夢幻指弾 十八
お久しぶりです。
一年以上もお待たせしてしまい、本当に申し訳ございません。
「久し振りだなァ。野口『サン』」
対する男は、眉間に思いきりしわを寄せながら、秀児を睨みつけた。
「……てめえ」
「覚えてるか、俺のこと」
「忘れるわけがねえだろうが」
野口と呼ばれた男が、低い声でそう吐き捨てる。
無表情だが、声が震えていた。内から溢れるどす黒い感情を抑えきれず、震えとなって表れたに違いなかった。
しかし、野口が抱えている恨みなど、秀児は全く興味はなかった。
「俺の目ェ潰しといて、よくもまぁおめおめとツラを出せたもんだな、ヘタレ野郎」
「まあな。ツラの皮の厚さにはちょいと自信があンのさ」
「ふざけやがって──」
野口が立ち上がる。
身長は190センチを超えており、体中に岩のような筋肉が張り付いている。
数年前よりも大きくなっている。相当鍛えたに違いなかった。
「何しに来やがった」
「おう。今ちょっと捜しモンをしててな。一人で捜すのも面倒なンで、てめェをパシろうかと思ってよォ」
「ああ……!?」
顔を近付ける。
酒気によって紅潮していた顔が、怒気によって一層赤らんでいた。
両目は酷く血走っており、まるで鬼のような形相であった。
「……てめえ。『パシる』っつったか? この俺をパシリに使おうってか?」
「だからそう言ってンだろ耳掃除してねェのかよクソゴリラが」
へらへらと笑う秀児。
その胸倉を、野口が左手で掴み上げた。
「……頭下げろ。『ナマ言ってすいませんでした』ってな。半殺しで許してやる」
「そうかい」
「答えは?」
「決まってンだろ」
秀児は鼻を鳴らすと、小馬鹿にした態度で言った。
「てめえこそ頭下げろ。半殺しで許してやる」
──瞬間、野口が手の中の瓶を振り下ろした。
秀児の頭頂部に直撃し、破片と飲み残した中身が床に散らばる。
直後、周囲から異様な歓声が沸き上がった。
野口はそのまま、秀児の腹に膝蹴りを叩き込んでくる。
二発、三発、四発。
そして、両手で秀児を掴み上げ、カウンターに叩き付けてみせた。
秀児の体はカウンターの角に直撃し、そのまま床に落下して倒れ伏した。
──ギャラリーの興奮が最高潮となり、二度目の歓声が沸き起こった。
店内はさながら、プロレスの試合会場のような熱狂の渦に包まれていた。
「この程度で終わると思うんじゃねえぞこの野郎」
秀児がうつ伏せに倒れていると、足音と共に野口の声が近寄ってきた。
「ナメたことしやがったツケだ。楽には死なせねえ。両目もタマも握り潰して、地獄を味わわせてやる」
「プ……ク、ク……」
秀児は堪えきれず吹き出した。
「……? 何笑ってんだてめえ?」
「笑うに決まってンだろバカが。クク」
秀児が立ち上がる。
痛みなど微塵もなかった。瓶を叩きつけられた頭も、膝を見舞われた腹も、投げられて打ち付けた体のどこも、全くダメージを受けていなかった。
「アホ丸出しでブッサイクなツラ近付けやがって。お前、油断して目ン玉潰されたこと覚えてねェのか? あン時みたいに、今度はもう片方の目ン玉潰されるかもって思わなかったのか? マジ頭悪ィな、学習能力ねェのかよマヌケ」
「何……!?」
「『なにぃぃ』じゃねェよバカタレが。……まあでも、今度は目ン玉潰すなンてこたァするつもりはねェよ。簡単すぎて面白くねェからな」
秀児は嘲るような笑みを浮かべた。
そして、両手をボトムスのポケットに突っ込み、余裕を見せながら、再び口を開いた。
「ってことで野口、勝負しようぜ。俺と、お前の仲間全員で闘り合って、相手に音を上げさせたほうの勝ちだ」
「……てめえ」
「どうよ。アホなてめェでも分かりやすい超簡単なルールだろ?」
「アホはてめえだ雑魚が。この数相手にてめえみたいなヘタレが勝てるわけねェだろうが」
「ヘタレねェ。ククク」
嘲笑──そして、言葉の節々に煽りの意思を込め、言った。
「大勢引き連れなきゃデカいツラも出来ねェような、図体だけ立派なお山の大将からヘタレ呼ばわりされてもなァ」
「……よし、分かった」
野口が言った。
そう言い終わると同時に、彼の巨体が、熱気と共に膨れ上がったように見えた。
直後、野口の後ろから、数人の男たちが前に出てくる。
この場にいる荒くれ者たちの中でも、一際荒々しい雰囲気をまとっていた。
その中に、見覚えのある顔が数人いた。
『あの時』、野口と共に秀児をリンチした連中である。
野口の部下の中でも、特に腕の立つ連中であった。
「……恨むんなら、自分の頭の悪さを恨め。悪いのはてめえだ。お望み通り、袋叩きにしてやる」
野口が唸る。
獲物を前にした獣のように。
対する秀児は、飄々とした態度を崩さなかった。
「やれるもんならやってみろよ」
右手をポケットからゆっくりと引き抜くと、立ちはだかる野口の取り巻きたちに人差し指を向けた。
そして──目をゆっくりと細め、呟いた。
「選べよ。サンドバッグか、ハチの巣かをな」




