爆発死惨 七
【これまでのあらすじ】
山崎・川越の刑事コンビから、歌舞伎町で発生した奇怪な殺人事件の調査を依頼された衛。彼は早速、被害者の1人・藤枝夏希の友人───横峰千冬を訪ねる。
「それじゃあ、亡くなった藤枝さんと、宮内隆史の関係について教えてくれないか」
「隆史……? あいつを疑ってんの?」
「可能性は高いと思う。これは警察からの情報なんだけど……事件後、宮内は失踪していて、連絡がつかないんだよ。奴が犯人か、それとも真犯人に殺されているか……そのどっちかだろうと睨んでる」
「……」
衛の言葉を聞き、横峰はしばらく沈黙する。
そして、煙を吐き出した後、口を開いた。
「……隆史のこと、今の所どのくらい知ってんの?」
「事件の起こる数日前に、藤枝さんからフラれたこと。その更に数日前に、会社をクビになっていること。今の所、その二つだな」
「そう……」
そう呟き、再び考え込む。
今度の沈黙は、先ほよりも長い。
顔を俯かせながら、話すべきか否かを考えていた。
「……隆史がどうしてクビになったのかは知ってる?」
じっくりと考えた後、横峰は顔を上げ、問い掛ける。
「重大なミスを犯して、会社に損失を与えたとは聞いてる」
「そのミスの内容は?」
「いや、知らないな」
衛の返答を聞き、横峰は煙草の火を揉み消す。
そして、腹をくくったような様子で語り始めた。
「隆史はね……会社の金を横領しようとしたのよ」
「横領……?」
思いもよらぬ事実に、衛が眉をひそめる。
その反応に、横峰が頷いた。
「そう。隆史は大量の金を溜め込んでて、給料やボーナスも結構な額を貰ってたの。だけど夏希と付き合い始めてから、夏希に貢ぐようになった。そして自分の金がスッカラカンになったから、会社の金に手を付けようとした。それがバレて、会社をクビになったの。ちなみに、手を出すように吹き込んだのも夏希の仕業よ」
「藤枝が……? 宮内は断ったりしなかったのか?」
「もちろん、最初は乗り気じゃなかったみたい。あいつは一流企業のエリート社員だったし、プライドとかも意外と高かったからね。そこでマサトの出番ってわけ」
「マサト……西田雅人か」
「うん。二人で隆史の前に現れて、『もしやらなかったら、あんたと別れてマサトと一緒になるから』って言ったみたい。そんなことを言われて、精神的な余裕も無くなっちゃったんだろうね。奥手な隆史にとって、夏希は初めての女だったからね。それで焦って、会社の金を狙ったの。……まぁ、結局未遂に終わって、その上クビになっちゃったんだけどね」
「なるほどな……」
衛が、不快そうに眉を寄せる。
その様子を見て、横峰は苦笑いしながら、髪をかいた。
「……嫌な奴だって思ったでしょ? 昔はあんな性格じゃなかったんだ」
「……」
「高校の頃から段々金に目が無くなっちゃったんだよね……。あいつ、家が貧乏だってよくぼやいてたし、それの反動だったのかな。……まあ、だからって他人の金を奪っていい理由にはならないんだけどね」
そう言いながら、悲し気に笑った。
「夏希と隆史の関係について、あたしが知ってるのはそのくらい。残りはほとんど、新聞やらニュースやらが、あることないこと混ぜ込んで報道してるよ」
「……分かった、ありがとう」
衛が礼を言う。
そして、缶の中のコーヒーを一息で飲み干した。
「とにかく、これではっきりとした。宮内には、あの二人を殺害するだけの動機がある。奴を調べてみることにするよ」
「……隆史、か……」
横峰がぽつりと呟く。
「本当に、隆史が殺したのかな……?」
「……え?」
「あいつ、確かにプライド高かったから恨みは持ってるだろうけど、中身は虫も殺せないような優男なんだよね。そんな奴が、バラバラ殺人なんて真似は出来ないと思ってさ……」
「……」
横峰の言葉を最後に、両者は沈黙する。
喫煙室内は、しばし静寂に包まれた。
「……人間ってのはな──」
その沈黙を破ったのは、衛の言葉であった。
「──ちょっとした『きっかけ』さえあれば、簡単に変わっちまうもんなんだよ。良いほうにも、悪いほうにもな。気の弱い男が突然大胆な性格になることも有るし、優しい性格だった奴が、いきなり冷たい人間になったりもする。……人間なんて、そんなもんさ」
そう話す衛の顔は、どこか強張っているような気がした。
衛の言葉の一言一言には、含蓄のようなものが感じられた。
そんな衛を、横峰は不思議そうな顔で見つめていた。
「……あんた」
「……悪い。何か語っちまった。それじゃ、俺は行くよ。色々聞かせてくれてありがとな」
そう言うと、衛はゆっくりと扉に歩み寄り、喫煙室を出た。
後に残されたのは、横峰ただ一人であった。
次回は、日曜日の午前10時に投稿する予定です。




