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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
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スクルトーレ・モーストロ 三十六(完)

20

 ──翌日の夜。青木衛の自宅には、六人の男女の姿があった。

 住人である衛、マリー、舞依。そして、客人の雄矢、シェリー、綾子である。

 本日、青木衛の自宅では、マリーの成長を祝うパーティーが催されていた。

 彼らが囲うテーブルの上には、各々の皿とコップ、ジュースやビール。中央には、ぐつぐつと煮えるすき焼きの入った大きな鍋と、惣菜の並んだオードブル。そして、右手を負傷している衛が食べやすいよう、フライドポテトやチキン、寿司やピザなどの片手でつまめる料理が置かれていた。


「きた! ベストタイミング! お肉の一番美味しい瞬間! そこだもらったぁ!」

「ギャーッわしの肉が! おのれ西洋かぶれめがぁ!」

「フフーン早いもん勝ちよ早いもん勝ち! 悔しかったらあんたもさっさと肉を取ることねもぐもぐもぐ!」

「やかましい何が早いもん勝ちじゃそれはわしが狙っとった肉じゃ! ぬしは健康に気を使って白菜でも食っとれ!」

「お前ら喧嘩すんな。肉は綾子がたくさん持ってきてくれてるからまだあるぞ」

 騒々しく肉争奪戦を繰り広げるマリーと舞依を、衛がピザを齧りながらやんわりと諌める。

 その光景を、雄矢と綾子、そしてシェリーが微笑ましく眺めながら、料理に舌鼓をうっていた。


「あっははは! いやー賑やかで楽しいねぇ。やっぱり皆でワイワイしながら食べるご飯は最高だよ」

 ほろ酔い状態の綾子はそう言いながら、チューハイの注がれたコップに口をつけた。


「全くだぜ。酒も飯も美味いし、言うことなしだ。……それにしても、まさかこんなに賑やかなパーティーになるなんて、一昨日の時点では思わなかったなぁ」

 雄矢はそう言いながら、コップの中のビールを一息で飲み干した。

 その空になったコップに、隣のシェリーが瓶ビールを傾ける。

「本当ね。その時はまだ、どうすればマリーが元気にしてあげられるか悩んでたもの。でも、結果的に杞憂で終わらせることが出来てよかったわ」


「そうだな。それもこれも、皆のおかげだ。本当にありがとう」

「ははは! なーに言ってるんだい? 頑張ったのは、今日まで一生懸命妖術を教えていた舞依ちゃんと、見事に成長してみせたマリーちゃんだろ?」

 丁寧に頭を下げる衛に、綾子はからからと笑いながらそう言った。


「彼女たちのおかげで、明智先生や誘拐された女性たちを元に戻すことが出来たし、ルチアーノをやっつけることも出来た。まだ妖怪化して間もないのにあんな力を秘めてるだなんて、すごい娘だよマリーちゃんは。そして、その力を見出だした舞依ちゃんもね。今日は私たちに気を使うよりも、彼女たちをめいいっぱい祝ってあげなきゃね」

「そうだな。その通りだ」

 綾子の言葉に、衛は素直に頷きながら微笑した。


「でも、万事解決という訳ではないわ。ルチアーノが打ったあの黒い薬。あれの正体は、まだ謎に包まれたままだもの」

 真剣な表情で、シェリーがそう呟く。

 彼女の言葉に、三人も引き締めた顔で頷いた。


「今、俺の友達のエージェントに頼んで、あの薬について調べてもらってるところだ」

「エージェントっていうと、宮内の事件の時に後始末を頼んだ人のことか?」

「ああ。あいつなら、何か分かるんじゃないかと思ってな。……けど、あの薬に関しては、そいつも知らないみたいだった。一応、研究所でこっそり調べて貰うって言ってたけど、詳細がどこまで判明するかは分からない。誰が作ったのか、あれがどういう経緯でルチアーノに渡ったのかも。もしかしたら、何も分からないままかもしれない。──はっきりしてるのは、あの薬が危険だってこと。そして、あの薬を使ってる奴が、他にもいるかもしれないってことだけだ」


 衛は、神妙な面持ちで、ギプスで固められている右手に視線を落とした。

 彼の右手は、骨折と裂傷によって酷く傷付いていた。

 裂傷程度ならば、完治とまではいかないが、治癒術で簡単に塞ぐことは出来る。しかし、骨折はそうはいかない。抗体の暴走状態でならば治すことは出来るが、通常時の治癒術では癒すことは出来ない。

 常人離れした回復力を持つ衛の肉体であっても、傷の完治には、恐らく二、三週間はかかるはずであった。


「あの薬の効果は凄まじい。昨日の闘いで、それを思い知ったよ。あんなものが流通することだけは、何としても阻止しなきゃならない。……今後、もしあの薬に行き当たることがあったら、また皆の力を借りることになると思う。その時は、よろしく頼む」

 顔を上げ、仲間たちの表情を見回しながら、そう頼む。

 その言葉に、彼らは真剣な顔で頷いた。拒みむことも悩むこともせず、衛の頼みを承諾した。


 彼らのそんな様子を見て、衛は眉間の皺をわずかに和らげた。

 それにつられるように、仲間たちも表情を崩し、はにかむように微笑んだ。


「……と、真面目な話はここまでにしよう。今日は祝いの席だ。遠慮しないでどんどん飲み食いしてくれよ。マリーや舞依に負けないくらいにな」

「あー衛、そのマリーちゃんと舞依ちゃんなんだけどさ……」

「どうした?」

「何だか、喧嘩がだんだん白熱していってないかしら?」

「え?」

 綾子とシェリーの言葉に、衛は再び助手の二人に目を向けた。


「何ですってー!? もっかい言ってみなさいよこの性悪パッツン!」

「誰が性悪パッツンじゃ! 脂身たっぷりの肉ばっかり食っておるからそんなチビのぽっちゃりぼでーになってしまうと言ったんじゃこのすっとこどっこいめ!」

「あたしのどこがぽっちゃりぼでーよこの能面顔ー!!」

 その言葉の通り──衛たちが真剣に言葉を交わしている間に、両者の口論は徐々にヒートアップし、すき焼きをそっちのけにして罵り合う闘いへと発展していた。


「おいおい衛、止めなくていいのかよ? せっかく仲直りしたと思ったのに、また前と同じ感じに戻ってるじゃねえかよ」

「ん……。いや、あれでいいんだよ、多分」

 不安げに訊ねる雄矢にそう答えながら、衛は熱々のピザを左手で掴み取る。

「あれが、あいつらなりのコミュニケーションなんだよ。ああやって罵り合ってはいるけど、根っこの部分ではお互いを信頼してるし、大事にしてるんだ」

「ええー? マジで言ってんのそれ?」

 雄矢は疑わしげな顔でそう言うと、再び人形たちの喧嘩に目を戻した。


「あーあ、どうしてぬしはそう素直になれんのじゃ? 昨日ぬしはウルウルしながら謝罪と感謝の言葉を述べておったじゃろう? あの素直で可愛らしい態度のぬしはどこにいっちゃったのかナー? どうしてそんなにぷりぷりしちゃってるのかナー?」

 舞依がわざとらしい口調でそうこぼす。


 途端に、マリーの体が硬直し、顔がみるみるうちに真っ赤になった。

「う、ううう、うっさいばーか! 何よあんたもルチアーノにあたしのこと『頑張り屋』だの『大事な友達』だの言ってたみたいじゃないの! あんたこそ素直になりなさいよ、あたしには素直に言わないのにあの変態には言うってどういうことよー!」


 今度は舞依が赤面する番であった。

 己が口にした言葉を思い出し、あまりの気恥ずかしさに目は丸くなり、体がぷるぷると震え始める。

「は、ハァー!? わわわ、わし言ってないもん! そんなこと記憶にないんですけどー!? わしそんなこと言った覚えなんか全然全くこれっぽっちもないもんねー!!」

「しらばっくれんなこの大ばかー!」

 そして、両者は顔を真っ赤にしたまま、わーわーと大騒ぎを続けるのであった。


 そんな両者の喧嘩を眺めた後、雄矢は衛を見て言った。

「……マジっぽいな。ちょっと痴話喧嘩っぽいけど」

「な。だから、ほっといていいんだ。あれでいいのさ、あいつらは」

 そう言うと、衛は熱々のピザを口いっぱいに頬張った。


「だーっ! もーアッタマきた、今度という今度はあんたをけちょんけちょんにやっつけてやるわー!」

「何をー!? こっちこそギッタギタにしてどちらが格上かその心に刻み付けてくれるわー!」

「ムキーッ!」

「フシャーッ!」

 そうこうしている内に、両者の口論は、遂に取っ組み合いへと発展していた。

 マリーは引っかき、舞依は叩く──その様相は正に、野良猫の死闘を思わせる壮絶な闘いであった。


 それを見た雄矢は、再び衛に問い掛けた。

「……本当にいいのか?」

「……やっぱよくないかもなぁ……」

 衛はそう言うと、ピザを食べながら、顔をしかめた。


                     第十三話 完

 以上を持ちまして、今回のエピソードは完結です。

 お読みくださいまして、ありがとうございました。

 そして、 完結に至るまでに間が空いて申し訳ありません。


 次回のエピソードですが、スケジュールの都合により、またしばらく投稿するまでに時間がかかるかもしれません。

 目処が立ち次第、あらすじの冒頭やツイッター等で告知させていただきます。

 皆様にはご迷惑をお掛けしますが、何卒ご了承ください。


 それでは、次回もよろしくお願いします。

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