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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 十七

14

 江上秀児が、野口隆太という男と出会ったのは、数年前のことであった。

 当時の秀児は、高校をドロップアウトし、鬱陶しい両親と縁を切り、行く宛もなく夜の街をさまよっていた。

 そして、暴力や恐喝で金を巻き上げて食い繋ぐという、酷く荒れた生活をしていた。

 そんな中で出会ったのが、野口であった。


 野口は、秀児が当時暮らしていた街で幅を利かせる、名の知れた不良グループのリーダーであった。

 新参者の秀児が、自分たちの縄張りで断りもなく好き勝手に暴れている──それが許せなかったらしい。

 それが原因で、秀児は野口から制裁を加えられる羽目になったのである。


 とある夜、高架下に呼び出された秀児は、野口とその取り巻きたちから暴行を受けた。

 秀児は生まれついての超能力者であった。周囲の人々には伝えてはいなかったが、人差し指から銃のように不可視の弾丸を射出することが出来る。

 だがそのパワーは弱く、当時の射程は1メートルほど、威力はジュース入りの缶を凹ませる程度のものであった。

 故に、弱い能力しか持っていない秀児は、大勢からの暴力に対し、体を丸めて耐えることしか出来なかった。うずくまったまま、周囲の者が振るってくる暴力を耐え忍び、反撃のタイミングが訪れるのを伺うしかなかった。


 チャンスが訪れたのは、リンチが始まってから数分ほど経った後のことであった。取り巻きたちが下がり、野口がこちらに近寄ってきたのである。

 秀児が顔を上げると、野口は手にしたナイフを素早く横に振った。

 ──右目の上の辺りに熱を感じた。直後に、ドロリとした血があふれ出し、秀児の右目を真っ赤に染めた。

 右半分が赤に染まった視界で、野口がにやつきながら何かを言っているのを見た。

 俺の下につけ。そうすれば許してやる──確か、そんなことを言っていた気がする。

 こいつはもう、手も足も出せず、ただうずくまっていることしかできない──そう思い、油断したのであろう。


 ──その隙をつき、秀児は反撃した。

 油断した野口の左目を、『ピストル』で撃ったのである。

 ジュース入りの缶を凹ませる程度の威力。人間に対して撃ったところで、対してダメージは与えられない。せいぜい軽傷程度。全治1週間程度の怪我しか与えられない。

 では、人間の体の部位の中でも、特に弱い箇所に当てたらどうなるのか。

 例えば、目に命中させたらどうなってしまうのか──これが、その答えであった。


 目を押さえる野口。

 一瞬の動揺。

 隙間から流れ出る血。

 ──直後の悲鳴。

 一体何が起こったのか、野口は分からなかったに違いない。

 そして、周囲の取り巻きたちも。


 その隙に、秀児は痛む体に活を入れ、力を振り絞って逃走した。

 遅れて追いかけてくる取り巻きたちを物陰でやり過ごし、見つかったら全力で逃げた。

 そうやって、野口らの手の届かない遠方まで、逃げおおせることに成功したのである。


 秀児の右瞼の上についた古傷は、あの時に野口につけられた傷である。

 鏡でこの傷を見るたびに、野口の勝ち誇ったような笑みと、直後の情けなくのたうち回る姿を思い出した。

 そして思い出すたびに、野口への憎しみと、もっといたぶってやればよかったという嗜虐心が湧き上がったのである。


 ──そして現在。

 秀児は夜の街を、肩で風を切って歩いていた。

 目的はただ一つ。野口に会うことである。


 復讐のためではない。もちろん、本音を言うと多少は痛めつけてやるつもりだが、たったそれだけのために野口を探しているのではない。

 今の秀児には、もっと復讐してやりたい、いけ好かない奴がいた。

 そいつを追い詰めるために、野口を探し出し、利用してやろうと思っているのである。


 ──やがて、目的の場所が見えてきた。

 そこは、繁華街の片隅にある、地下へと下る階段の入り口であった。入り口の周囲には、お世辞にも柄のいいとは言えない風貌の男が数名たむろしていた。

 あの階段を下ると、古い地下クラブを改装したバーに繋がっている。

 野口は最近、そこでよく仲間を集めて飲んでいるらしい。

 今日も飲んだくれていますように──そんなことを祈りながら、秀児は階段に向かった。


「おい、待てよ」

 秀児が階段を下りようとすると、入り口の横に座り込んでいた男に呼び止められた。


「誰だよお前? 何勝手に下りようとしてるわけ?」

「あ?」

「ここはさ。俺達が貸し切ってんだよね。用があンなら、まずは──」

「うッせえなお前」

「ぐッ!?」


 因縁を付けてきた男の腹に、拳をねじ込む。

 対して力は入れていないが、その軽い一撃で、男はくの字に折れ、地べたに倒れ込んだ。


「てめえ!」

 仲間が悶絶している光景を見て、もう一人の男が殴りかかってくる。

 秀児はそれを難なく交わし、右拳の一撃を男の鼻っ柱に叩き込んだ。

「ぶ──!?」

 殴られた男が顔を押さえ、その場にうずくまる。

 地面に血が滴り落ち、その横で、最初に倒された男が吐瀉物をぶちまけていた。


「これで文句ねえだろ」

 倒した男たちを見下ろしながら、秀児はそう言った。

 他の連中は、その場で戦慄の表情を浮かべたまま、呆然と立ち尽くしていた。


 彼らを一瞥して鼻を鳴らすと、秀児は自慢気な顔で階段に足を踏み入れた。

 そのまま、軽快な足取りで、階段を一段ずつ降りていく。

 気分はさながら、王者(チャンピオン)の待つリングへと向かう挑戦者(チャレンジャー)のようなもの。

 ──しかし、挑戦者としての緊張感は、全く感じなかった。

 それどころか、これから絶対王者を気取った勘違い男を容易く屠ってくれようという余裕すらあった。


 最後の段を降りると、目の前に古めかしい扉が待っていた。中から凄まじい爆音が響いてくる。

 扉を開くと、中には強烈な光景が広がっていた。

 繰り広げられる喧騒の音。

 アルコールと煙草の混ざりあった匂い。

 わずかに灯った明かりの下で愉快そうに躍り狂う、一目で荒くれ者と分かる大勢の男女。

 耳を、鼻を、目を刺激する狂乱の宴が、薄暗い店内で繰り広げられていた。


 秀児は躊躇することなく、クラブに足を踏み入れた。

 誰も侵入者に気付かない。

 音楽とダンス、酒と煙草、笑い話に夢中で、侵入者のことなど気にも留めない。

 秀児もまた、有象無象など知ったことかというように堂々と歩いていく。


 秀児の前に、男がいた。こちらに背を向け、ビール瓶を片手に大笑いしている。

 邪魔だと思い、手で押し退けてそのまま歩く。

「おい!」

 突き飛ばされた男の咎める声が、背後から聞こえてくる。

 その声で、店内の連中がようやく侵入者の存在に気付いた。


 しかし秀児は、気にすることなく歩き続けた。

 店の奥のカウンター席を目指して。

 ──そこに一人の男が座っていた。

 大きな背中である。

 頭髪は剃り落としており、耳は膨らんで餃子のような形になっている。


「よう」

 秀児が気さくに声をかける。


 酒を飲んでいた男が、座ったまま振り返った。

 男の顔の左半分には、稲妻を模した、荒々しいタトゥーが刻み込まれている。その彫り物の中にあるはずの左目部分は眼帯で覆い隠されていた。

 晒している右目は鋭い形となり、秀児に憎しみと怒りを帯びた視線を注いでいた。


 その視線を、臆することなく受け止めながら、秀児はわざとらしく明るい表情を浮かべた。

「久し振りだなァ。野口『サン』」

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