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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
270/310

夢幻指弾 四

4

「ただいま」

 青木衛が、日課の朝の鍛練を終えて帰宅したのは、朝8時前のことであった。

 普段ならば、衛はもう少し遅くに帰ってくる。

 本日、練習を早く切り上げて帰宅した理由は、とある重大な仕事を請け負っていたためである。

 それは、その日一日を問題なく、健康に過ごすために必要な栄養補給の支度。

 即ち──本日の朝食当番である。


 マリーと舞依の姿は居間にはない。どうやらまだ寝ているらしい。

 彼女達の部屋に向かうと、案の定すやすやと布団の中で寝息を立てていた。

 それを確認すると、風呂場に向かい、今朝の献立と昨晩の残り物について考えながらシャワーで汗を流す。

 そして、素早く着替え、ドライヤーで髪を乾かし、すぐに台所に立った。


 まず、塩鮭の切り身を3枚用意し、魚焼きグリルに並べて火を着ける。

 次に、鍋に水を張り、出汁の顆粒を入れて火にかける。

 その合間に、鍋に入れる具材を包丁で素早く切った。

 具材は白菜と豆腐、油揚げである。

 鍋が煮立ち始めたところに、具材を入れる。グツグツと音を立てていた鍋が、また先ほどのように静かになった。


 鍋が再び煮立ち始める前に、冷蔵庫を開けた。

 中から取り出したのは、ラップに覆われた2枚の皿。

 それぞれ、豚肉の生姜焼きと、ほうれん草のごま和えが入っている。

 どちらも昨日の夕食で作ったのだが、作りすぎてしまい、結局余ってしまったのである。

 その内の片方、生姜焼きの皿を、ラップで封をしたままレンジに入れて加熱。

 もう片方のごま和えは、そのままラップを剥いで、テーブルに置いた。


 それから、魚焼きグリルを開け、鮭の切り身を裏返した。

 焼き具合を目視確認──今のところ、焼き加減に問題はない。またグリルを閉じる。

 直後、チン、という音が響いた。

 呼び声に応じ、すぐにレンジのそばに向かい、中から皿を取り出す。

 ラップを剥がすと、食欲を刺激する甘い生姜の香りが、湯気と共にふわりと浮かび上がった。


 そうしている間に、鍋が再び煮立ち始めた。

 火の勢いを弱め、具材の煮えたお湯の中に、味噌を溶きながら入れる。

 市販の白味噌と、ご近所さんから頂いた自家製の赤味噌。それぞれ、2:1の割合で溶き入れる。

 味噌がよく混ざった後、おたまで汁を少量すくい、小皿に移して味を確かめる。

 ──丁度いい。


 その時、助手たちの部屋の扉が開く音が聞こえた。

 出てきたのは、パジャマ姿の舞依であった。

「おはようさ~ん」

「おう、おはよう」

「ん~♪ めっちゃいい匂いがしとるのう。今日の味噌汁の具は何じゃ?」

「白菜と豆腐と油揚げ」

「うわぁ、聞いただけで絶対美味いって分かる。白菜はたっぷり入っとるじゃろうな?」

「当然。仕上げにネギは入れるか?」

「もちろん!」

 そう言うと、舞依はニコニコしながら洗面所へと向かって行った。


 舞依の要望を受け、衛は冷蔵庫からタッパーを取り出す。刻んで保存しておいた、薬味ネギ入りのタッパーである。

 同時に、パック入りの納豆を取り出す。

 ネギのタッパーはキッチンの横に。納豆は、テーブルまで持って行く。

 そして再びキッチンに戻り、魚焼きグリルを開いた。

 ──身は赤く、皮はパリッと。極端な焦げは全く見当たらない。完成である。


「ふわぁ~。おはよう……」

 その時、パジャマ姿のマリーが部屋から現れた。

 髪はボサボサで、寝ぼけ眼をこすっている。

「おう、おはよう。もうメシ出来たぞ。舞依が今顔を洗ってるから、その後に洗面所を使いな」

「その前におしっこ……」

「分かった分かった、急いでトイレ行ってきな」

「漏れそう……」

「マジで急いで行ってきな!」

 のろのろとトイレに向かうマリーを案じつつ、食器棚から3枚の皿を取り出し、大皿の塩鮭を1枚ずつ乗せる。


 直後、マリーと入れ違いで、舞依が姿を現す。

 寝ぼけ気味のマリーと違い、しっかりと目を覚ましていた。

「ふぅ、さっぱりした!」

「マリーの奴、ちゃんとトイレ入ったか? すごく寝ぼけてたけど」

「うむ、ちゃんと入った。あそこまで行けば漏らしたりせんじゃろ。あ、配膳手伝おうか?」

「ああ、頼むよ」


 汁物用の茶碗を用意し、その中に味噌汁を注ぐ。仕上げに、味噌汁の表面にネギを少量乗せる。

 それらをお盆に乗せ、テーブルまで持って行き並べる。

 箸やご飯の茶碗は、既に舞依が用意してくれていた。


 それから、温め直した生姜焼きをテーブルへ持って行く。

 炊飯器も、テーブルの上へ。

 蓋を開けると、ふわりと湯気が舞い上がり、中からふっくらとしたほかほかの白飯が姿を現した。

 そこにしゃもじを入れ、軽く混ぜる。

 そして、3人分の茶碗によそった。米の硬さも丁度良いようである。


「あー、スッキリした」

 準備が出来上がった頃に、マリーが戻ってきた。

 まだ眠そうではあったが、先ほどよりも意識はしっかりとしているようであった。

「漏らさなかったじゃろうな?」

「漏らさないっつーの! ちょっとヤバかったけど」

「ヤバかったのかよ……」

「そんなことより、早く朝ご飯食べようよ! あたしもうお腹ペコペコー!」

 マリーはそう言いながら、並べられた料理の数々を見て、顔をふにゃりと和らげた。

 本当に、我慢の限界らしい。彼女だけでなく、衛や舞依も同様であった。


「よし、じゃあ食おう」

 衛はそう言うと、丁寧に両手を合わせた。

 マリーと舞依も、同じく手を合わせる。

「「「いただきます!」」」

 はっきりとした3人の声が部屋に響き、同時に箸を手に取った。


 ──最初に、味噌汁に口をつけた。

 甘い味噌と出汁の風味が口に広がり、口の中を湿らせる。


 次に、白飯を少量取り、口に入れる。

 ほくほくとした飯を噛むごとに、米の甘みが染み出し、残った味噌汁の風味と混ざり合う。


 それから、鮭の身を軽くほぐし、丁寧に骨を取り除いてから、身の一片を箸で掴んで口にする。

 魚肉の旨味と塩気、油が食欲を刺激し、唾液がじわりと湧き始めた。


 もう一度、ほぐした鮭を掴む。

 今度は直接口に入れず、飯の上へ。

 そして、飯と一緒に口の中に入れる。

 更にもう一口、飯を口に入れて頬張る。

 鮭と飯、両方をしっかりと噛み、良く味わってから、喉の奥へと通す。


 再び味噌汁に口をつける。

 今度は汁だけでなく、具も口に入れる。

 甘い味噌と、柔らかい油揚げと豆腐、シャキシャキとした歯ごたえのある白菜、爽やかで香りの良いネギが口の中で調和する。

 ──飯が欲しい。

 己の欲求に従い、飯を軽くかき込む。


 気が付くと、お椀から飯が姿を消していた。

 すぐにそばの炊飯器の蓋を開け、お代わりをよそう。


 2杯目の最初のお共は、テーブル中央のおかずに決めた。

 昨日の夕食を楽しませてくれた、豚肉の生姜焼き。

 マリーも舞依も生姜焼きが好きだ。自分も好きだが、2人に多めに残してやろう。

 そう思い、その中から1切れだけを取り、飯の山の上に軽く乗せ、茶色のタレをゆっくりと飯に染み込ませる。

 そうした後に、豚肉を口の中に潜り込ませ、しっかり、じっくりと咀嚼する。


 昨晩のおかずだが、味は全く落ちていない。

 それどころか、一晩寝かせたおかげで味が更に濃くなっている。

 もっと米を寄越せ──己の口と胃が必死にそう訴えかけている。

 じゃあくれてやるよ──タレの染みた飯を、2度かき込む。

 タレが絡んだ米の美味さに、たまらず愛おしさが込み上げて来る。


「衛、お代わり!」

「はいはい」

「あ、わしもお代わり」

「はいよー」

 主人に遅れて、助手たちがお代わりを要求してくる。

 衛は一旦箸を止め、助手たちの分のお代わりを快くよそってやる。

 そして、再び食事を再開した。


 そろそろ、さっぱりしたものを口にしたい。

 そう思い、生姜焼きの横に並んでいる、ほうれん草のごま和えに手を付けた。

 皿の上のほうれん草を多く掴み、己の皿に乗せる。

 そこから少量を飯の上に乗せ、飯と一緒に頬張る。

 ほうれん草のほのかな苦みと、ごまだれの甘みと香ばしさが口の中に広がっていく。

 もう一口、白飯を口へと運び、ゆっくりと味を噛み締める。


 更に、残った鮭の切り身も口に入れる。

 飯を一口。

 残った鮭の皮を取り、パリパリと噛む。

 更に飯を一口。

 残った味噌汁を具と共に味わい、茶碗の飯を全て口に入れる。


 ──まだ食べたい。

 案の定そう思い、衛は傍らのお盆を手に取った。

「味噌汁のお代わりどうする?」

「あ、食べたい」

「わしも頼む」

 二人に訊ね、3人分のお椀を盆に乗せ、キッチンへ向かう。

 鍋の中の味噌汁をお椀に移し、またネギを乗せる。

 それからテーブルに戻り、味噌汁のお椀をそれぞれの席に戻す。

 そうした後に、衛は3杯目の白飯を茶碗によそった。


 締めの内容はもう決めていた。

 未だに手を付けず残していた納豆である。

 パックを開け、シートを丁寧に剥がし、甘いタレを全体にまんべんなくかける。

 それから、箸で丁寧に、しっかりとかき混ぜる。

 そして、十分な粘り気が出たことを確かめてから、飯の上にがばっとかけた。


 まず、味噌汁で口の中を潤す。

 それから、納豆の乗った飯を一すくいして、口へと運んだ。

 甘いタレと粘り気、独特の匂いが衛の口内を満たす。

 小さい頃はあまりこの食感が得意ではなかったが、大人になった今ではもうやみつきである。


 我慢できず、衛は納豆飯を下品にならない程度に勢いよくかき込んだ。

 途中で一度箸を止め、味噌汁を半分ほど胃に納める。

 そうした後、再び納豆飯に手を付け、最後までかき込む。

 そして、ゆっくりと咀嚼して飲み込み、残った味噌汁を全て飲み干した。


「フーッ……」

 ゆっくりと息を吐く。

 身体が温かい。

 満たされた──そんな気持ちになった。


 マリーと舞依に目を向ける。

 丁度、二人の席の料理も空になっていた。

 中央の生姜焼きとほうれん草の皿にも残りはない。

 二人もまた、表情に満足感が浮き出ていた。

 

 特に合わせた訳でもなく、3人は同時に両手を合わせ──

「「「ごちそうさまでした!」」」

 ──そう口にした。

11/6追記

申し訳ありません、魔拳の続きですが、諸事情により更新が遅くなりそうです。

ご迷惑をおかけしますが、もうしばらくお待ち下さい。

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