表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
239/310

スクルトーレ・モーストロ 九

8

 滴り始めた雨粒に身を濡らしながら、ルチアーノはアパートの屋根の上に佇んでいた。

 彼の血走った目は、地上の『彼女』を捉えている。

 西洋人形の少女、マリー。

 彼女は今、住居としているマンションから飛び出し、追われる獣の如く疾走していた。


「ようやく、この日が来たか」

 ルチアーノが、小さく独りごちる。

 その顔に、笑みはない。

 しかし、血走った両の眼の中に、確かな高揚感と緊張が宿っていた。


「……む」

 マリーから目を離し、彼女が走ってきた方向に顔を向ける。

 その先に、青年の影が一つ。

 ──退魔師、魔拳・青木衛である。

 立ち止まり、何かを探すように周囲を何度も見渡し、そして走っていた。


「く……!」

 ルチアーノの顔が強張り、肌の上を冷や汗が伝う。

 あの夜に目にした光景と、体験した出来事の記憶が、例えようのない恐怖となって甦ってきた。


「はあ……はあ……!」

 恐怖に喘ぐルチアーノは、懐に震える手を入れ、ゆっくりと引き出した、


 手の中に握られていたのは──縦に長い、円柱状のカプセルであった。

 中には、タールのようにねっとりとした、黒色の液体が詰まっている。

 カプセルの先端には、目を凝らしても見えないような、小さい五つの穴が空いている。

 その反対側には、ポールペンに取り付けてあるような、小さなスイッチがあった。

 

「はぁ……はぁ……!」

 ルチアーノは、カプセルの穴の空いた面を、己の首筋に押し当てる。

 そして、先端のスイッチを、力強く押し込んだ。


「ぐむ……ッ!」

 首筋に走る鋭い痛み。

 同時に伝わってくる、皮膚を突き破り、液体が体内に流れ込む感覚。

 ルチアーノの中に渦巻く恐怖と不安は、次第に興奮と安心へと変わっていく。

 やがて、体の奥底から、底知れぬ何かが湧き上がって来る。

 湧き上がる何かは、やがて全身を循環し、力強いエネルギーとなっていった。


「っ……はぁ……はぁ……!」

 首筋からカプセルを離し、中腰で荒い息を吐く。

 そして、手の中のカプセルを見た。

 カプセルに空いた穴からは、細く短い五本の針が飛び出していた。

 針の先端には、血と混ざり合っている黒色の液体が僅かに付着していた。


「……何も恐れることはない。『これ』さえあれば、私の邪魔をする者などいない……!」

 ルチアーノはそう呟くと、口の端を歪め、低い声で笑った。

「……待っているがいい、少女よ。貴様に真の絶望を抱かせてやろう。私の求める、究極の美へと至るために。……そして──」

 直後、ルチアーノの表情が、憎しみを剥き出しにしたものへと変わる。

 彼の視線は、カプセルから、周囲を見渡しながら走る青木衛へ、再び移った。

「覚悟するがいい、魔拳よ……! 貴様を命を奪うのは、このルチアーノだ……!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ