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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 二十二

18

『──というわけで、今から野口の仲間の所に行ってくる』

「ラッキーッスね、いきなり秀児と関係あるやつにぶち当たるなんて! カモがネギ背負ってきたわけだ!」

『ああ。とはいえ、素直に喜んでいいのか複雑だな』

「突然襲われたわけッスからねえ。何にせよ、さらわれなかったから一安心っすよ」

 そう言いながら、颯人は安堵したように笑った。


 颯人が衛から電話を受け取ったのは、秀児が生まれ育った江上家へと足を運ぶ最中のことであった。

 どこを見渡しても高い塀が並ぶ高級住宅街。

 広がっている曇り空も相まって、閉鎖的な雰囲気の漂う住宅地。

 そこを歩いている時に、衛から電話がかかってきたのである。

 内容は、野口のグループと秀児が接触した可能性があるという情報を得たこと。

 そして、つい先ほど、襲撃してきた野口の仲間を捕らえたというものであった。


「それにしても、マリーちゃんと舞衣ちゃんが狙われるとは思わなかったッスよ」

『ああ。何考えてるかは分からないけど、思った以上に危ない奴だってことは間違いないな』

「そっすね。ふざけやがってあのクソ野郎、あんな可愛い子たちを狙うなんて……!」

『落ち着け。気持ちは分かるけど、守ることはできたんだ』

「……そ、そうっすね。それに、あいつが言ったターゲットのうちの『子供』のほうは解決したわけですしね」


『まあな。残りはもう一つの──』

「ええ。『典型的なダメ親』のほうッスね」

『あいつにとってのダメ親というと、やっぱり奴の両親のことか?』

「多分そうだと思うッス。あいつからしたら厳しく抑えつけられた上に、問答無用で勘当するような人間ですもんね」

『……』


「今のところ、うちのエージェントと警察が協力して、江上宅の警護をやってます。俺ももうすぐ合流して、秀児の居場所を調べてみます。そんで、衛さんは今からバーにいくんスね」

『ああ。襲ってきた奴らの話によると、やっぱり江上秀児からの指示らしい。バーにはまだ仲間たちが残ってるらしいから、そこでまた話を聞いてくる』

「話してくれますかねえ? もしかしたら袋叩きにしようとしてくるかもしれないッスよ」

「俺もそう思う。気をつけていくよ。じゃあ、そろそろ切るぞ」

「ウッス、お疲れさんです。また後で」

 そう言い終わると、電話を切った。


 歩く速さが加速する。

 衛たちはもう手掛かりに向けて一歩前進した。

 負けていられない。気合を入れなければならない──そう思い、全身に力をみなぎらせていた。


「せんぱーい!」

 歩いていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると、ヒナがこちらに向かって駆けてきていた。

 手にビニール袋をぶら下げている。中に入っているのは、ペットボトル飲料のようである。どうやら買い出しを頼まれていたらしい。


「先輩、お疲れ様です!」

「おう、お疲れヒナちゃん」

「遅いですよー! どこでサボってたんです? 室長の雷で落ち込んじゃったんですか?」

「いやいやいやサボってねえし落ち込んでもねえって! 民間の退魔師さんに協力をお願いしてたの!」


「民間の退魔師……。っていうと、ひょっとして青木さんですか?」

「そうそう。実は今回の犯人、実は青木さんにも少しだけ関係あってさ」

「え? 犯人と知り合いだったとか?」

「いや、知り合いってわけじゃないんだわ。まあその辺りは後で説明するよ。……って、それよりも──」

 颯人はそこで声量を抑えると、ヒナに耳打ちした。


「……衛さんのこと、誰にも言ってないよな?」

「心配し過ぎですって。もちろん言ってませんよ。先輩と室長にあれだけ口止めされたら、誰にも話せませんよ」

 失敬だとでも言いたげな顔で、ヒナはそう答えた。


「それにしても、どうして青木さんのことは話しちゃいけないんですか?」

「それだけはマジで言えないんだよなあ。色々と込み入った事情があってさ。今はまだ話せないんだよ」

 苦笑いを浮かべながら、颯人は言った。


「おっ、あそこか」

 雑談をしながら歩いていると、目的地が見えてきた。


 程よい高さの塀に囲まれた、清潔感のある白い家が見える。

 周囲の家と見比べても遜色のない、立派なモダン住宅である。

 門の前には、二人のスーツ姿の男性が立っていた。私服警官である。以前、警察と協力して仕事をした際に面識があった。


「お疲れ様です、超研対(SRB)の奥寺です」

 颯人は挨拶をしながら、門の左右に立っている警官に敬礼をする。ヒナもそれに倣い、敬礼を行う。


 対する警官たちも、颯人たちに丁寧に敬礼を返した。

「どうも、お疲れ様です」

「ご同僚の皆さんは中にいらっしゃいます。お入りください」

「はい、ありがとうございます」

 颯人が門を開き、塀の中に入る。

 直後、玄関の扉が開くのが見えた。


「おお、来たか颯人!」

 江上宅の玄関から、一人の男性が姿を現した。

 ラグビー選手のように屈強な体と、精悍な笑みを浮かべた顔。

 颯人の先輩で一捜のエージェント、岸本である。


「岸本さん、買ってきましたよー!」

「おお、ありがとなヒナ。助かったよ」

 ヒナから手渡された袋を、岸本はありがたく受け取る。


「お疲れッス。どうスか調子は」

「いやあ、マジで疲れたよ。今まで色んなヤマを経験したけど、こんなに疲れるのも久しぶりだな」

「おっ、珍しいッスね。体力自慢の岸本さんが弱音とは」

「弱音も出るさ。ここの家主、中々スゴいぞ」

 そう言うと、岸本は声を小さくして打ち明ける。


「……大きな声じゃ言えないが、江上夫妻はどっちもヒステリックでな。特に旦那のほうは癇癪玉そのものだ。ずっとピリピリしてて、ろくに話も出来やしない」

「無理もないですよ、岸本さん。縁を切ったはずの息子が近くに来てて、しかも最悪な事件を起こして回ってるんですし」

「まあな。最も、旦那がピリピリしてんのは息子の心配をしてるからじゃなくて、『自分の立場が危うくなりそうだから』みたいだけどな」

「……なるほど。ダメ親ッスね」

 呆れたように、颯人は呟いた。


 ──その時、江上宅から、怒鳴り声が聞こえてきた。

「……始まったぞ」

「『始まった』って──もしかして、今の声が?」

「ああ、噂の旦那さんだ」

 うんざりした顔で岸本が答える。

 岸本は、一捜の中でも心身ともに鍛え抜かれたトップクラスの精鋭である。そんな彼が、ここまで顔をしかめるのである。秀児の父親は、よほど強烈な人物に違いない──颯人はそう思った。

「俺、ちょっと行ってきます」

「おう。心して行けよ」


 颯人とヒナは、玄関に早足で向かう。

 扉をおそるおそる開けると、上品そうな芳香剤の香りが漂ってくる。

 直後に、スーツ姿の二人の男性が口論をしている光景が見えた。


 一人は、短髪の三十台くらいの男性であった。SRBエージェントの中井である。

 もう一人は、頬がこけた神経質そうな中年の男性であった。彼が家主である江上に違いなかった。


「ちょっとちょっと、待ってくださいよ江上さん!」

「うるさい! 放っておいてくれ!」

「そういう訳にもいかないでしょう! あなた命を狙われてるかもしれないんですよ!?」

 困り顔の中井が、江上を何とか説得しようと試みる。

 しかし、江上は不機嫌な様子を隠そうともせず、バタバタと荒っぽい動きで革靴を履こうとしていた。


「あのー、すみません」

 割って入るように、颯人が口を開く。

 その声を聞いて、家主は訝しむように颯人を見た。


「……誰だあんたは」

「あ、申し遅れました。奥寺颯人です。江上さんの身辺の警護に来たんですが」

「……あんたもこの連中のお仲間か」


 江上は、侮蔑を孕んだ瞳で睨めつけてくる。

 値踏みするようにじろじろと見つめた後、小馬鹿にするように鼻を一つ鳴らした。


「ふん。その髪といい態度といい、随分と軽薄そうな奴だな」

「あはは、すみません。よく言われます」

「警察の協力組織と聞いていたが、まさかこんなチャラチャラした奴が来るとはな」

「いやいや、チャラチャラしてるように見えるかもしれないスけど、警護はしっかりとやりますよ! こう見えて自分は──」

「いや、もういい」


 ハエでも追い払うかのように手を振ると、江上は再び革靴を履き始めた。


「付き合いきれん。私は会社に行く」

「やめてください江上さん、このままここで待機してください」


 うんざりした様子で、再び中井が止めに入る。

 しかし、やはり江上は聞く耳を持たなかった。


「断る。そこを通してくれ。私は忙しいんだ」

「江上さん……!」

「しつこいぞ! 今日は大事な会議があるんだ! どうして休まなければならないんだ!」

「仕事も大事でしょうが、それよりも命が大事でしょう……! それに、今回の事件には息子さんが関わっている可能性が高いんですよ……!?」


「何が息子だ!!」


 江上の声が、玄関に響き渡った。

 怒号と言っても過言ではないほどの大声に、一同は皆押し黙る。


「どうして奴が連続殺人なんか起こすんだ!? 犯人は本当に秀児なのか!? あんたたちの捜査が間違ってるんじゃないのか!? 私の邪魔をする暇があるなら、少しは捜査をやり直したらどうだ!?」

「江上さん、落ち着いて──」

「黙れ! そもそも、私はあんな出来損ないのことをもう息子だなんて思ってはいない! だが世間はそんなこと知ったことではないんだ! もし奴が逮捕されれば──いや、それ以前に奴のことをマスコミが報じられれば、私の経歴に傷がつくし、職場での立場も危うくなる! もしあんたたちが犯人を誤認していたのだとしたら、一体どう責任をとるつもりなんだ!!」

「……」

「だいたい何だ、SRBとは!? 警察の協力者と聞いて仕方なく招き入れたら、こんなチャラチャラした奴や年端もいかんような女までやってきて! お前らも秀児とグルなんじゃないのか!? どうなんだ、ああ!?」


 江上は唾を飛ばしながら、その場にいる三人に感情的にまくしたてる。

 それを聴きながら、颯人は呆気に取られていた。


 この親にしてあの息子あり──そう言い表す他ない。

 颯人は呆れかえりつつも、己の表情に出ないよう、気持ちを押し殺した。

 おそらく、ヒナと中井も同じ気持ちに違いなかった。


 ──その時であった。


「……何、この声?」

 最初に気付いたのは、ヒナであった。

 江上の激昂が収まり、玄関に静寂が訪れた。

 代わりに、外から声が聞こえてきたのである。

 それも、一人の声ではない。

 複数の人間が騒いでいる声である。


「あ、あなた!!」

 直後、廊下横の階段の上から、声が聞こえてきた。

 慌ただしい音と共に、三人の女性が下りてくる。

 スーツ姿の女性三人は、SRBのエージェントである。

 もう一人は、目の釣りあがった私服姿の女性であった。おそらく、江上の妻であろう。

 それと同時に、1階のリビングと思しき部屋から、二人の男性が現れた。

 門番を務める私服警官の仲間に違いない。


「家の周りに、大勢の人が!」

「何!?」

 妻の言葉に驚愕する夫をよそに、颯人は再び玄関の扉を少し開いた。


 そこに広がっていたのは──江上邸の塀を取り囲う人だかりであった。

 人数はおよそ十数名。

 年齢は二十代半ばくらいであろうか。

 服装も髪も派手で、品行方正とは言い難い風貌である。

 彼らの中にはバット、鉄パイプといった長物で武装している者もいた。

 そんな人間たちが大勢で、門の前で警護にあたる者たちを取り囲み、威嚇するかのように罵声を浴びせているのである。


「中井さん!」

 素早く中井を見る。

 中井は頷き、即断した。


「俺、颯人、ヒナの三人は応援に行く! 他の三人は、警察の皆さんと協力して江上さんたちを安全な部屋へ!」

「「「「「了解!」」」」」

 下った指示の下、その場のSRBエージェントたちが一斉に行動を開始する。

 颯人もまた、玄関を飛び出し、門へと素早く駆け出した。

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