スクルトーレ・モーストロ 十四
「……ッ」
衛は苛立ちを堪えるかのように、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。
やはり、効いていない。裸拳に伝わって来た感覚で理解できる。
直撃はしたが、何かに阻まれてせき止められてしまったかのように感じる。
「フッ!」
──素早く踏み込み、左のジャブを顔面に叩き込む。
直後、右の直拳を打ち込み、即座に右の回し蹴りで首を刈りに掛かる。
だが──
「っ──ククク……」
──ルチアーノには、やはり通用しない。
衛の右足の一撃は直撃したものの、そのまま一閃することが出来なかった。ルチアーノは回し蹴りを受け止めたまま、首の力だけで堪え、留めていたのである。
「フンッ!」
「ッ!?」
──次の瞬間、衛の顔面に、凄まじい衝撃が襲い掛かった。
強烈な硬度を持つ何かを叩き付けられた。意識を持って行かれそうになりながらも、その感覚だけがしっかりと残っていた。
「っ……ぐ……!」
後方に吹き飛ばされ、すぐさま着地して体勢を立て直す。
口の中に、じわじわと鉄の味がにじみ始めた。
「ぶッ……!」
衛はルチアーノを睨みながら、口の中のものを吐き捨てる。
赤みのある唾液が地面に落ち、雨と混ざりあって溶けていく。
「ククク……!」
ルチアーノが、一歩足を踏み出す。ゆらりと。しかし、確実に。
「あああああ……! さっちゃぁぁぁん……! うわぁぁぁぁぁん……!」
衛のすぐ真後ろで、マリーが泣き叫ぶ声が聞こえる。
下がれない。下がれば、敵はマリーを捕らえ、どこかへ姿をくらますに違いない。ここで引き下がるわけにはいかない。
「おおおっ!」
その時、ルチアーノの背後から、怒号と共に巨大な何かが飛び掛かった。
雄矢である。丸太のような足を使い、跳び蹴りを繰り出そうとしていた。
「フン……」
鼻で笑い、ゆらりと横に移動するルチアーノ。
直後、彼が先ほどまでいた場所を、雄矢の巨体が通り過ぎた。
空振り──しかし、それで終わる雄矢ではなかった。
着地後、彼は素早く背後へと振り返りながら──
「どりゃァァッ!!」
──ルチアーノの顎に、強力無比なアッパーカットをぶち込んだ。
「ぐ──」
ルチアーノの細い体が宙を舞う。
凄まじい速度で一回転し、受け身も取れぬままうつ伏せに落下。
だが、ルチアーノはすぐに地面に手をつき、立ち上がろうとする。
──その時、ルチアーノの十メートル後方から、幼い少女の怒鳴り声が鳴り響いた。
「おおおおおっ!!」
舞依の声である。妖気を集中させた彼女は、雨雲に支配された天に両手を掲げ、念力で周囲の石を浮かび上がらせていた。
そして次の瞬間、両手をルチアーノに向け、浮遊する石を飛礫として射出した
「行けィッ!!」
無数の石が、流星群の如き勢いで落下し、うつ伏せのルチアーノを襲う。
ルチアーノの体は、衝撃で小刻みに揺れ、立ち上がろうとする動作を封じられていた。
──その最中、バシュッ、という風を突き破るような音が聞こえた。
ルチアーノの横に回り込んだシェリーが、サプレッサーが装着されたレイダーカスタムで射撃したのである。
一発だけではない。二発、三発、四発──弾倉いっぱいに詰めた込んだ強化弾を、次々に口から吐き出し、ルチアーノの頭部に見舞っていく。
やがて、彼女の愛銃は弾丸を吐き尽くし、スライドを下げたまま餌を要求した。
それと同時に、舞依の飛礫による攻撃も止んでいた。
ルチアーノは──倒れ伏したまま、動かなかった。
「マリーちゃん、大丈夫かい!?」
その隙に綾子は、ルチアーノに近寄らないよう気を付けながら、遠回りしてマリーのもとへ駆けていった。
「……何なの、こいつは?」
シェリーは呟きながら、新たな弾倉を銃に装填し、敵に向けて構えた。
「分からねえ。ただ、めちゃくちゃ固いぜこいつ。本気でぶちかました拳がちょっと痛いんだ」
雄矢は顔をしかめ、ルチアーノにゆっくりと歩み寄りながら、そう返す。
そして振り返り、衛に訊ねようとした。
「おい衛、こいつ一体──」
「待て、そいつから離れろ!」
「!?」
凄まじい形相で叫ぶ衛。
彼のその剣幕に、雄矢は思わずルチアーノから離れようとする。
しかし──遅かった。
「うおっ!?」
雄矢がルチアーノに目を戻した瞬間、彼に向かって、何かが投射されていた。
思わず雄矢は、飛来する『それ』を右腕で防ぐ。
直後──直撃したことを知らせる激しい音が鳴り、同時に彼の右腕を、緑青色の粉塵が包み込んだ。
「ク、クク──」
次の瞬間、くぐもった笑い声が、雨の光景に響いた。
声の主は、うつ伏せに倒れたまま、雄矢の右腕に手を向けていた。
──その体から、血は流れていない。それどころか、傷一つ付いていなかった。
「クク。ククク」
また、笑い声がこぼれた。
笑いながら、またゆっくりと立ち上がった。
そして──雄矢に向かって、顔を上げた。
「……効かんなぁ。効かんよ、全く」
ルチアーノの顔は──
「……素晴らしいなあ。この力は」
──目も、肌も、笑顔も、青銅と化していた。




