スクルトーレ・モーストロ 三十五
「……」
衛は、かつてルチアーノであった破片たちのもとへ、ゆっくりと歩み寄る。
そして、散らばった破片の中央を凝視した。
──そこに、数本の容器があった。
ルチアーノが己に打ち込んでいた、あの黒い液体が入っていたカプセルであった。
衛はそれらのカプセルを、懐から取り出したチャック袋に入れて回収した。
それが終わると、左手で携帯電話を取り出し、綾子に電話をかけた。
『──もしもし、衛!? 舞依ちゃんは無事かい!? それとルチアーノは!?』
「ああ。舞依は助け出したし、ルチアーノもたった今始末した。もう大丈夫だ」
『本当かい!? よかったぁ! もうじき三十分だから、ちょっとだけ不安になっちゃったよ!』
「心配かけたな。それと綾子。激励会は中止だ。代わりに祝賀会をやるぞ」
『祝賀会? ……ってことは、ひょっとして──!』
「ああ」
衛はマリーを一瞥すると、声が震えないよう努めながら口を開いた。
「マリーの奴、やってのけやがった」
『──!!』
電話から、人が放った声とは思えぬほどの歓喜の絶叫が迸った。
「詳しい話は後だ。じゃあな」
そう伝えると、衛は一方的に電話を打ち切り、仲間たちのもとへ、疲れた足取りで近寄った。
「舞依、舞依! 大丈夫!? 怪我してない!? 吐き気とかしない!?」
雄矢とシェリーの手によって舞依の縛めが解かれ光景を見守りながら、マリーは不安な顔でそう訊ねた。
「……ん……。ああ……大丈夫じゃ……。ちょっと頭がくらくらするくらいかの……」
舞依は目を開け、苦笑しながら答えた。
ぐったりとした様子ではあったが、それ以外には異常は見られなかった。
「よかった……舞依、よかった……! よかった……よかったよぉ……! ううっ……!」
そう声を振り絞ると、マリーは両目から涙を溢れさせながら、舞依に優しく抱き着いた。
「ごめん……ごめんね、舞依……! 酷いこと言って、本当にごめんね……! あたし、知ってたのに……! 舞依があたしのこと気遣ってくれてるの、あたし、気付いてたのに……! それなのにあたし、勝手にイライラして、勝手に酷いこと言っちゃって……! 本当に、ごめん……ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
「……いや、その……謝らんでいい……。わしのほうにも、非はあった……。ついムキになったり、どうしても素直になりきれん時もあった……。わしのほうこそ、すまん……」
謝り続けるマリーに、舞依はばつが悪そうな調子でそう言った。
「ううん……舞依は悪くない……悪くないよ……」
マリーはそう言うと、両目の涙を袖で拭った。
そんな彼女の姿を見ながら、舞依は照れくさそうに苦笑いを浮かべた。
「よう舞依。遅くなって悪かったな」
仲間たちの傍に立った衛は、舞依にそう声をかけた。
「フッ……全くじゃ。おかげで肩も腰も本物のブロンズみたいにカッチコチじゃぞ」
「ババ臭ぇこと言ってんじゃねえよ。……それよりも舞依。お前の弟子がやったぞ」
「ああ。感じておったから分かるぞ。わしを治してくれたんじゃろ。……ありがとうの、マリー」
舞依はそう言うと、微笑みながらマリーの頬を撫でた。
「舞依が教えてくれたおかげよ。……ありがとね、舞依」
「はっ。何言っとるんじゃ。ぬしが努力した賜物じゃろ。……やっぱり、わしの目に狂いはなかった。こやつならば、きっと努力して使えるようになると信じておったからの。……のう、衛」
「ああ、そうだな」
その言葉に、衛はしっかりと頷いた。
「……衛。やったよ」
マリーが、衛を見つめながら言った。
宝石のように光る綺麗な目に、また透き通った涙が溜まり始めていた。
「ああ」
「……あたし、他にも妖術使えたよ」
「ああ。見てたぞ」
「……あたし、やったよ。ルチアーノに、言い返したよ。怖かったけど、負けなかったよ……!」
「ああ。……ああ」
「あたし。……あたし……!」
マリーが目を細めると、溜まっていた涙が、静かに零れて流れ落ちた。
「役立たずなんかじゃ……なかったよ……!」
マリーはそう言い──にっこりと笑った。
「……ああ。また、お前に助けられたよ。ありがとな」
衛は、穏やかな調子でそう言った。
そして、マリーの頭を撫でながら──
「……やったな、マリー」
──柔らかく。そして、優しく微笑んだ。
次回、『スクルトーレ・モーストロ』完結です。




