スクルトーレ・モーストロ 十一
「……探したぞ」
衛は、安堵のため息をつきながらそう言った。
その様子を見て、マリーは反射的に、また顔を膝に埋めていた。
「……俺も、入っていいか」
衛が尋ねる。
マリーは、答えなかった。
答えたら、どんな声が出てくるのか分からなかった。
だからマリーは、膝に顔を埋めたまま、首を縦に振った。
しばらくして、衛がもう一度ため息をつくのが聞こえた。
その後に、衛がドームの中に入り込み、隣に座り込む気配を感じた。
「……舞依が厳しいことを言わなくなったのは、俺が余計な気を回したせいなんだ」
隣に座ってしばらくした後、衛はぽつりとそう言った。
「……お前、最近落ち込んでたからさ。これ以上厳しいことを言ったら、ますます塞ぎ込んじまうと思ったんだ。……だから、舞依を玄関の前に連れていって、言ったんだ。『しばらく、厳しいことは言わないようにしよう』って」
「……」
「舞依の奴も、『最近厳しくし過ぎたんじゃないか』って、気にしてたんだ。だから、あいつも俺の提案を呑んでくれたんだ。……だから、叱ったりしなかったんだ」
「……」
衛の、諭すように語りかける優しい声。
マリーはそれを聞きながら、また強く後悔した。
そして、己の自分勝手な思い込みで、二人に怒鳴ってしまったことを、申し訳なく思った。
そうしていると、彼女の両目から、再び涙がじんわりと滲み始めた。
「……でも、俺の考えが甘かったよ。……辛い時に、腫れ物に触るようなことされたら、余計辛いよな。……ごめんな、マリー」
「……ぐすっ……ふっ……うぐっ……」
涙に加えて、嗚咽が漏れ始めた。
堪えることも出来ず、声はだんだん大きくなっていく。
「……おいで」
衛が促す。
マリーはそれに抗うことなく、衛に抱き付き、彼の胸に顔を埋めた。
衛の体は雨で酷く濡れていたが、それでも彼の体は、春の日差しのような温もりがあった。
その温もりが、彼女の冷たくなった心を、ゆっくりと溶かしていった。
「……いいか、マリー。俺も舞依も、お前を見捨てたりなんかしねえよ。お前は俺の立派な助手なんだ。だから、お前はうちにいていいんだ」
衛は、マリーの背中をゆっくりとさすりながら、優しく語り掛ける。
それに対して、マリーは反論しようと口を開いた。嗚咽は治まることなく続いていたが、それでも言わずにはいられなかった。
「ぐすっ……でっ、でもっ……あ、あたし、妖術、使えないから……! 役立たずだから……! 二人にっ、迷惑、かけちゃうから……!」
「迷惑なもんか。術が使えないからいちゃいけないなんて言ってねえだろ。それに、俺も舞依も、お前のことを役立たずだなんて一言も言ってねえし、思ってすらいねえよ。術が使えないのが悔しいのは分かるけど、そう卑屈になることも──」
「違うの……!」
「……え?」
「いっ……言われたの……! 前に、あたし……役立たずだって……何の、価値もないって……!」
「……何?」
衛の優しい声が、一転して冷気をはらんだものに変わった。
「……誰が言った? 俺か? 舞依か?」
衛が、静かに訊ねる。
マリーは、衛の胸から顔を離し、俯いたまま首を横に振った。
「……じゃあ、誰が?」
そう訊ねられ、顔を上げた。
曇った表情の衛と目が合う。
マリーは、涙と嗚咽がこみ上げてくるのを堪えながら、答えた。
「昔、言われたの……! ルチアーノって奴から……!」




