?」

「……」

 衛の言葉に対し、返事はない。

 しかし、その沈黙と意気消沈した姿こそが、何よりの肯定であった。

 

「奴は今どこだ?」

「……野口さんと一緒にいる。他にも大勢連れて行った」

「教えろ。江上は何を企んでる? お前らをここまでボコったり、お前らを使ってこの子らをさらおうとしたり。奴は何をしようとしてるんだ?」

「……」


 汗の浮かんだ男の蒼白な顔が、いっそう青ざめる。

 それから、助けを求めるかのように、周囲の仲間たちをキョロキョロと見回した。

 しかし、誰も口を開く様子はない。

 やがて、助け舟がないことを悟り──観念したように、口を割った。


「……『遊ぶ』って言ってた」

「『遊ぶ』?」

「……ああ。昨日、ムカつく奴と知り合ったから、そいつと遊ぶって」

「……どうやって?」

「……」


 男の体が震え始める。

 恐れと後悔、葛藤が混ざり合い、苦悶の表情となって浮かび上がる。

 長い、長い沈黙。

 それから、意を決したように、両目を強くつぶり──打ち明けた。


「……!?」

 男の言葉を聞き、衛の顔に浮かび上がったのは──見た者全てを震え上がらせるほどの、鬼の形相であった。

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