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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第四話『爆発死惨』
28/310

爆発死惨 十一

【これまでのあらすじ】

 奇怪な殺人事件を調査するよう依頼を受けた衛。

 事件の舞台である歌舞伎町を訪れた彼の前に、空手家・進藤雄矢が再び現れた。

 その時、第二の殺人が発生、雄矢の旧友・後藤英樹が殺害されてしまう。

 友の命を奪われ、怒りに震える雄矢は、衛に同行を申し出る。

9    

 ──歩き始めて数分。

 二人は今、薄暗く寂れた通りを歩いていた。

 人通りは少なく、活気は全くと言っていい程ない。

 歌舞伎町とは思えない、不気味な雰囲気が漂っていた。


「なぁ青木、これから会う人って、どんな人なんだ?」

 雄矢が、衛に問い掛ける。

「新宿や歌舞伎町の事なら、裏の裏まで知り尽くしてる人さ。ちょっと変わり者だけど、信用出来る」

 歩き続けながら、衛がその問いに答えた。


「着いたぞ、ここだ」

 衛が立ち止る。

 バーの前であった。

 古めかしくも、外装の所々に真新しい箇所が見られる。つい最近、一部を改装したためである。

 店の窓からは、光が零れている。

 しかし、店の中からは人の声も、音楽も聞こえてこない。

 店の看板──『プリンセス』という店名が書かれた電光看板も、点滅してはいない。


 休みなのであろうか──そう思い、衛がおもむろにドアを叩く。

 反応は無い。

 沈黙のみが返って来た。

 衛はもう一度ノックをした。

「ごめん下さい、カツミさんはいますか?」

 ノックだけではなく、今度は声も掛ける。


 しばらくして、わずかに扉が開いた。

 その隙間から、若い女性の顔が覗く。

 メグミ──このバーの従業員の一人である。

 付けまつ毛を乗せたその瞼が、若干見開かれた。


「……? あれ、青木さん……!?」

「久しぶり、メグミちゃん。カツミさんはいるか?」

「うん、いるけど……。青木さん、その人は……?」

 メグミが不安そうな顔をする。

 その視線は、衛の背後で佇んでいる雄矢に注がれていた。


「大丈夫、俺の連れだよ」

「そう……良かった……」

「……どうした? 何かあったのか?」

「うん。入って。詳しい話は中でね。……さぁ、あなたも」

 メグミは扉を開け、衛と雄矢を招き入れた。


「青木さん……!」

「何だ、青木さんだったんだ……!」

「良かった……もう、びっくりさせないでよ……!」

 店内の至る所から、若い女性の声が上がる。

 それぞれが、安堵の笑みを顔に浮かべていた。


「なぁ青木……一体こいつは……」

 雄矢が眉をひそめて問い掛ける。

 店内と従業員の様子から、何かがおかしいと感じ取っていた。


「……俺にも分からない。とにかく、話を聞いてみよう。……カツミさんと話せるか?」

 衛がメグミに頼む。

 それを聞き、メグミが不安そうな表情で頷いた。

「うん。ちょっと待ってて」

 そう言うと、メグミは店の奥へと駆け足で入って行った。


 店の奥から、メグミが話す声が聞こえる。

 しばらくして、椅子から激しく立ち上がる音。

 そして、こちらに向けてのしのしと歩いて来る音が聞こえてきた。


「あらま、本当! 衛ちゃんじゃないの!!」

 奥から顔を覗かせた人物が、野太い声を上げる。

「!?」

 雄矢が驚愕の表情を浮かべていた。

 その人物が、予想以上にインパクトの強い風貌をしていたためである。


 その人物は、身の丈二メートルもあろうかという程の巨体であった。

 全身は筋肉の鎧で固められている。

 その上から、ドレスで着飾っていた。

 髪はウェーブのかかった金の長髪である。

 割れている顎には髭を剃った跡があり、目には付けまつ毛が施してあった。


「どうも、カツミさん」

 その人物に、衛が挨拶をする。

 雄矢と違い、その人物に対して全く怯んでいなかった。

「ご無沙汰じゃない衛ちゃん! 一体どうしちゃったのよ?」

「それはこっちの台詞だよ。……何があったんだ?皆怯えてるみたいだけど──」

「ええ、ちょっとね……。その人は?」

 衛の傍らで固まっている雄矢を見て、カツミが不思議そうな顔をした。


「聞いたことないか? 空手家の『進藤雄矢』。今、一緒に事件の調査をしてるんだ」

「空手で進藤って……やだ、『稲妻進藤』じゃないの!? あらまぁこんなに男前だったのね!」

 カツミが黄色い声を上げる。

 それを聞き、雄矢がたじろいだ。


「お、押忍……どもっス……」 

「もう、そんなにかしこまらないでいいのよ!アタシはカツミ。このお店『プリンセス』のママをやってるの。宜しくね❤」

「は、はいィ」

 雄矢は汗のにじませ、強張った笑顔を浮かべた。


 挨拶の後、カツミが神妙な面持ちになった。

「実は今ね、松さんを匿ってるの。妙なモノを見ちゃったみたいでね」

「『松さん』? ホームレスの松尾さんか?」

 衛が問い掛けると、カツミは頷いた。

「相当怖い目に遭ったみたいね。……今も震えてて、なだめてたとこだったのよ。何でも、人間がいきなり爆発したとか──」

「爆発……?」

 カツミの言葉に、衛が眉をピクリと動かす。


「……衛ちゃん、もしかして何か知ってるの?」

「……多分。今俺が調べてる事件と、関係があるのかもしれない。松さんと話せるか?」

「ええ、付いて来て。あなたも来る?」

 カツミが、雄矢に顔を向ける。

 雄矢は、真剣な顔で頷いていた。

「ああ、行かせてもらうぜ」

 その反応を見て、カツミが踵を返す。

 そして、店の奥へと戻って行った。

 衛と雄矢も、それに続いた。


 奥の休憩室には、禿げ上がった小汚い男がいた。

 松尾である。

 歳は六十を越えているくらいであろうか。

 椅子に座り、震えながら身を縮めていた。


「松さん、俺だよ。何があったんだ」

 休憩室に入ると同時に、衛が問い掛ける。

「ああ、青木さん……! マズいよ……マズいもの見ちゃったよ……!」

 衛の姿を見るなり、その足元に松尾が縋り付いていた。


「落ち着いて。何があったのか、一から話してくれ。力になるよ」

 衛のその言葉に、松尾の表情が若干和らぐ。

 目を伏せ、呼吸を整える。

 しばらくして、ぽつぽつと語り始めた。


「……実は、臨時収入が入ったもんで、久し振りに飲もうと思ってたんだけどね……。来る途中で、ヤクザが堅気のもんと揉めてる所を見たんだ……。堅気の方は、俺みたいに薄汚い恰好をしてて、帽子を被ってる奴だった……。ヤクザはしばらく怒鳴りつけてたんだけど、帽子の奴はへらへら笑っててさ……。ヤクザはそれが頭に来たみたいで、路地裏にそいつを連れて行っちゃったんだよ……。それで……それで……!」

 松尾が再び震えはじめる。

 両手で頭を抱え、見開かれた眼には、涙が滲んでいた。


「大丈夫。落ち着いて。……それで、どうなったんだ?」

 衛はなだめながら、続きを促す。

 衛がいることを思い出し、安心したのか──勇気を振り絞り、続きを語り出した。


「俺は……影からこっそり見てたんだ……ヤバくなったら、お巡りさんを呼ぼうかと思って……。そしたらいきなり……! 帽子の奴が、手をかざして……ヤクザが……風船みたいに……膨らみ始めて……! それで……それで──!」

「……爆発、か?」

 松尾の言葉を引き継ぐように、衛がそう問い掛ける。

 その言葉を切っ掛けに、松尾のパニックは頂点へと達した。


「ひっ……! おっ、俺、信じられなくなって……! あっ、あいつ、あいつが、こっちも殺すんじゃないかって……! に、逃げて!ここまで逃げてきてっ……!! ひっ、ひぃっ! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 両目から涙をぼろぼろと流し、松尾が泣き叫ぶ。

 その光景が、余程恐ろしかったのであろう。

 衛がいくらなだめても、松尾はもう耳を貸さなかった。

 ただひたすら、恐怖から逃れようと、悲鳴を上げ続けていた。


「おい青木。どういうことだ……?」

 それまで黙って松尾の話を聞いていた雄矢が、衛に耳打ちをする。

「体がいきなり爆発って、いくらなんでも──」

「……一つだけ、心当たりがある」

「何!?」

 雄矢の顔が、驚きに包まれた。

 だが衛は、平然とした様子を崩さなかった。

「詳しい話は後だ。まずはカツミさんに相談する」

「……分かった」

 二人はそこで、会話を中断した。


 そして衛は、カツミの方へと向き直る。

「カツミさん、実は──」

「……?」

 ──衛は、今回この店を訪れるまでに至った経緯を語った。

 一昨日起こったバラバラ殺人の調査をしていること。

 この店に到着するまでに、雄矢の友人が殺されていたこと。

 そして、松尾が遭遇した怪奇現象を含めた一連の事件──その犯人は、藤枝夏希の恋人であった宮内隆史ではないかと睨んでいること。

 全ての情報・推測を、カツミに晒した。


「ん~、なるほどねぇ。色々とヤバいことになってるみたいね……」

 一通りの話を聞き終えると、カツミは腕組みをしながら、そう呟いた。

「……アナタも、大変だったみたいね」

「……」

 カツミは労わるように、雄矢に語り掛ける。

 雄矢は友の死の現場を思い出し、苦々しく表情を歪めた。


「藤枝夏希……アタシも知ってるわ。うちの店にも、何度か遊びに来てたわね」

「そうだったのか」

 夏希の思いもよらぬ言葉に、衛が意外そうな顔をする。

「ええ。アタシも、夏希ちゃんが男共を騙してたって話を聞いたことがあったの。足を洗うように何度も言ったんだけど、全く効果は無かったのよね。真っ当に生きてれば、あんな目に遭わずに済んだかもしれないってのにね……」

 そう言うと、カツミは遠い目をした。

 瞳の中に、哀愁が漂っていた。


「そう言えば、宮内さんも一度、夏希ちゃんと一緒にこの店に来た事があったわ」

「宮内が?」

「ええ」

 そこでカツミが、眉を寄せて語り出す。

「何でも、夏希ちゃんは初めての恋人だったらしくてね。とにかくアピールするのに必死だったわ」

「アピールって?」

「そうね……大体がお金に関することだったわ。『たくさん金を持ってる』って何度も言ってた。吸えもしないのに、特注のライターを作らせたりしてたみたいね。それを使って、むせるのを堪えながら、無理して煙草を吸ってたりしてたわ。そんなことしても、自分の株なんて上がらないのにね……」


「ライター……?」

 カツミが何気なく発した一言。

 その言葉に、衛の頭の中の歯車が、かちりと噛み合ったような感覚があった。

「ええ、純金製で、悪趣味な龍の彫り物がしてあるのよ。それを見て、宮内さんが何だか気の毒になっちゃったの。『そこまで背伸びする必要なんてないのに』って──」


「……そのライターって、ひょっとしてこれかい?」

 そう言うと、衛はスマートフォンを取り出した。

 そして、先ほど撮影したばかりの画像を見せた。

「まぁ、血じゃない! どうしたのよこれ──って」

 決して少なくない量の血を見て、カツミが顔をしかめる。

 その表情が、徐々に驚きに変わっていった。

「これ! これよ! この悪趣味な彫り物!忘れもしないわ!」

「やっぱりか……!」

 衛が憎々しげに顔を歪める。


「衛ちゃん、そのライター、一体どこで……?」

「進藤のダチが殺された現場に落ちてたんだ。これでハッキリした。犯人は宮内だ」

「ああ……何てこと……!」

 カツミが額を手で押さえる。

 被害者と容疑者──そのどちらも、カツミが知る人物であった。

 故に、何故二人がこのような結末を迎えてしまったのか、嘆かずにはいられなかったのである。


「じゃあ青木、どうするんだ?」

 雄矢が興奮気味に話し掛ける。

 犯人が特定出来たことで、抑え込んでいた怒りが再び吹き上がったようであった。

「その宮内って奴の場所は分かるのか?」

「調べる方法がある。……カツミさん、宮内の奴は何かここに忘れものとかしてないかな? もしあったら、しばらく借りたいんだ」

「『忘れ物』? ……ああ、そういえば酔っ払って店に落としてたわね……」

 そう言うと、カツミは部屋から抜け出した。


 しばらくすると、何かを持って戻ってくる。

「名刺入れよ。自分の名刺だけじゃなくて、取引先のも入ってるみたい。不用心よねぇ」

 カツミはそう言うと、革で出来た名刺ケースを差し出してきた。

「ありがとう。借りてくよ」

 衛は感謝しながら受け取る。


 ここで宮内にまつわるものが入手できたのは幸運であった。

 もしなければ、山崎たちから宮内の私物を調達してもらうつもりであった。

 しかし、そうなれば時間がかかるし、その間に新たな被害者が出る可能性もある。

 わずかでも、宮内を捜す時間を短縮できたことに、衛は安堵した。


「よし。まずは俺の家に行こう。そこで作戦も練ろうと思う」

「ああ、分かったぜ」

 衛の提案に、雄矢が力強く頷いた。

 それを見た衛も、同じように頷いていた。


「カツミさん、悪いけど、朝まで店の子と松さんを匿ってやってくれないか? 大丈夫だとは思うけど一応念のために」

「ええ、もちろんよ。あなたたちも、気を付けてね。」

 衛の頼みを、カツミは快諾する。

 不安げな様子ではあったが、目には力強いものが宿っていた。

「ああ、ありがとう。……安心しろよ松さん。犯人は、俺がとっ捕まえてやるからな」

 衛はカツミに礼を言うと、松尾にそう声を掛け、励ました。

 松尾はまだ縮こまって震えていたが、衛が口にした言葉を聞き、ほんの少しだけ、恐怖の表情を緩めた。

 次回は、日曜日の午前10時に投稿する予定です。

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