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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
263/310

スクルトーレ・モーストロ 三十三

18

「……スー……ハー……」

 ──マリーは、一度深呼吸を行った。

 ゆっくりと空気を吸い込み、肺に入れる。

 酸素を取り入れ、残りの気体を、おなじようにゆっくりと口から吐き出す。

 たった一呼吸──しかし、その一呼吸を行ったことで、マリーは己の思考と視界が澄んでいくように感じた。

 それが終わると、マリーは恐る恐る、ブロンズ化した舞依の身体に、両手をかざした。


「……」

 チラリと、衛を一瞥する。

 衛は、無言でマリーを見つめていた。

 ──信頼、そして確信。

 悪人のような彼の双眸の中に、その二つの想いが宿っているのが分かった。


「……いくわよ」

 マリーが呟く。

 衛に。舞依に。そして、己自身に。

 そうしながら、マリーは頭の中で、舞依が教えてくれたことを思い出していた。



 ──妖術を使う上で大事なのは、『イメージ』をすることじゃ──



「……イメージ」

 呟き、両目をそっと閉じる。

 視界に広がる、虚無の闇。

 そこにイメージを描き、膨らませる。



 ──『術を使った時、何が起こるか』。あるいは、『術を使って、どんなことをしたいか』。……そういったことを頭の中で思い描き、妖気を操って、具現化すること。それが妖術じゃ──



(どんなことをしたいか。……もう決まってる)

 闇の中で甦った舞依の言葉に、マリーは迷うことなくイメージで答える。

 ──冷たい青銅と化したまま横たわる舞依。

 ──彼女の表面の青銅に、ヒビが入り始める。

 ──ヒビは徐々に大きくなり、彼女の全身へと広がっていく。

 ──やがて、青銅はパズルのピースのような形になる。

 ──ピースは更に細かい形になっていく。


(……違う。それだけじゃ駄目だ)

 自分の思い描くイメージを、修正する。

 マリーだけではない。

 シェリーも雄矢も、同時に治さなければならない。

 妖術で大事なのはイメージ。

 少し難しいが、イメージを高め、妖気を上手く操れば、一度に多くの人をきっと治せるはず。


 ──舞依のイメージの隣に、青銅化しかかっているシェリーと雄矢の姿が現れる。

 ──二人の青銅にも、ヒビが入る。

 ──ヒビが少しずつ大きくなり、青銅が細かくなっていく。

 ──そして──そして──。



 ──大して強くもなく、まともな妖術すら使えない、何の役にも立たないゴミのような存在なのだ!──



「……!」

 突如、かつてルチアーノからぶつけられた言葉が甦った。

 マリーは思わず呼吸を止める。

 同時に、順調に膨らんでいたイメージが、一時停止のボタンを押したかのように中断されてしまう。


 しかし──マリーは、その言葉に呑まれたりはしなかった。

(……違う。……違う!)

 心の中で、はっきりとそう答える。

 直後、衛が言ってくれた言葉が、はっきりと甦った。



 ──お前は役立たずなんかじゃねえ! 誰かを救おうとするお前の強い心が、俺に力をくれたんだ!──



(……ありがとう、衛)

 負けるつもりは、もうなかった。

 今の彼女の中には、ルチアーノの言葉が入り込む隙間など、ありはしなかった。


「……」

 再び、イメージを膨らませ続ける。

 そうしながら──気を操り始める。


 ──へその下の辺りが、少しずつ暖かくなっていく。

 ──そこから周囲へ、温かさが広がっていく。

 ──手も足も頭も、全てが温もりに満ちていく。

 ──全身を、妖気が駆け抜けていく。


「……お願い」

 マリーは、ぽつりと呟いた。

 そうしながら、仲間たちのことを想った。

 シェリーを。雄矢を。そして、舞依を。

 大切で、大好きな友達を。ルチアーノに苦しめられている友達のことを想った。

 その想いを、全身の気に乗せて、両手に届けていく。

 絶対に助けて見せる──その想いを、そして治すイメージを、両手に込めていく。


「……!」

 マリーが開眼する。

 舞依の体にかざした両手が、妖気によって輝いていた。

 練習の時の何倍も強く、美しく輝いていた。


「光よ、癒せ!!」

 マリーの凛とした叫びが地下室に響いた瞬間──光が勢いよく弾けた。

 弾けた光は粒子状となり、舞依に──そして、離れた場所で固まりかけているシェリーと雄矢に向かって飛んでいく。

 光の粒子は、三人のブロンズに付着し、覆い隠すように包み込んでいく。


 ──直後、バキンという音が響いた。

 ブロンズが割れる音──イメージした通り、ブロンズが細かく割れていく音である。


「あっ……!?」

「うおっ!?」

 男女の驚く声が聞こえた。

 マリーがその方向に目をやると──シェリーと雄矢が、そこにいた。

「……! 元に戻ったわ!」

「右腕も元通りだ! やったぜマリーちゃん、助かったァ!!」

 二人が明るい顔で声を上げた。

 顎から下を覆っていた青銅は全て砕け、両者の足元に散らばっている。


 その光景を見たマリーは、一瞬顔を明るくし──すぐに、手をかざした先にある舞依の体に注目した。

 ──パキ。ピキ。

 光に包まれた舞依の体から、何かが割れる音が聞こえた。

 音は次第に数が増え、より大きくなっていく。


 ──やがて、光が霧散した。

 舞依の表面を覆う青銅には、崩れかけのパズルのようなヒビが広がっていた。

 直後──青銅の欠片が、剥がれ落ちていく。

 床に落ち、更に小さな欠片と化し──遂には砂の粒のように崩れていく。

 そして、青銅が全て剥がれ──舞依の体が、露わになった。

 皮膚も、着物にも、青銅化している箇所は見られない。

 気を失っていることと、縛られていることさえ除けば、どこにも異常はなかった。


「……舞依?」

 マリーは、気絶したままの舞依に、おそるおそる声をかける。

「……う……んん……」

 ──わずかに、反応があった。

 意識はまだ戻っていなかったが、それでも、ほんのわずかに反応した。

 舞依は、生きていた。

 ──助けることが、出来た。


「……あ。……あ、あ……!」

 マリーが、目を見開いた。

 しばらく呆然とし──次第に、両目に涙が溜まり始めた。

 安堵、そして歓喜。二つの想いが心から湧き上がり──マリーは、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「あたし……! 出来た……!」

 お読みくださり、ありがとうございます。

 ここで読者の方にご報告があります。


 平成最後の日となる本日4月30日に、本作『魔拳、狂ひて』は、5周年を迎えることが出来ました。

 また、奇しくもその5周年の日に、累計PV数が100万アクセスを突破いたしました。


 ここまで続けることが出来たのも、読んでくださった皆様の温かい応援のおかげです。

 本当にありがとうございました!


 さて、明日からはいよいよ令和が始まり、『魔拳』は6年目に突入いたします。

 そして、今エピソードもいよいよ大詰め。果たして衛達は、ルチアーノを打ち倒せるのでしょうか?

 それでは、新元号になっても、『魔拳』をどうぞよろしくお願いいたします!

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