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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
277/310

夢幻指弾 十一

9

「こちら奥寺。対象と見られる人物を発見、これより接触します」

 腕時計に内蔵された通信機に向かって、颯人はすらすらと語りかけた。

『了解。何をやらかすかわからん奴だ。気をつけろ』

 ワイヤレスイヤホンから聴こえてくる、張りつめた大門からの応答。

 それを聞き終わると、颯人は音も立てずに立ち上がった。


 そのまま小走りで路地裏の出口を目指す。

 表情は既に、作り笑顔で覆い隠している。

 ──容疑者に気取られてはならない。可能な限り敵意を隠さなければ。


「……」

 建物の陰から、ターゲットを確認。

 気だるそうに歩いている背中が見える。

 こちらに気付く気配はない。

 あの男が犯人であるという確実な証拠があれば、ここから奇襲をかければいいのだが、残念ながらその確証はない。

 人違いである可能性も考慮し、ここはインタビューを装って接触する。

 インタビューの最中に犯人であるという確証が見つかれば、素早く無力化し拘束。普段通りのやり方である。


 颯人は意を決すると、路地裏から飛び出す。

 そして、いつ攻撃を受けても対応できるよう用心しつつ、小走りで男の背中に近寄った。


「あー、すみません、そこのお兄さーん」

「……は?」

 颯人の声に、男が面倒臭そうに振り返る。

 フードの陰に覆われており、顔は依然としてハッキリとは見えない。唯一見えるのは、わずかに口元のみ。その口が、不服そうに尖っていた。


「……誰お前? 客引き?」

「あれ、そう見えました? すみません、実は違うんですよ」

 男の無礼な物言い。

 しかし、颯人はヘラヘラとした笑みを崩さなかった。


「自分、『週刊リアル』っていう雑誌のライターやってる者なんスけど」

「なんだ記者か」

「そうですそうです。……実は自分、最近世間を騒がせてる連続殺人事件の調査をしてまして。ほら、テレビでやってるでしょう。昨日までに12人が殺されてるっていう──」

「消えろよ。お前みたいなネズミ野郎はウザいから嫌いなんだよ。俺は忙しいんだ」

 男はハエを追い払うかのように手を振り、颯人を拒絶する。

 その仕草に、颯人はわずかに癪に障ったが、気を取り直し、男に言葉を投げ掛けた。


「まあまあそう言わずに聞いてくださいよ。自分、これまでの事件を独自に調査しましてね。その結果、次はこの辺りで殺しがあるんじゃないかって睨んでるんスよね。……どうスかお兄さん、この辺りで怪しい人とか見なかったッスか? もしいたら教えて欲しいんスけど──」

「興味ねえよ。邪魔だから失せろ」

 男の答える声に、徐々に苛立ちの色が見え始める。


「いやいや、そこを何とか。何とか警察よりも早く犯人を突き止めたいんですよ。お願いしますよお兄さん~。俺の昇進のために力を貸して──」

「おい」

 男の声色が変わった。

 苛立ちのこもっていた声に、明確な怒りが混ざったように感じた。

 表情も、皺が幾重も生じるほどに眉が寄り、両目が大きく見開かれた顔に変わっていた。

 

「俺さ。興味ねえって言ったよな。邪魔だから失せろってお前に言ったよな。何で無視して話しかけてんだ? 俺のことナメてんの? なあ?」

「あー……怒っちゃいました? すんません」

 低く押し殺した声で凄んでくる男に、颯人は苦笑いを浮かべて謝罪する。


「功を焦ってそちらさんの都合とか考えてませんでしたわ。自分、目先のことしか考えてないってよく上司から怒られるんスよ──」

「ンなこたぁ訊いてねえんだよ。何で話しかけてんだって訊いてんだよ。言ってる意味分かってンのか? それともまた無視か? あ?」

 男はそうまくし立てながら、右手で颯人を二度突き飛ばした。

 すごい力である。

 颯人はSRBの格闘訓練ではトップクラスの成績を誇っている。運動能力と体力も、他のエージェントと比較すると突出している。

 そんな颯人でも、この男に軽く突き飛ばされるだけで、後ろに仰け反らされてしまった。

 パーカーの下に隠されている体は、よく鍛えられているに違いない。そう感じさせる膂力(りょりょく)であった。


「いやいや、違いますって。お兄さん、ちょっと落ち着いて──」

「あーもういいわ、もういい。お前でいい」

「え?」


 ──男の声から、怒気が消えた。

 声だけではない。眉間によっていたはずの皺も、消え失せている。

 代わりに、怒りとは別のものが声に混じっているように感じられた。


 ──来るか。

 颯人は緊張と同時に、胸の奥から熱が込み上げて来るのを感じた。

 既に入っているエンジンを、更に温める。

 初動からトップギアで動けるよう、アクセルを吹かせる。


「お前で我慢するわ。途中で見つけたガキを狙おうと思ってたんだけどさ。お前にするわ。お前、ウザいしムカつくから」

 男は頭をかきながら、淡々とそう言った。

 声の調子は妙に冷静であったが、体から立ち上るどす黒い気配を隠せてはいなかった。


「……あの。何の話をしてるんスか?」

 颯人は、ゆっくりとそう訊ねた。

「犯人探してンだろ? 連続殺人の」

 同じくらいゆっくりと、男が答えた。


「俺なんだよ。その犯人」

 そう言うと、男は気だるげに右手を掲げた。

 親指と人差し指を立て、銃を模した形にしていた。

 その人差し指の先端を颯人の額に付き付け──つまらなそうに呟いた


「バァン」

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