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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 二十四

19

「……ここか?」

 立ち止まった男に、衛が尋ねる。

「は、はい、そうッス……」

 ブレイズヘアーの男が、怯えたような声で答える。

 傍らのツーブロックの男は、衛を一瞥しただけで、すぐに視線を落としてしまった。

 彼らのその様子を見て、弱いものいじめでもしているようで、衛は少し気の毒な気持ちになってしまっていた。


 ──颯人との連絡の後、衛とマリー・舞依の三人は、襲撃してきた二人のならず者に案内され、野口らが昨晩いた場所へと向かっていた。

 黙々と歩き続け、たどり着いたのは、繁華街の廃れた一角。

 古びたレンガ調の建物の横に出来た、地下へと続く階段。

 野口の友人が経営しているというバー、『イーグル』である。


 建物や階段の壁には、スプレーによってストリートアートが施されていた。

 足元にはゴミが散乱しており、衛生的とは言い難い状態である。

 階段を降りきるまで、そのような光景が続いていた。

 まるで、映画の中に出てくるような、ならず者たちの溜まり場をそのままイメージ通りに再現したかのような風景であった。


「……ここが、そのバーです」

「ありがとう。じゃあ先に入ってくれ」

「は、はい……」

 衛に促され、二人組の男がバーの扉を開ける。


 そこから漂ってきたのは、凄まじい臭気であった。

 芳香剤では誤魔化しきれないほどの、アルコールと煙草の香り──それらに混ざり込む、血やアンモニアの匂い。

 衛にとっては既に慣れた匂いではあったが、助手たちは嫌悪感を抑えかねているようであった。

「うわ、キッツ……!」

 マリーはそう口走りながら、顔をしかめている。

 一方の舞依は無言であったが、流石に堪えきれなかったようで、ほんのわずかに顔をしかめていた。


「……どうぞ」

 先導の二人の後に続き、衛と助手たちも、店内に足を踏み入れた。


 ──そこに広がっていたのは、暴力団同士の抗争でもあったかのような凄惨な光景であった。

 薄暗い店内の至るところに生じているひび割れや凹み。

 テーブルと思しき崩れたオブジェ。

 床に散乱している割れた酒瓶の破片。

 溢れたままになっている液体や吐瀉物。

 飛び散ったまま固まりつつある、赤黒い血痕。

 カツミの言った通り、昨晩ここで乱闘騒ぎがあったことは明白であった。


「おい、誰だよそいつ!」

「ガキだけ攫ってこいって言われてただろうが!」

 店の奥から、震えの混じった怒鳴り声が飛んできた。


 衛たちがそちらに目を向けると、壁際に男が十人ほどいた。

 全員、襲撃を仕掛けてきた二人組と似た雰囲気を持っている。

 髪型、服装、装飾品──それら全てが、『自分は気合の入った不良である』と物語っていた。


 そして──そこにいる全員が、ボロボロであった。

 全身に傷や打撲痕があり、自慢の服も汚れや破損が妙に目立った。

 眉間には、不安や恐れ、怒りを刻み込むかのように、深い皺が寄っていた。


 特に、彼らの中でも一際目を引いたのは──


「いかん……!」

 その人物を見て、舞依が切羽詰まったような声を発していた。

 衛やマリーも、一目見ただけで緊急性の高さを感じ取った。


 三人が彼のそばへ近寄ろうとすると、半グレたちの一人が、立ち塞がるかのように前に出た。

 しかし、衛たちは構うことなく、壁に向かって止まらずに歩いていく。

「おいコラチビ。ここがどこか──」

「どけ!!」

「……ッ!?」

 突っかかってきた男を、衛が一喝する。

 そのあまりの剣幕に、男は横にどき、道を譲っていた。


 衛たちが歩み寄った相手は──壁にぐったりともたれかかるように座っている、剃り込みの入った坊主頭の男であった。

 上半身が裸で、体の至るところに打撲痕があった。

 左肩には包帯が巻いてあり、赤黒い血がべったりと滲んでいる。

 薄暗い店内でも分かるほどに顔面は蒼白で、脂汗が浮いていた。


「……」

 衛は眉根を寄せながら、坊主の男の包帯を慎重に剥がし始める。

 止血用の布の下から現れたのは、反対側が見えそうなほどにぽっかりと空いた、真新しい傷穴であった。

 一見、銃撃による傷のようにも見えた。

 だが良く見てみると、傷口が妙に綺麗であった。

 銃創ならば、もっと傷がズタズタになっていてもおかしくない。

 しかしこの傷は、周囲の皮膚や肉を傷付けることなく、ぽっかりと穴を空けるかのように出来ている。

 まるで、穴開けパンチで紙に穿たれた穴のようであった。


「この傷はどうやって?」

「……」

 傍らで見ていたオールバックの男に尋ねる。

 しかし、返事はない。

 表情を歪めたまま、衛から目線をそらしている。


「……江上秀児」

「……!」

 その名を聞いた途端、オールバックの男が両目を見開いた。

 彼の様子を見て、衛は確信した。

 予想通り──秀児の能力による傷に違いなかった。


「マズいのう」

 傷を見ながら、舞依がそう呟く。

「思ったよりも傷が大きい。早く出血を止めんと」

「治せるか?」

「わしは厳しいが、マリーならあるいは」


 舞依はそう言うと、マリーを見た。

 見つめ返すマリーの顔には緊張が浮かんでいるが、萎縮した様子は見られない。眼差しには強い意思が宿っていた。

「どうじゃ、頼めるか?」

「やる!」

 感情のこもった声で、マリーはそう答えた。

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