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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 十四

11

 それから数分後。同僚二名──今井と田代が、車両と共にこちらに到着した。

 二人は、拘束されたままの男の体をチェックする。

 戦闘中に取り出したナイフ以外、凶器や危険物の類はない──それを確認した後、男を車両に押し込んだ。


「お前、名前は?」

「田中太郎」

「ふざけるな。本名を言え」

「福山雅治」

「……チッ。ふざけやがって」


 後部座席では、田代が男に対して取り調べを行っている。

 小馬鹿にしたような態度で翻弄してくる男に、田代は手を焼いているようであった。

 苛立つようなその声をよそに、今井はのんびりとした様子で車を運転しながら、助手席の颯人と会話を行っていた。


「それにしても、お手柄だったな颯人」

「いえいえ、今回は運がよかっただけッスよ。ヤマが当たって、ホシがノコノコ来てくれただけで」

「全く、恐ろしいもんだな。連続殺人なんてやってる凶悪な男が、その辺をうろうろしてるなんて。おちおち散歩も出来やしない」


 今井は冗談めかしたような口調で言った。

 しかし、表情におどけた様子は一切ない。


 ──この犯人は、また誰かを殺すために外を歩いていた。自らの欲求を満たしてくれる獲物を、探し求めていたのだ。

 あの時、颯人が拘束していなければ、今日中に13人目の被害者が出ていたであろう。

 今井の表情は、そのことを想像して肝を冷やしたため浮かんだに違いない。。

 颯人もまた、彼と同じ気持ちであった。


 だが、犯人は拘束した。

 これ以上、被害者が増えることはない。

 罪なき市民が、これ以上命を落とすことはないのだ。

 颯人は安堵しながら、本部へと向かって進んでいく車外の光景を、ぼんやりと見つめていた。


 ──やがて、飲み屋の通りを抜け、人や車の姿が増え始めた頃のことであった。


「おい、茶髪野郎」

「?」


 不意に、男が颯人に声をかけた。

 振り向くと、男がにやにやと颯人を見つめていた。隣で睨んでいる田代のことなど、まるで眼中にないようであった。


「何だよ。今は田代さんとおしゃべりしなきゃいけない時間だろ? 田代さんを怒らせないほうがいいぞ? ほら、隣でめちゃくちゃ睨んでるじゃねえの」

「おう、このおっさんスゲー恐いわ。だからお前、俺の話し相手になれよ。助手席座ってるだけなら暇だろ?」

「ほう。俺を無視とはいい度胸じゃないか。うちの颯人とそんなにおしゃべりしたいのか」


 青筋を立てながら呟く田代。

 しかし、男はそんなことなど気にもせず、颯人にねちねちとした調子で話し掛け続ける。


「なぁお前。えっと、颯人だったか? さっきさ、俺に『次はない』とか言ってたよな」

「おう、それがどうした」

「カッコ良かったなぁ、あのセリフ。正義のヒーローみたいで痺れたよ。マジだぜ、カッコよすぎて鳥肌が立ちそうだったわ」

「だろ? 将来有望な子ども達のお手本になるような生き方してるからな。お前も見習って立派な男になれよ」

「ぎゃはははは! やっぱお前ムカつくわ! スゲー死んでほしい」


 颯人の軽口に、男はげらげらと笑った。

 拘束さえされていなければ、腹を抱えているほどの大きな笑い方であった。

 男はひとしきり笑うと、笑いつかれたかのようにぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。

 そして、息を整えた後、嘲笑を浮かべて颯人を見た。


「でもなぁ。カッコつけたのに恥をかかせちまって申し訳ないんだけどよ」

「……?」

「あるんだよなぁ。『次』」

「何?」


 颯人の双眸が鋭くなる。

 ──車内の緊張感が、瞬時に最高潮に達していた。

 田代の、颯人の、そして運転席の今井の体から殺意が膨れ上がり、にやけ面を浮かべた男に注がれる。


 しかし、殺意を放っているのは、男も同じであった。

 SRBのエージェントたちから向けられるそれとは異なり、舌をのぞかせて獲物を狙う蛇のような殺意が、三人に向けられていた。


「『次』って?」

「チャンスってやつだよ。この場から逃げ出して、次の獲物を殺すためのな。そして、その方法もある」

「あ……?」


「……おい颯人クンよ。俺は秀児(しゅうじ)だ。名字は教えてやらねえ。自分で調べろ」

 男──秀児はそう言うと、颯人を睨みながら口の端を吊り上げた。


「いいか颯人。何度も言ったが、俺はお前のことが大嫌いだ。チャラチャラしてるし、調子に乗ってるし、何より俺の狩りを邪魔しやがった。せっかくの初ダブルプレイだったってのに。……ムカつくから、お前は俺の遊びに付き合ってもらう」

「何……?」

「ゲームだよ。止めてみろよ。あれだけかっこつけて大口叩いたんだ、止められるよな? この俺を」


「貴様……!」

 我慢の限界を超えた田代が、衝動のままに秀児の胸ぐらを掴む。

「俺たちをナメるのも大概にしろ。お前はもう捕まったんだ。もうお前は人を殺せない。どれだけこちらを挑発しようと──」

「うるせえな。俺は今そこの茶髪と喋ってンだよ。黙ってろよおっさん」

 秀児が鬱陶しそうに田代を一蹴する。

 そして胸ぐらを掴まれたまま、再び颯人に話し始めた。


「いいか颯人。次の殺しは、実はターゲットをもう決めてあるんだよ」

「……」

「ヒントは『ガキ』と『典型的なダメ親』だ。こいつら殺したら、お前のヘラヘラしたツラもちったァ笑えるザマになるんだろうなァ」

「……。……誰を殺すつもりだ」

「これ以上教えるわけねェだろバーカ。止めたかったら当ててみろよ。どこのどいつを殺そうとしてンのかをよ」

「バカはお前だ。お前今捕まってるだろ。どうやって殺すんだよ。自分の状況を客観的に見てみろマヌケ」

 運転中の今井がそう話す。秀児の言動に、内心相当苛立っていたらしい。抑揚のない声であったが、バックミラーを見る目付きがカミソリのように鋭くなっていた。


「おい颯人、お前が子ども好きなのは分かるが、安い挑発に乗るなよ。手錠はしっかりとはめてるだろうな」

「大丈夫ッス今井さん。能力妨害機能もしっかりと動作してます」

「へぇ、妨害機能。そんなもんが付いてンのか。だから俺の『ピストル』が使えなかったんだな。でもそれってさ、壊れちまったら機能しねェんだろ?」


 ──ギチッ。ブチッ。

 男の腰の辺りから、奇妙な音が聞こえる。

 何かを引っぱるような音。

 硬い物質を、力任せに引き千切るような──。

「お前、何をやってる!?」

 田代が目を見開き、秀児の怪しい動きを止めようとする。


 ──ギャッ、ガチャ。

 次の瞬間、田代の鳩尾に、秀児の肘鉄がぶち込まれた。

「ぐ!?」

 苦悶する田代──その顔面に、秀児の左裏拳が直撃する。

「ぶ──!?」

 昏倒する田代。

 秀児はその横で、颯人に向かって、両手を掲げて見せた。

 その手に摘んでいるのは、先ほどまで両手首に巻き付いていたはずの手錠。

 輪は粘土のように歪んで伸び、繋ぎ止めていた鎖は中央で引きちぎられていた。

「ジャーン!」


「田代!」

「てめえッ!!」

 今井が叫び、颯人が激昂した瞬間、秀児が後部座席のサイドドアを蹴り飛ばす。

「うわっ!?」

 門を打ち破る丸太の槌の如き一撃により、車体は大きく揺れ、頑丈なドアは薄い板のように弾き飛ばされていた。

 秀児は臆することなく、ぽっかりと空いた穴に身を投げ出した。

「野郎ッ──!?」


 秀児の体は道路に叩き付けられ、ゴロゴロと転がりながら車から遠ざかっていく。

 道行く人の呆気にとられた視線を気にもせず、秀児は上体を素早く起こし──人差し指をこちらに向けた。


「ヤバい!」

 ──今井の声。

 ──急ハンドル。

 ──車両後方への衝撃と、タイヤの破裂音。

 ──激震する車内。


 一瞬の出来事であった。

 いつの間にか颯人は──否、車両自体が、上下逆さまになっていた。

「クッソ……あの野郎……!」

「ぐ……あ……」

「い……ってえ……!」

 苦痛に喘ぐ田代と今井。

 今動けるのは自分のみ──颯人は即断し、急いでドアを開けて這い出した。


 ──通行人の悲鳴や、どよめく声が聞こえた。

 煙を上げて横転している車両に、恐る恐るといった様子で数人が駆け寄ってくるのが見える。

 その人々の隙間から、走り去る秀児の後姿が見えた。

 

「通してください……! 通して──」

 人々をかき分けて追い掛けようとする。

 しかし──速い。

 秀児の背中が、みるみるうちに遠ざかっていく。

 人間離れしたスピードである。


 ──通行人が多い今、超能力(瞬間移動)を使うのはマズい。

 颯人は全力を振り絞って追走する。

 しかし──やはり追いつけない。


 ──秀児が道を曲がった。

 颯人も遅れて曲がる。

 しかし──道の先に、秀児の姿はなかった。


「畜生……!」

 吐き捨て、颯人は再び走り出す。

 そして、消えた秀児の姿を探し回った。

 しかし、結局秀児は見つからなかった。

 恐るべき超能力を秘めた連続殺人犯の逃走を、許してしまったのである。

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