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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
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スクルトーレ・モーストロ 十四

「……ッ」

 衛は苛立ちを堪えるかのように、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。

 やはり、効いていない。裸拳に伝わって来た感覚で理解できる。

 直撃はしたが、何かに阻まれてせき止められてしまったかのように感じる。


「フッ!」

 ──素早く踏み込み、左のジャブを顔面に叩き込む。

 直後、右の直拳を打ち込み、即座に右の回し蹴りで首を刈りに掛かる。


 だが──

「っ──ククク……」

 ──ルチアーノには、やはり通用しない。

 衛の右足の一撃は直撃したものの、そのまま一閃することが出来なかった。ルチアーノは回し蹴りを受け止めたまま、首の力だけで堪え、留めていたのである。


「フンッ!」

「ッ!?」

 ──次の瞬間、衛の顔面に、凄まじい衝撃が襲い掛かった。

 強烈な硬度を持つ何かを叩き付けられた。意識を持って行かれそうになりながらも、その感覚だけがしっかりと残っていた。


「っ……ぐ……!」

 後方に吹き飛ばされ、すぐさま着地して体勢を立て直す。

 口の中に、じわじわと鉄の味がにじみ始めた。

「ぶッ……!」

 衛はルチアーノを睨みながら、口の中のものを吐き捨てる。

 赤みのある唾液が地面に落ち、雨と混ざりあって溶けていく。


「ククク……!」

 ルチアーノが、一歩足を踏み出す。ゆらりと。しかし、確実に。

「あああああ……! さっちゃぁぁぁん……! うわぁぁぁぁぁん……!」

 衛のすぐ真後ろで、マリーが泣き叫ぶ声が聞こえる。

 下がれない。下がれば、敵はマリーを捕らえ、どこかへ姿をくらますに違いない。ここで引き下がるわけにはいかない。


「おおおっ!」

 その時、ルチアーノの背後から、怒号と共に巨大な何かが飛び掛かった。

 雄矢である。丸太のような足を使い、跳び蹴りを繰り出そうとしていた。


「フン……」

 鼻で笑い、ゆらりと横に移動するルチアーノ。

 直後、彼が先ほどまでいた場所を、雄矢の巨体が通り過ぎた。

 空振り──しかし、それで終わる雄矢ではなかった。

 着地後、彼は素早く背後へと振り返りながら──

「どりゃァァッ!!」

 ──ルチアーノの顎に、強力無比なアッパーカットをぶち込んだ。


「ぐ──」

 ルチアーノの細い体が宙を舞う。

 凄まじい速度で一回転し、受け身も取れぬままうつ伏せに落下。

 だが、ルチアーノはすぐに地面に手をつき、立ち上がろうとする。


 ──その時、ルチアーノの十メートル後方から、幼い少女の怒鳴り声が鳴り響いた。

「おおおおおっ!!」

 舞依の声である。妖気を集中させた彼女は、雨雲に支配された天に両手を掲げ、念力で周囲の石を浮かび上がらせていた。

 そして次の瞬間、両手をルチアーノに向け、浮遊する石を飛礫として射出した

「行けィッ!!」

 無数の石が、流星群の如き勢いで落下し、うつ伏せのルチアーノを襲う。

 ルチアーノの体は、衝撃で小刻みに揺れ、立ち上がろうとする動作を封じられていた。


 ──その最中、バシュッ、という風を突き破るような音が聞こえた。

 ルチアーノの横に回り込んだシェリーが、サプレッサーが装着されたレイダーカスタムで射撃したのである。

 一発だけではない。二発、三発、四発──弾倉いっぱいに詰めた込んだ強化弾を、次々に口から吐き出し、ルチアーノの頭部に見舞っていく。

 やがて、彼女の愛銃は弾丸を吐き尽くし、スライドを下げたまま(リロード)を要求した。

 それと同時に、舞依の飛礫による攻撃も止んでいた。

 ルチアーノは──倒れ伏したまま、動かなかった。


「マリーちゃん、大丈夫かい!?」

 その隙に綾子は、ルチアーノに近寄らないよう気を付けながら、遠回りしてマリーのもとへ駆けていった。


「……何なの、こいつは?」

 シェリーは呟きながら、新たな弾倉を銃に装填し、敵に向けて構えた。

「分からねえ。ただ、めちゃくちゃ固いぜこいつ。本気でぶちかました拳がちょっと痛いんだ」

 雄矢は顔をしかめ、ルチアーノにゆっくりと歩み寄りながら、そう返す。

 そして振り返り、衛に訊ねようとした。

「おい衛、こいつ一体──」


「待て、そいつから離れろ!」

「!?」

 凄まじい形相で叫ぶ衛。

 彼のその剣幕に、雄矢は思わずルチアーノから離れようとする。


 しかし──遅かった。


「うおっ!?」

 雄矢がルチアーノに目を戻した瞬間、彼に向かって、何かが投射されていた。

 思わず雄矢は、飛来する『それ』を右腕で防ぐ。

 直後──直撃したことを知らせる激しい音が鳴り、同時に彼の右腕を、緑青色の粉塵が包み込んだ。


「ク、クク──」

 次の瞬間、くぐもった笑い声が、雨の光景に響いた。

 声の主は、うつ伏せに倒れたまま、雄矢の右腕に手を向けていた。

 ──その体から、血は流れていない。それどころか、傷一つ付いていなかった。


「クク。ククク」

 また、笑い声がこぼれた。

 笑いながら、またゆっくりと立ち上がった。

 そして──雄矢に向かって、顔を上げた。


「……効かんなぁ。効かんよ、全く」

 ルチアーノの顔は──

「……素晴らしいなあ。この力は」

 ──目も、肌も、笑顔も、青銅と化していた。

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