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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 十九

15

 翌日、某所マンション内の青木衛宅。

 キッチンから漂ってくる朝餉(あさげ)の爽やかな香りとは対照的に、リビングには重苦しい空気が漂っていた。

「あーもう……あの野郎、マジでどこに消えやがったんだ……」

 ソファーに深く腰掛けた颯人は、天井を仰ぎながら悔恨の声を漏らした。

 彼の普段の楽観的かつ能天気な姿とは、似ても似つかない様子である。


「まあまあ、そう自分を攻めちゃダメよ。元気出して!」

「マリーの言う通りだ。まず一息入れろよ。ただでさえ疲れが溜まってんだから、ストレスでぶっ倒れるぞ」

「すんません……。でもそう簡単に切り替えられねえッスよ。俺があん時、あの野郎をしっかりぶっとばしてさえいれば……!」

「後悔してる暇はないぞ。ちょっと待ってろ」


 衛が台所に向かい、盆を持って帰ってくる。

 そして、渋い顔を浮かべている颯人の前に差し出した。

 盆の上には、白飯、鯖の味噌煮、厚焼き玉子、きゅうりの漬物、大根と白菜の味噌汁が乗っていた。


「食えよ。腹が減ってたら、ますます落ち込むぞ。それ食ってまずは元気出せ」

「……ウッス、あざっす」

「礼なら舞依に言えよ。これ作ったのは舞依だからな」

「えっ……舞依ちゃんの朝飯……?」

「うむ。味わって食べるんじゃよ」

 割烹着姿の舞依は、にっこりとほほ笑みながらそう言った。

 今日の味噌汁が納得のいく出来だったらしく、とても上機嫌であった。


「舞依ちゃんが……作ってくれた……? まさか、俺の、俺だけのために……!?」

「残りもんだ昇天してねえでさっさと食えロリコン」

「ウッス舞依ちゃんあざッスいただきます!」

 そう言うと、颯人は出された朝食を美味そうに食べ始めた。

 よほど空腹だったらしく、マリーからの『おかわり食べる?』という問い掛けに、何度も頷きながら飯をかき込む。

 一口食べるごとに、颯人の苦虫を噛み潰したような表情は、徐々に普段の締まりのない顔に戻っていった。

 それを見た衛は、小さく安堵のため息をついた。


 ──あの後、颯人は逃げた容疑者を追いかけたが、結局見つけることは出来なかったらしい。

 やむを得ず、負傷した仲間たちを救出し、SRB本部へと帰還、第一捜査室の事務所にて犯人についての報告を行った。

 その後に大門から下ったのは、『犯人の追跡は他の者に任せ、ひとまず休息をとった後、容疑者の血縁者や近辺の人間に接触し、情報収集せよ』という指令であった。


「……それで、犯人の正体は分かったのか?」

 衛が尋ねると、颯人は頬張ったものを飲み込み、口を開いた。

「分かったッスよ。とはいえ、現状は名前くらいなもんですがね」

 颯人は懐から二枚の写真を取り出し、机の上に置く。

 衛はそれらを手に取り、凝視する。遅れてその両横から、マリーと舞依が写真を覗き込んだ。


「え……? この子が、これになるの!?」

 マリーが驚愕の声を上げた。

 舞依は声こそ挙げなかったが、写っている人物を見つめながら、目を丸くしていた。

 衛もまた、二人と同じ気持ちであった。


 一枚に写っていたのは、昨日衛たちも目撃した、あの柄の悪そうな男の姿。

 そして、もう一枚に写っていたのは、高校生くらいの年頃の少年であった。

 黒い短髪に、白い肌。死んだ魚のように濁った眼。

 一見すると誰かは分からなかったが、よく見てみると、うっすらと昨日の男の面影があった。


「びっくりでしょ? 数年前の写真らしいッスわ」

「す、数年でもここまで変わるとは驚きじゃな……」

「だよなぁ。名前は江上秀児。元々は都内の有名進学校に通ってた、超成績優秀な生徒だったみたいッス」

「それが、こうなったか」

「ええ。……この後、こいつの家族の所に行って、いろいろと訊いてみるつもりッス。あ、それと──」


 颯人は何かを思い出したようにスマートフォンを取り出した。

 数回操作した後、衛たちに画面を見せる。

「これ。現場検証してた仲間から送られてきた写真ッス」

「……! これは……!」


 そこに写っていたのは、見覚えのあるカプセルであった。

 ルチアーノが己に打ち込んだ、あの黒い液体が入っていたカプセルである。


「……犯人は、これを使ったの?」

 顔を強張らせたマリーは、ぎこちない声を口から発した。

「多分。俺と闘う前に使ってたんだと思う。逃げる時に使ったパワーが、闘ってる時とが比べもんにならないくらい強くなってたからね」

 そう答える颯人も、幾分か緊張した面持ちになっていた。

 舞依、衛の顔にもまた、厳しい表情が浮かんでいる。


 ──衛の脳裏に浮かんでいたのは、先日打倒した怪人・ルチアーノの変化(へんげ)する姿であった。おそらく、助手の2人も同じ光景を思い浮かべていたのではないかと思った。

 投与した者の能力を著しく強化する、恐るべきアイテム。

 その効果の恐ろしさを、衛たちは身を以て体験している。

 あんな危険なモノを──そして、それを軽々しく扱い、犯罪に手を染める者を、野放しにしておくわけにはいかない。


「……それで衛さん。恥を忍んでお願いします」

 改まった様子で、颯人が言う。

 表情には普段のような調子はない。いつになく真剣な顔つきである。

 彼のその顔を前にして、皆まで言うなとばかりに、衛は頷いた。

「分かってる。俺も手伝うよ」

「すんません、あざッス!」

「よせよ、お前が真面目にやってると調子が狂う。今は奴を取っ捕まえるのが先だ。これ以上、被害者を出す前に解決しよう」

「ウッス。そんじゃあ俺は、予定通り奴の親のところまで行ってきます」

「なら、俺らは情報集めだな。奴の足跡を辿って、どこにいるのか見当をつけてみる」

 そう言うと、二人は頷き、力強く立ち上がった。

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