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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
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スクルトーレ・モーストロ 三十二

「……!? 治す……!? あたしが!?」

「そうだ。お前だ」

 驚愕の表情を浮かべるマリーに、衛は力強く頷く。

「お前が舞依から教わった治癒術には、怪我を癒すだけじゃなく、呪いの類を打ち消すことも出来る。奴のブロンズ化の能力も、呪いの一種だ。だから、お前が治癒術を使えば──」

「そ、そんな……無理よ……! 知ってるでしょ……? あたし、今まで一度も治癒術を成功させたことないのよ……? こんな時に、使えっこないよ……!」


「いや、使えるかもしれない」

 衛は、何かを確信しているかのような顔で、そう言った。

「さっき、舞依の居場所を探知した時のことを覚えてるか? 普段ならもっと時間がかかるはずなのに、あの時のお前は、探知を一瞬で使うことが出来た。……それは多分、『舞依を助けたい』というお前の必死な想いが原因だ。イメージと想い、その両方の力を発揮したんだ」

「……」

「イメージと想いを強めて、治癒術を使ってみろ。そこに、舞依が認めたお前の潜在能力を掛け合わせれば、ルチアーノの術を打ち破ることだって──」


「……出来ない」

「……何?」

 消え入るようなマリーの声に、衛は眉根を寄せた。

「……どうして?」

「……出来ないよ……。そんなこと言われたって、出来っこないよ……。自信がないよ……。あたし、あんなに失敗したのよ……。あたしみたいな奴に、そんなこと出来るわけないよ……! あたしみたいな役立たずに、そんなこと──!」

「聞け、マリー」

 マリーの言葉を遮るように、衛は語気を強めて言った。


「俺は、お前を役立たずだなんて思ったことは一度もない」

「……っ、衛はそう思ってくれてても、あたしは──」

「俺の恩人を侮辱するな……!」

「……? 『恩人』……?」


「……お前は今までに、用途の限られた二つの妖術だけで、何度も俺達を助けてくれた。歌舞伎町周辺で起こった、人体破裂事件。つどいむしゃの退治。妖桜や枯人による誘拐事件。他にも、いくつもの事件で、俺達を導いてくれた」

「……」

「……妖術だけじゃねえ。お前はその小さな体を張って、俺達を助けてくれた。……怖くても、辛くても、お前は勇気を振り絞って、頑張ってくれた……!」

 一瞬、衛は込み上げて来る感情に、思わず言葉を詰まらせた。

 それを堪えながら、衛は振り絞るように声を出した。


「柳善が起こした洗脳事件の時……! 洗脳された人を自殺させないために、舞依と一緒に被害者に跳び付いて、体を張って守ってくれた! ボロボロになっても、お前らは泣きながら命懸けで被害者を助けようとしてくれた!!」

「……う」

「つどいむしゃの事件の時! お前は東條先生の形見を抱き締めて届けてくれた! 土砂降りの雨が降ってる中、ずぶ濡れになっても必死に走って来てくれた!! 東條先生と明日香ちゃんを救うために、必死に頑張ってくれた!!」

「……う、うっ……!」

 衛の言葉に、マリーが顔をくしゃくしゃに歪ませた。

 嗚咽の拍子に、涙がぽたぽたとこぼれ落ち、床を濡らした。


「いつだって、お前がいてくれた! お前がいてくれたから、俺は闘うことが出来た! お前が支えてくれたから、俺は何度も立ち上がることが出来た! お前は役立たずなんかじゃねえ! 誰かを救おうとするお前の強い心が、俺に力をくれたんだ! お前は、俺の尊敬する恩人なんだ! 俺にとって大切な、かけがえのない助手なんだ!!」

 叫んでいる最中──衛も、涙を流していた。

 右目から真っ赤な涙を流しながら、左目から透き通った涙が流れ落ちていた。


「そんなお前が……! そこらの妖怪どもよりも強い心をもってるお前が──!」

 衛はマリーを見つめたまま、ルチアーノを指差して叫んだ。

「あんな悪趣味なクソ彫刻野郎に貶されるのが! 俺には到底許せねえんだ!!」


「……な……に……?」

 その時、地べたでもがき苦しんでいたルチアーノが、うなり声を放った。

「悪、趣味……? 悪趣味……ダと……!? 貴様、凡人ノ、分際で……!」

 ルチアーノが衛を睨み、四つん這いの姿勢で体を震わせながら立ち上がろうとする。

「こノ私の才能ヲ、愚弄スるつもり──!」

「うるっせェんだよ!!」

「ぐわッ!?」

 怒号と共に、衛が左の仙気崩拳を見舞う。

 直撃した位置は、未だ鎧が修復しきっていない、皮膚が剥き出しになった腰。

 先ほど右拳で放った時とは違い、衛の左拳は壊れることなく、ルチアーノを打ち抜いていた。

 そして、ルチアーノの膨れ上がった体を壁際まで吹き飛ばし、床に這いつくばらせていた。


「が、は……ッ!? ……何故……何故、鎧の修復ガ遅い……!? 魔拳、貴様、一体何をシた……!? 私の体ニ、何が──」

「黙れッつっただろうが!! 俺は助手と大事な話をしてんだ!! てめえは首でも洗って待ってろ!!」

 衛は激昂しながら、赤と透明の涙を力強く拭った。

 そして、マリーに向き直り、彼女と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「……いいかマリー。お前は凄い奴だ。お前が自分自身を信じられなくても、俺はお前を信じてる。お前ならきっと、皆を助けることが出来る。そう思ってる」

「……」

「ここまで言っても不安が消えないなら、それを塗り潰す方法を教えてやる。……いいかマリー、今から俺の質問に正直に答えろ」

「え……?」

 衛の唐突な言葉に、マリーは一瞬、きょとんとする。


「……いくぞ。シェリーは好きか?」

「……うん。好き」

「どんなところが好きだ?」

「……シェリーは、綺麗でかっこいいところが好き。色んな事を知ってて、いつもあたしに優しく教えてくれる。あたしにとって、大事な友達で、すごく優しいお姉さん。だからあたしは、シェリーが好き……!」


「そうか。じゃあ、雄矢は好きか?」

「うん、好き……! 大きくて、明るくて、すごく強い。うちに来たら、いつもあたしと遊んでくれる。雄矢も、あたしの友達。気さくで頼れるお兄さん。……だから、雄矢のことも好き……!」


「なら、舞依はどうだ?」

「うん、好き……!」

 マリーは、他の二人の時と同じく、迷わず答えた。

「厳しくて、意地悪で、よくあたしのことをからかってくるけど……でも舞依は、さっちゃんの次に出来た友達だった……! あたしはよく怒られたり、叱られたりしてたけど……その後に、いつもあたしのことを気遣ってくれた……! あたしが何かを頑張ってたら、素直に褒めてくれた……!」

 マリーは、大きな声で、はっきりと言った。

 心に秘めていた、舞依への嘘偽りない想いを、素直に口にしていた。

 口を動かしているうちに──彼女の目から、また大粒の涙が溢れ始めた。

 これまでに流していた涙とは異なる、柔らかく、温かな涙であった。


「確かに厳しくて、意地悪だけど……だけど、優しくしてくれた……! 本当は、あたしのことを大事に想ってくれていた……! 今のあたしにとって、舞依は一番大事な友達……! 何度怒られても、何度喧嘩しても、それでも、ずっとずっと一緒にいたい、大好きな友達……!」


「それだ、マリー」

「え……?」

「……その想いを込めろ。大切な友達に対する『大好きだ』という想いと、『絶対に助ける』という決意を振り絞れ。『失敗するかもしれない』なんて不安を、塗り潰せるくらいにな。……それがきっと、『ジャムの蓋を開ける方法』だ」

 衛はそう言うと、マリーの頭を優しく撫でた。

「……信じろ、マリー。舞依の教えと、あいつが確信したお前の才能を。そして、お前自身を……!」

 一層真剣な眼差しで、力強くそう言った。


「……マ、リー……!」

 苦し気な女性の声が聞こえた。

 衛とマリーが、その方向を見やる。

 声を出したのはシェリーであった。

 顎から下を固められているため、目だけを動かして、マリーを見つめていた。

「大、丈夫……あなた、なら、出来るわ……!」

 そう言いながら、シェリーは苦し気に笑った。

「信じ、てるぜ……マ、リー、ちゃん……!」

 傍らの雄矢も、横目でこちらをみながらそう励ました。


「……」

 二人の応援を受けたマリーは、すぐに衛を見た。

 衛も彼女を見ると、ゆっくりと頷いた。

 マリーはそのまま、衛の目を見つめていた。

 やがて、涙を拭い、一瞬だけ不安な顔つきになり──それから、決意を湛えた表情で頷いた。

「……分かった」

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