スクルトーレ・モーストロ 二十八
「グオオオオッ!!」
「くッ──!」
衛は疲労の残る体に鞭を打ちながら、迫り来る怪物に向かって疾走。
そして、衝突の寸前に素早く跳躍し、全体重とスピードを乗せたドロップキックを放つ。
「グッ!?」
顔面に蹴りが入り、ルチアーノの突進が停止した。
強烈なダメージを与えられた訳ではないが、それで充分であった。
衛は受け身を取りながら素早く立ち上がると、ルチアーノの側面をすり抜け、背後に回り込む。
それと同時に、ルチアーノの胴体に両腕を回し、思い切り抱え込んだ。
「ぐッ……おおお……!」
青銅の破片のいくつかが、体の表皮に突き刺さる。
衛はその痛みを堪えながら──
「──っりゃあああッ!!」
──裏投げ。
雄矢やシェリーから遠ざけるべく、背後の壁に向かって、ルチアーノの体を頭から叩き付けた。
「ガァッ!?」
コンクリートの壁を削りながら、ルチアーノの体が床に落ちる。
しかし、やはりダメージは通らなかったらしく、すぐにルチアーノは立ち上がろうと試みていた。
対する衛は、体力が回復仕切っておらず、先程のように素早く立ち上がることは出来なかった。
(時間切れまで持ちこたえろ……! そうすれば、まだ勝機があるはず……!)
よろけるように立ち上がりながら、衛は己の心にそう言い聞かせた。
──その、次の瞬間であった。
「ぐ!?」
衛の左半身を、強烈な衝撃が襲った。
ルチアーノが凄まじい速度で放った右フックが、衛の胴体を打ち抜いていたのである。
「──ッガ、ハッ……!?」
壁に叩き付けられたのは、今度は衛のほうであった。
肺の中の空気が衝撃で全て絞り出され、衛の意識が一瞬飛んだ。
「ゴァアアアッ!!」
昏倒しかかっている衛を、ルチアーノが追い詰める。
そして、対戦相手をロープ際まで追い詰めたボクサーのように、拳を見舞っていく。
「死ね、死ネ、死んデしまエッ!! 貴様サえいなケればッ!! 貴様のヨうな、貧困な感性しカ持タぬクズさエいなケレばッ!!」
罵りながら、鋼鉄よりも硬い拳の雨を降らせるルチアーノ。
衛はそれらを、ふらついた状態ながらも、両腕で捌いていく。
しかし、次第に衛の体を、ルチアーノの拳が打ち抜き始めた。
次第に、衛の体にダメージが蓄積され、動きが鈍くなっていった。
「オオオオオッ!!」
「グ──!?」
ルチアーノが拳打をやめ、衛の首を、左手で掴んだ。
そして、ネックハンギングの要領で、衛の体を壁に押し付けたまま、宙へと持ち上げた。
「……ッグ、が、は……ッ!」
衛の意識が、朦朧とし始める。
先ほどまでに受けた強烈な拳打で息も続かなくなっている上に、首を絞められたことで、呼吸すらも封じられてしまった。
「ま、もる……! しっかり、しろ……!」
「逃、逃げて、は、やく……!」
青銅で固められた雄矢とシェリーが、衛に必死に声をかけようとする姿が見えた。
しかし、その光景も、酸欠により次第におぼろなものになっていった。
「これデ、とドめだ……!」
ルチアーノが、拳を振り上げる。
その拳を覆う青銅から、ナックルダスターじみた形状の破片が突出した。
──あれを喰らえば、間違いなく、死ぬ。
薄れゆく意識の中でそう思いながら、衛はルチアーノの顔面に足裏で蹴りを入れ、抵抗を試みた。
しかし──ルチアーノの動きを止めることは、叶わなかった。
「無駄ダ、魔拳よ……! 貴様はコレで、死ぬのダァッ!!」
ルチアーノが咆哮し、拳に更なる力を込めた。
そして、大きく腕を引き、衛の顔面を目掛け──。
「オオオオオオオオオッ!!」
「やめてええええっ!!」
その時──幼い少女の、絹を裂くような悲鳴が、地下の冷たい部屋の中に響き渡った。
声の出所は、地下室の出入口。
衛とルチアーノが目を向けると──隠れていたはずのマリーが、そこに佇んでいた。




