夢幻指弾 五
「ふぅ~、美味かったのう。やっぱり白菜の入った味噌汁は最高じゃよね」
「お前は本当に白菜が好きだな。でもまぁ、確かに白菜は素晴らしいな。あの食いごたえとアッサリ感はマジで堪らねぇよ。……おいどうしたマリー、ボーッとして」
「……たらふく食べてお腹いっぱいになったら眠くなってきたわ……」
「大イビキかくくらい寝たのにまだ寝足りないのかお前は……」
まったりとくつろいでいる助手たちと他愛ない会話をしつつ、衛は二人に食後のお茶を煎れて差し出す。
そして、空になった食器をキッチンまで運び、それら全てを慣れた手付きで洗浄した。
それが終わると、衛は自分の分のお茶を入れて、テーブルへと戻った。
助手たちはくつろぎながらテレビを観ていた。
画面に映っているのは、朝のニュース番組。
報道内容は、近ごろ世間を騒がせている連続殺人事件についてである。
「また一人殺されたんだ。これで12人目。酷いわね……」
「うむ。とんでもないことをする奴がおるもんじゃのう。子供の命まで奪いおるとは。命を何だと思っとるんじゃ、全く」
「……」
マリーと舞依が、戦慄と憤慨をにじませた言葉を交わす。
衛は、テレビを睨み付けたまま、何も言わなかった。口から出かかった言葉を、お茶で飲み下す。そうやって、怒りの感情を押し止めた。
「死因は射殺らしいが、銃弾は見つかっとらんらしいのう。奇妙な殺人事件じゃ」
「うん。もしかしたら、妖怪か超能力者が犯人だったりして。……その時は、あたし達にも調査依頼が来るかな?」
「……可能性はあるな。でも、これだけ事件の規模がデカくなって、世間一般に知れ渡ってしまったんだ。とっくに『SRB』が動き始めてるんじゃねえかな」
「えすあーるびー? 何それ?」
「『超自然現象研究対策局』。怪異が絡んだ事件の調査を専門にした、日本政府お抱えの組織だよ。多分、あの連中がもう動いてる頃だと思う。……もしかしたら、SRBのエージェントの一人から、俺に調査協力の依頼が来るかもしれないけどな」
「政府お抱えの組織から、ぬし個人に協力の依頼か」
「めっちゃ信頼されてるじゃない衛」
「違う違う。俺の存在はSRBには内緒で、正式に依頼されてるわけじゃないんだよ。SRBのエージェントの中に、俺の知り合いが二人いてな。その二人から、組織に内緒で情報提供してもらったり、その礼に捜査協力したりしてるんだ」
「内緒で情報提供って……それ、SRBのお二方にとっては重大な情報漏洩ではないか?」
「ああ。……けど、そうせざるを得ない事情があるんだ。今は詳しくは話せないけど、いつかお前らにも──」
その時、衛のスマートフォンが、振動と共に着信音を発し始めた。
すぐに画面を確認する。表示されていた名前は、丁度話題に挙げていたばかりの人物であった。
「ちょっと電話してくる」
衛は二人にそう告げると、自分の部屋に急いで戻り、電話に出た。
「もしもし」
『あ、おはよーっす! 青木さん、今電話大丈夫っすか?』
「ああ。どうした? 調査協力か?」
『ちゃいますちゃいます。アレっすよアレ、こないだ、俺に調べてほしいって言って、黒い液の残ったカプセル渡してきたっしょ? アレの調査結果が上がってきたんすよ』
「もうか、早いな。さすがSRBの研究室だ」
『でしょ? ……と言っても、解析しても解らないところが多くって、早々に切り上げたってのが実状みたいっすよ。そもそも、カプセルに残ってた液の量が少な過ぎて、満足に研究出来なかったらしいっすわ。それでも大丈夫っすか?』
「ああ。大丈夫だ」
『了解っす。それじゃあ、今から時間あります? 早いうちに渡しとこうかと思って』
「助かる。それじゃあ、いつものところで待ち合わせよう。10時半くらいでいいか?」
『ウッス、了解っす! そんじゃあまた後で! 遅刻しないでくださいよー?』
そう言い終わると、電話の主は早々に通話を打ち切った。
おそらく、仕事の合間に渡そうとしてくれているのだろう。
なら急がねば──そう思い、衛はジャケットをハンガーから取り、再び居間へ戻った。
「あ、お帰り。誰からの電話だったの?」
「友達。すまん、ちょっと出かけてくる」
「え? いきなりどうしたんじゃ?」
「ちょっと急用が出来た」
「街の方に行くの? あたしも行きたい!」
「ああ……悪い、今回は無理だ」
「「えっ?」」
衛が即答すると、二人はきょとんとした様子で、こちらを見つめ返してきた。
今回ばかりは連れていくわけにはいかない。二人を、『あの男』に会わせるわけにはいかない。
そう思っての返答である。
「すまん、家で待機しといてくれ」
「えっ、えっ? ど、どうしたの衛そんなにバタバタして」
「いや、何でもない、すまん、ちょっと急いでるんだ」
「急用って、事件か? そんなに急がなきゃならん事件でも起こったのか!?」
「違う! 大丈夫! 別件! 気にすんな! 行ってきます!」
二人との会話を強制的に打ち切り、慌てて玄関に走る。
若干の罪悪感が沸いたが、かぶりを振ってごまかす。
──仕方ない。仕方ないんだ。『あいつ』に会わせたら、二人が危ないのだから。
自分にそう言い聞かせながら、衛は203号室から飛び出し、玄関を閉めた。




