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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 十八

 お久しぶりです。

 一年以上もお待たせしてしまい、本当に申し訳ございません。

「久し振りだなァ。野口『サン』」


 対する男は、眉間に思いきりしわを寄せながら、秀児を睨みつけた。

「……てめえ」

「覚えてるか、俺のこと」

「忘れるわけがねえだろうが」

 野口と呼ばれた男が、低い声でそう吐き捨てる。

 無表情だが、声が震えていた。内から溢れるどす黒い感情を抑えきれず、震えとなって表れたに違いなかった。

 しかし、野口が抱えている恨みなど、秀児は全く興味はなかった。


「俺の目ェ潰しといて、よくもまぁおめおめとツラを出せたもんだな、ヘタレ野郎」

「まあな。ツラの皮の厚さにはちょいと自信があンのさ」

「ふざけやがって──」

 野口が立ち上がる。

 身長は190センチを超えており、体中に岩のような筋肉が張り付いている。

 数年前よりも大きくなっている。相当鍛えたに違いなかった。


「何しに来やがった」

「おう。今ちょっと捜しモンをしててな。一人で捜すのも面倒なンで、てめェをパシろうかと思ってよォ」

「ああ……!?」


 顔を近付ける。

 酒気によって紅潮していた顔が、怒気によって一層赤らんでいた。

 両目は酷く血走っており、まるで鬼のような形相であった。


「……てめえ。『パシる』っつったか? この俺をパシリに使おうってか?」

「だからそう言ってンだろ耳掃除してねェのかよクソゴリラが」

 へらへらと笑う秀児。

 その胸倉を、野口が左手で掴み上げた。


「……頭下げろ。『ナマ言ってすいませんでした』ってな。半殺しで許してやる」

「そうかい」

「答えは?」

「決まってンだろ」

 秀児は鼻を鳴らすと、小馬鹿にした態度で言った。


「てめえこそ頭下げろ。半殺しで許してやる」


 ──瞬間、野口が手の中の瓶を振り下ろした。

 秀児の頭頂部に直撃し、破片と飲み残した中身が床に散らばる。

 直後、周囲から異様な歓声が沸き上がった。


 野口はそのまま、秀児の腹に膝蹴りを叩き込んでくる。

 二発、三発、四発。

 そして、両手で秀児を掴み上げ、カウンターに叩き付けてみせた。

 秀児の体はカウンターの角に直撃し、そのまま床に落下して倒れ伏した。


 ──ギャラリーの興奮が最高潮となり、二度目の歓声が沸き起こった。

 店内はさながら、プロレスの試合会場のような熱狂の渦に包まれていた。


「この程度で終わると思うんじゃねえぞこの野郎」

 秀児がうつ伏せに倒れていると、足音と共に野口の声が近寄ってきた。

「ナメたことしやがったツケだ。楽には死なせねえ。両目もタマも握り潰して、地獄を味わわせてやる」


「プ……ク、ク……」

 秀児は堪えきれず吹き出した。

「……? 何笑ってんだてめえ?」

「笑うに決まってンだろバカが。クク」

 秀児が立ち上がる。

 痛みなど微塵もなかった。瓶を叩きつけられた頭も、膝を見舞われた腹も、投げられて打ち付けた体のどこも、全くダメージを受けていなかった。


「アホ丸出しでブッサイクなツラ近付けやがって。お前、油断して目ン玉潰されたこと覚えてねェのか? あン時みたいに、今度はもう片方の目ン玉潰されるかもって思わなかったのか? マジ頭悪ィな、学習能力ねェのかよマヌケ」

「何……!?」

「『なにぃぃ』じゃねェよバカタレが。……まあでも、今度は目ン玉潰すなンてこたァするつもりはねェよ。簡単すぎて面白くねェからな」


 秀児は嘲るような笑みを浮かべた。

 そして、両手をボトムスのポケットに突っ込み、余裕を見せながら、再び口を開いた。


「ってことで野口、勝負しようぜ。俺と、お前の仲間全員で()り合って、相手に音を上げさせたほうの勝ちだ」

「……てめえ」

「どうよ。アホなてめェでも分かりやすい超簡単なルールだろ?」

「アホはてめえだ雑魚が。この数相手にてめえみたいなヘタレが勝てるわけねェだろうが」

「ヘタレねェ。ククク」


 嘲笑──そして、言葉の節々に煽りの意思を込め、言った。

「大勢引き連れなきゃデカいツラも出来ねェような、図体だけ立派なお山の大将からヘタレ呼ばわりされてもなァ」


「……よし、分かった」

 野口が言った。

 そう言い終わると同時に、彼の巨体が、熱気と共に膨れ上がったように見えた。


 直後、野口の後ろから、数人の男たちが前に出てくる。

 この場にいる荒くれ者たちの中でも、一際荒々しい雰囲気をまとっていた。

 その中に、見覚えのある顔が数人いた。

『あの時』、野口と共に秀児をリンチした連中である。

 野口の部下の中でも、特に腕の立つ連中であった。


「……恨むんなら、自分の頭の悪さを恨め。悪いのはてめえだ。お望み通り、袋叩きにしてやる」

 野口が唸る。

 獲物を前にした獣のように。


 対する秀児は、飄々とした態度を崩さなかった。

「やれるもんならやってみろよ」

 右手をポケットからゆっくりと引き抜くと、立ちはだかる野口の取り巻きたちに人差し指を向けた。

 そして──目をゆっくりと細め、呟いた。

「選べよ。サンドバッグか、ハチの巣かをな」

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