夢幻指弾 一
1
「やあ、待たせたな」
「本当にな。30秒遅刻だ。もしあと一分遅れてたらあんたを殺してやろうかと思ってたよ」
「フ。怖いことを言うのはやめてくれ。こう見えて臆病なんだよ私は」
深夜、人気のない高架下で、二人の男は対面した。
遅れて来た男は、新雪を連想させるような純白のローブを身にまとっている。
対する男は、パーカーにカーゴパンツと、ラフな格好をしていた。
どちらも、素顔は見えない。どちらもフードを被っており、口元のみが辛うじて見えていた。
「……で、薬は?」
待ちきれないといった様子でパーカーの男がそう尋ねると、ローブの男は、左手にぶら下げたジュラルミン製のアタッシュケースを差し出した。
パーカーの男は、そのケースを受け取り、すぐさま中を確認した。
ケースの中には、黒い液体が入ったカプセルが十本収められていた。
その中の一本を掴むと、パーカーの男はそれを顔の高さまで掲げ、中身をまじまじと凝視した。
「これが?」
「そうだ。我々と協力関係にある組織が開発した薬物だ。それを投与すれば、君の能力は現状よりも格段に強くなる」
「へェ。これを使うだけでねェ」
半信半疑といった様子で、パーカーの男はそう返した。
「それじゃあ、ありがたく受け取らせてもらうわ。これ、金な」
パーカーの男は素っ気なくそう言い、封筒を差し出した。
ローブの男は、その封筒を受け取ると、そのまま懐に仕舞い込んだ。
「おいおい。中身を確かめなくていいのか? 中身が紙切れだったらどうすンだよ」
「君を信じるさ。それに、大事なのは金より成果だ。こちらの要求を果たしてくれればそれでいい」
「『一人でも多く殺せ』だったか?」
「そうだ」
「ふーん。まぁいいや。こっちも強くなれて、しかも大勢殺せるんだ、文句はねぇよ。ただし、この薬の効き目が確かならな」
パーカーの男が、眼前の提供者を睨む。
「……騙してねぇだろうな」
「ならば試すといい。効き目がないようなら、今ここで私を殺せ」
ローブの男はそう言った。
怒りも怯えもなく、平然とした様子で出た言葉であった。
パーカーの男は、見定めるようにローブの男を睨み続けた。
しばらくした後、鼻を鳴らしながら、再びカプセルに視線を戻した。
「いや、いいわ。その強気な態度を信じるよ」
パーカーの男は目を細めた。
「お望み通り、好きにやるさ。存分に楽しみながらな」
カプセルを見つめながら、恍惚にも似た感情をにじませて、彼はそう言った。
その言葉に呼応するかのように、カプセルの中の黒い粘液が、ドロリと蠢いた気がした。




