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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 二十

16

 歌舞伎町──『眠らない街』と称される、日本国内でも指折りの繁華街。


 夜の煌びやかな光景とは打って変わって、昼間のこの街はどこかくすんで見えた。


 人通りは多いが、それでも夜の喧騒には及ばない。人々の大半が労働中の移動らしく、遊ぶための余裕などはほとんどの者の顔に浮かんではいなかった。顔に射した影は不景気によるものか、あるいは職場や営業先に向かわねばならないことへのストレスか。はたまた、今世間を騒がせている、暗いニュースによるものなのか。


 夜の闇はとうに消え失せているため、店や看板からは派手な色の光は灯っていない。陽光が射す現在のほうが間違いなく明るいはずである。だが暗闇に輝くネオン光のないこの街は、俯き気味に歩く人々の顔のように、建造物同士の影に覆われてどこか落ち込んでいるように感じられた。


 歌舞伎町に店を構えるガールズバー『プリンセス』の店内もまた、開店中のかしましさを微塵も感じられないほどに静かであった。


 現在、この店の中にいるのは四人。衛、マリー、舞依──そして、カウンターの奥で話を聞いている、店長のカツミである。


「江上秀児……。そう、あの子帰ってきてたのね……」

 その人物の名を衛から聞いた直後、カツミは心底嫌そうに顔を歪めた。

 苦虫を噛み潰したような顔を見せるカツミを見て、江上秀児なる人物がどんな男なのか、ある程度は予想できた。


「カツミさん、そいつのこと知ってるの?」

「ええ。数年前にこの辺りでヤンチャしてた悪ガキよ。知り合いってわけじゃあないけどね」

 うんざりした様子でカツミが話す。


「『ヤンチャ』というと、どんなことをしとったんじゃ?」

「盗みやら恐喝やらがほとんど。他にもイライラしたら通行人をぶん殴ったり、半グレに後ろから襲い掛かったりしてたらしいわ」

「うわ~、嫌な奴」

「そうね。でも、調子に乗って色々とやりすぎちゃってね。ここいらで幅を効かせてる半グレ連中に目をつけられて、リンチされたの。それ以来、どこかに逃げてったって話よ」

 カツミはそう話しながら、三人分の紅茶を並べた。

 紅茶から立つ柔らかな香りを嗅ぎ、衛は心の緊張がわずかに和らいだように感じた。


「その江上が、また帰ってきたわけか」

「本当、何を考えてるのかしらね。帰ってきたって血眼になった半グレどもに追い掛け回されるだけだってのに──あら?」

 茶菓子を並べていたカツミの手が、一瞬だけ止まる。


「ひょっとして、ゆうべの野口のグループの件って……?」

「『野口』?」

「あら、衛ちゃん知らないかしら? 野口隆太ってヤツ」

「……ああ、野口隆太か。少しなら」

 聞き覚えのある名前に、衛が頷く。


「……? 有名なのか、その野口とやらは?」

 舞依が尋ねる。マリーもまた、茶菓子を頬張りながら誰なのだろうという表情をしている。衛と違い、二人はつい最近この街に出入りし始めたばかりである。知らないのも無理はなかった。


「有名な半グレ集団のリーダー格だよ」

「そう。犯罪者まがいの荒くれどもを引き連れて悪さしまくってる乱暴者よ」

「でも、野口は俺がこの街に来る前後くらいに大人しくなったって聞いたけど」

「ええ。あの時は怪我で片目を失明してね。そこから一瞬だけ活動が激しくなって、すぐに線香花火みたいに大人しくなったわ。でも、まただんだんここいらで幅を利かせ始めたの」

 うんざりした様子で、カツミはそう吐き捨てた。


「それで、その野口って奴が昨日何かやらかしたの?」

「やらかした、というか、『やらかされた』と言ったほうが正しいかもね」

「「「『やらかされた』?」」」

 カツミの訂正に、三人は思わず眉をひそめる。


「実は昨日の晩、野口たちがよくたむろってる場所で乱闘騒ぎが起こったらしいの」

「乱闘騒ぎ」

「そう。私も噂を聞いただけだから、本当のことかは分からないんだけどね。誰と揉めたのかも分かってないし。でも、もしも江上が帰って来たのが本当なら──」

「──野口が江上をやっつけようとした可能性がある、ってことね」

「あるいは、逆に江上が野口に報復を仕掛けた可能性もあるのう」


「……どちらにせよ、江上が野口の所へ行った可能性は高いな」

 紅茶で和らいでいたはずの衛の心が、再び張り詰め始める。

 現在、江上がどこにいるのかは分からない。だが、野口のグループに接触を図ることで、江上の足取りもつかむことができるかもしれない。


「……カツミさん、野口がいそうな場所って分かるか?」

「そうね……。連中がよくたむろってる場所なら聞いたことがあるわ」

「教えてほしい。昨晩の乱闘騒ぎが起こった場所も含めて」

「分かったわ。ちょっと待ってて」

 そう言うと、カツミはスマートフォンを取り出して操作し始めた。

 程なくして、詳細な地図が映し出された画面を見せてくる。


「こことここと、あとここ。それと、騒ぎがあったのはここよ。『イーグル』っていう地下バーね。野口の友達が経営してるの」

「ありがとう。ひとまず、教えてもらった場所に行ってみるよ」

「しらみつぶしに探してみるの?」

「ああ」

「もしかしたら、犯人や野口が何か落とし物をしとるかもしれんしのう。それを使って、マリーの力で連中の内の誰かを探し出せるかもしれん」

「了解したわ。私も知り合いたちに連絡して、野口たちの居場所を知らないか当たってみるわ。競争よマリーちゃん!」

「よーし、その勝負受けて立つわ! あたしの力を見せてあげる!」

 カツミのおどけた宣戦布告にマリーが威勢よく応じる。

 一層気合を入れるかのように、持っていた茶菓子を勢いよく頬張った。

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