夢幻指弾 十二
──次の瞬間、颯人が勢いよく飛び込む。
男の右手を素早く払い、右ストレートを顔面にぶち込む。
「ぶ……ッ!?」
男が仰け反るのと同時に、男の右人差し指から気の弾丸が放たれる。
発射された気の塊は、数メートル離れた建物に直撃。直径10ミリほどの穴が壁に穿たれた。
「ハッ──!」
右拳の後、颯人は左のミドルキックを放つ。
遠心力を伴って繰り出された左脛が、男の右脇腹へと襲い掛かる──。
「ッ……!」
──男は右腕で辛うじてガード。
そのまま颯人の左足を掴もうと、右腕を絡ませる。
「らぁッ!!」
直後、颯人が右足で素早く跳躍。
跳び上がったその足ですかさず回し蹴りを繰り出し、男の左側頭部を狙う。
「チッ──!」
男は後方へスウェーし、これを回避。
その拍子に、掴みかけていた颯人の左足から手を放していた。
颯人は身を翻しながら着地し、素早く立ち上がる。
そして、懐に隠し持っていた武器を取り出し、その切っ先を相手に向けて伸ばした。
──SRB製特殊警棒。
扱いやすい適度な重量と、悪霊に対しても物理的ダメージを与えられるよう施された呪い、そして妖怪に対しても充分なダメージを与えられる強度を重ね持つ、颯人の得意とする武器の一つである。
その警棒を小刻みに振り、リズムを取って構える颯人。
目の前の男を睨み付けながら、口の端を吊り上げた。
男は颯人の顔を睨みながら、鼻から垂れる血を乱暴に拭った。
一連の攻防により、男のフードが外れ、その素顔が露になっていた。
──オールバックで固められた、肩までかからないくらいの長さの髪。
色は金髪だが、先端から根本に向かって徐々に黒くなっている。いわゆるプリン髪である。
目付きは剃刀のように鋭く、右目の瞼の上に、ぱっくりと空いた大きな古傷の跡があった。
柄の良い人相とは言い難い風貌の若者であった。
「やっぱり、お前が犯人だったか」
「そういうてめえは、記者じゃねえらしいな」
「今更気づいてンじゃねえよ間抜け」
軽薄な記者という仮面を剥ぎ捨て、颯人はそう挑発する。
そうしながら、足をじわじわ前へ動かし、距離を詰める。
隙を見つけたらいつでも飛び込めるように、緊張感を高めつつ全身をリラックスさせる。
「お前はやっちゃいけないことをやっちまった。何の罪もない人たちを、ゴミのように殺しやがった。大人も子供も見境なく、何人もな」
「ハッ──この状況で何言ってんだお前? 道徳の授業でもしてくれてんのか?」
「あ? マジで授業をしてやってもいいんだぜ? 最も、理解出来るような脳味噌持ってるようなツラには到底──」
──その時、男が仕掛けた。
「──ッ!!」
「──見えね、っ!?」
右手の人差し指を颯人に向け、大きく踏み込んでくる。
そして、颯人の顔面を狙い、気の弾丸を発射する。
「──!」
それを颯人は、咄嗟に警棒で弾いてガードする。
その時既に、男は颯人の下半身に組み着こうと、低い姿勢で飛び込んで来ていた。
「ッ──!」
男のタックルを受け止めようと、颯人も低い姿勢になる。
その一瞬──男が左手に、何かを持っている光景が見えた。
鏡のように光を放つ、鋭く尖った物──凝視せずとも、瞬時に理解できた。
(刃物……!)
──颯人は待ち構えるのをやめ、警棒を握る手にわずかに力を込めた。
「うらぁッ!」
「ハッ!」
男がナイフによる斬撃を繰り出す。
すかさず颯人は警棒で打ち反らす。
怯まず、男はナイフで胸を刺そうと突き出してくる。
颯人はそれを冷静にいなし、側面へと回り込む。
──ナイフと警棒、双方の武器が斬り結ぶ音が、通りで木霊していた。
これほどの騒動を起こしておきながら、人が集まってくるような気配は全くない。そのことに気付かぬほどに、颯人は目の前の男の挙動に集中していた。
「しゃッ!」
男がナイフを下から振り上げる。
力任せだが、素早い斬撃。その一撃によって、颯人の警棒が上へと弾き飛ばされた。
「らァッ!!」
丸腰になった颯人を目掛け、男がナイフを振り下ろす。
颯人の胸に、凶刃が凄まじい速度で迫り──
(──今だ!!)
──その時、颯人が瞬間移動した。
移動先は男の5メートル頭上──宙を舞っている警棒のすぐ傍。
──男の凶悪な表情が一瞬にして消え失せ、今まで立っていたはずの場所と、ナイフを振り下ろしたばかりの男の姿が目に移る。
体が落下し始める前に、颯人は警棒を素早く掴み取った。
「……な!」
男が困惑の声を上げている。
同時に、颯人の体が落下を始めた。
颯人は着地の姿勢を取りつつ、警棒を振り上げ──
「うりゃあッ!!」
「──がぁッ!?」
──男の肩に唐竹割りをぶち込む。
そして、倒れ込む男の背中に着地し、そのまま抑え込んだ。
作戦通りであった。
攻防の最中、颯人は気を練りつつ戦況を見極め、能力を使う絶好の機を伺っていた。
そして、男がナイフで斬り上げようとした瞬間、わざと警棒を弾き飛ばされた。
結果、敵に勝利を確信させ、隙を作り出すことに成功したのである。
状況を分析し、優れた身体能力と超能力で敵を無力化する──これが、冷静になった颯人の得意とする戦闘スタイルであった。




