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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
243/310

スクルトーレ・モーストロ 十三

10

「──!」

 ルチアーノが降り立った瞬間、衛は即座に疾駆していた。

 マリーの身を守るという意思と同時に、襲撃者に対する燃えたぎるような激情が、衛の体の奥底から湧き上がっていた。


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 マリーの恐怖と絶望の悲鳴が耳に届く。

 彼女が尻餅をついて後ずさる姿を目が捉える。

 愛用の黒鋼改(グローブ)をはめている時間はなかった。


 直後、曇天から稲光が放たれ、地上のその光景が瞬間的に照らされた。

 光を浴びたルチアーノの顔には──狂気と、歓喜の笑みが貼り付いていた。


「……ッ!」

 刹那、衛の中から迸った熱い感情が、ガスに引火した炎のように膨れ上がった。

「うおおおお──!」

 咆哮、そして跳躍。

 マリーを跳び越え、炎の如き赤光をまとった右足が、槍のように勢いよく突き出された。

 疾空脚──同時に、落雷の轟音が鳴り響いた。


「──りゃぁああああっ!!」

 衛の右足が、ルチアーノの薄い胸板に直撃──そのまま後方へと吹き飛ばす。

 衛は、マリーを背に庇うように着地。

 ルチアーノは受け身を取ることもなく、地面をごろごろと転がる。その勢いを殺すことなく後転し、そのままゆらりと立ち上がった。


「貴様ァッ!!」

 衛は、ルチアーノに向かって怒号を放つ。

 直後、二度目の雷光が周囲を包み、衛の顔を照らし出す。そこにあったのは、怒り狂う鬼神の如き、凄まじい形相であった。

「どの面下げて現れやがったァッ!!」

 衛が叫び終わると同時に、また雷の轟音が炸裂した。

 一呼吸の後に天から舞い落ちる、大粒の雨水。

 最初はたった数滴であったそれは、瞬く間に滝のような土砂降りの大雨と化した。


「……ク。クク。ククククク」

 雨が地面を叩く音に掻き消されてしまいそうな笑い声が、辛うじて衛の耳に届く。

 出どころは、ルチアーノが吊り上げている口角のわずかな隙間。

「決まっているだろう」

 彼はそう言いながら、衛の背後を指差した。


「いや、いや! いやああああ、たすッ、助けて、いっ、いやぁああああぁぁ……! あぁぁぁぁぁぁ……! うわァァァァん……!」

 背後から、半狂乱になって泣き叫ぶマリーの声が聞こえる。

 それを耳にした衛は、怒りで歯を剥き出し、一方のルチアーノは、更に口の端を吊り上げ、呟いた。

「……彼女だよ」


「うるせえッ!!」

 衛は、即座にそう吐き捨て疾走。

 一気に間合いを詰め、憤怒と殺意を乗せた渾身の右直拳(ストレート)を打ち出す。

「はッ!」

 その凶悪な一撃を、ルチアーノは寸でのところでひらりと躱す。


「ふんッ!」

 丹田に力を込めながら、大振りな左のアッパー。

 ルチアーノは顎をわずかに上向け、すれすれのところで回避。


「くあッ──!!」

 直後、右フック、左ボディーブロー、右ストレート。

 しかし、それらの三連打を、ルチアーノは体を脱力させた状態でくねくねと動かし、難なくやり過ごした。

 全く直撃しない打撃。まるで、宙を舞う一枚のティッシュペーパーを相手に格闘しているような気すらしてきた。


(落ち着け! 何のために鍛錬を積んできたと思ってる!)

 怒りで我を、そして闘い方を忘れかけていることを自覚し、一度空気を思い切り吸い込む。

 新鮮な酸素を取り入れたことで、わずかに──ほんのわずかに怒りが鎮まる。

 そして、息を思い切り吐き出すと同時に──ルチアーノに一歩踏み出した。


「シッ──!」

 右の裏拳。大振りではなく、シャープな一打。

「ク……!」

 ルチアーノは笑いながら、右手で遮った。


 続けて、左の冲拳を放つ。力みはなく、さりとて非力な一撃ではない。

 首を横に動かし回避するルチアーノ。

 そこを狙い、衛は左足を前へ踏み出しつつ、右の劈掌(手刀打ち)を見舞う。鞭のようにしなる衛の右手は、ルチアーノの頭上へと殺意をまといながら落ちていく。

「フン……ッ!」

 ルチアーノは両腕を交差させ、これを受け止めた。


 ──刹那、衛は左腕を素早く振り上げた。

「ふッ!」

「ぬ!?」

 ルチアーノの両腕が、衛の左手によって跳ね上げられる。


 次の瞬間、衛は右足で大きく踏み込むと同時に、右の拳打を放った。

 ──瓦稜拳によるコークスクリュー、瓦稜螺旋拳。

「うおッ──!」

 裸拳による強烈な一打が、水月に捻じ込まれる。

「──らァアアアアアッ!!」

 更に、左足を右足に寄せつつ、鳩尾を目掛け左の冲拳。そこから続け様に、一呼吸のうちに五発の連打が叩き込まれた。

 高速豪打の六連撃──迅六拳。


「……」

 締めの一撃により、ルチアーノが無言でよろよろと後ずさる。

 徹底した水月への攻めが、完璧な形で決まった。

 波の妖怪であれば、渾身の螺旋拳が直撃した段階で絶命。仮に耐えたとしても、迅六拳による一点集中攻撃を喰らえば、ひとたまりもない。


 しかし──

「む……!?」

 ──衛は感じていた。

 ルチアーノを死に至らしめられなかったことを。

 直撃したはずのコンビネーションが、全て有効打にならなかったことを。


「……ク。ククク」

 その時、ルチアーノが嗤った。

 背中を丸め、前のめりの姿勢のまま俯いている彼の体が、声と共に小さく揺れていた。

「……どうした、魔拳よ」

 ルチアーノが顔を上げる。

 歓喜と狂気が入り混じった瞳が衛を捉え──嘲笑した。

「全く効かんぞ」

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