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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
269/310

夢幻指弾 三

3.

 午前九時。

 広い会議室に並べられた長机の列には、大勢のスーツ姿のエージェントが着席していた。

 青年、壮年、熟年──男女を問わず、様々な世代の人間の姿がある。

 その中に、颯人とヒナの姿があった。


「ふわァ……眠い」

「ほーらやっぱり……」

 最前列に近い場所に着席して大あくびをかます颯人を、隣のヒナが横目で睨む。

 この大勢のエージェントたちの中では、二人は比較的若い年代の人間に分類される。

 しかしながら、この二人の若者は、この場に集結したどのエージェントよりもリラックスした雰囲気を漂わせていた。


「おやっさんまだかなぁ……。まだ来ないならおやっさん来るまでしばらく寝てよっかなぁ……」

「また室長から四の字固め食らいますよ? だからあんなに食べないで腹八分目くらいにしとけば良かったのに」

「朝メシは大事っしょ? 外回りしてる時にパワー不足で能力使えなかったら困るじゃん。……あー駄目だやっぱり眠い。やっぱ今のうちに一眠り──」


 ──その時、会議室前方の扉が開かれ、一人の男が早足で入り込んできた。

 その男が現れた瞬間、室内の緊張感が膨れ上がる。

 居眠りをしようとしていた颯人も、欠伸を無理やり噛み殺し、全神経をその男に集中させた。

 その男は、会議室前方のスクリーンのそばで立ち止まり、エージェントたちに体を向けた。

 白髪の混じった頭髪を短く刈り込んでいる、鋭い目付きの壮年男性であった。

 彼こそが、このエージェント達を仕切る長である室長──大門剛士(だいもんつよし)である。


 大門は口を開けると、そこから低く大きな声を張り上げた。

「みんな、ご苦労!」

「「「おはようございます!!」」」

 エージェント一同が、大門に返事をする。

 怒号のような声の嵐が室内に吹き荒れ、空気がビリビリと震えた。


「前置きは飛ばして、本題に入ろう。現在調査中の事件に関してだ!」

 大門がそう言うと、室内の照明が暗くなり、前方のスクリーンに資料の映像が映し出された。


「ここ二週間の間に発生してる、連続殺人事件。被害者は男女を問わず計十二名。被害者の中には、老人や、幼い子どもも含まれている」

 大門の説明を聞き、颯人は拳を力強く握り締めた。

 その顔から眠気は当に消え失せ、目には刃物のような切れ味が宿っていた。

 腹の奥底から、犯人に対しての憤りが沸き上がっていた。


「被害者たちの死因は、遺体に空けられた穴によるものだ。小さいものは直径五ミリ、大きいものは三十ミリにまで達している。弾痕に似ているが、遺体や周辺からは弾丸や薬莢の類いは発見出来ず、硝煙反応なども見られなかった。そのため、超能力を使用した犯行であるという推測を立てていた。ここまでが、昨日の昼頃までの流れだ。……そして昨晩、捜査の結果、その推測が確信へと繋がった」

 大門の言葉に、数人のエージェントが身を乗り出す。

 颯人とヒナも、その中に含まれていた。


「次の資料を見てくれ」

 スクリーンが切り替わり、写真が写し出される。

 どこかの路地裏のようであった。

 頭から血を流して横たわる女性。そして、フードを目深にかぶったパーカー姿の男が、横たわった女性を指差している光景が写っていた。

「これは、十二人目の被害者が殺害された直後に撮影された写真だ。偶然その場に居合わせた目撃者によって撮影されたもので、幸い目撃者は気付かれることなくその場を立ち去ることが出来た」


 直後、スクリーン上の写真が拡大され、パーカーの男の姿が大きく写し出された。

「目撃者の証言によると、この男が指差した直後、突然被害者が血を流して倒れ込んだらしい。その際、男の人差し指の先端が発光、同時に破裂音のような音が鳴り響いたそうだ。この証言から、被疑者が超能力を有しており、なおかつ、その力を行使して殺人を犯しているという結論に至った」

 大門の口調に、心なしか怒気がこもっている。

 彼もまた、この容疑者に対して憤怒を抱いているのだということを、ここに集っているエージェント達は心から理解していた。


「この男が何者なのかは、依然として判っていない。だが、このままこの男を野放しにしていては、間違いなくまた罪無き人々の命が奪われる! それを阻止するために、我々『第1捜査室』は、一刻も早く被疑者の正体を明らかにし、速やかに無力化する! この後、定例通り各員に向けて指令を一斉送信する! そこに書かれた内容を元に、捜査にあたれ! 以上、よろしく頼む!」

「了解!!」

 大門の使命感を帯びた号令に、雷の轟きのような返事がエージェント達の口から放たれた。

 そして、一同はすぐに立ち上がり、慌ただしく後方の出入口から次々に退出していった。


 颯人とヒナも立ち上がり、第1捜査室──1捜のオフィスへと戻ろうとした。

「おい颯人! ちょっと来い!」

 その時、大門が颯人を呼び止める。

「え? ウッス、何すか?」

「颯人先輩、また何かやっちゃったんですか?」

「心当たりがあり過ぎる。ヒナちゃん先オフィス戻ってて。後で行くから」

 ヒナに耳打ちすると、颯人は大門と共に、前方の扉から退出する。

 そして二人は、隣の小会議室へと入室した。


「調子はどうだ、颯人」

 入室するなり、大門は振り返ってそう言った。

 先ほどまでの厳格そうな様子とは打って変わって、心なしか親しみのある微笑が浮かんでいた。

「え? ああ、もちろん絶好調っすよ! 今日なんて腹減り過ぎちゃって朝メシ三回もお代わりしちゃって!」

「ほう。だからあんなに眠そうなツラしてたのか? 俺が入ってきた瞬間欠伸を噛み殺しやがって」

「うわっ、見てたんすか? 流石おやっさん目ざとい。……って、わざわざ世間話するために呼んだんすか?」

 颯人は苦笑いしながら、頭の後ろで両手を組んだ。

 彼のリラックスした様子を見て、大門は小さく笑うと、懐からメモリースティックを取り出した。


「そんなわけあるか。ほら、例の調査結果だ。今朝、研究員の金田君から渡してくれと頼まれたんだ」

「おっ、マジっすか! すげーや金田さん予定よりもずっと早ぇ! さっすがウチで一番の変態研究員!」

「お前に変態呼ばわりされる金田君の身にもなれよ……」

「おっと、こんなことしてる場合じゃねェや!」

 颯人は慌てた様子でメモリースティックを受け取ると、素早く胸元に仕舞い込んだ。


「おやっさん、捜査は昼からやります! その前にこれ渡しに行くんで!」

「『A』に渡すのか?」

「そうっす! Aさん、調査結果待ってるみたいなんで! そんじゃ、行ってきます!」

 そう言うと、颯人はバタバタしながら小会議室を飛び出して行った。


「全く、元気のいい奴だ」

 一人残された室内で、大門は苦笑した。

 その後、何かを案じるように眉根を寄せ、か細い声でひとりごちた。

「……これで『あの嗜好』さえなければ、文句なしのいい奴なんだがな」

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