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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
237/310

スクルトーレ・モーストロ 七

6

 マリーが泣き止むまで、衛はマリーの背中をさすり続けた。

 そして、落ち着きを取り戻すのを待ってから、マリーをソファーに座らせ、台所に立った。

 傍らには、冷蔵庫から取り出した牛乳と蜂蜜。

 それらを小さな鍋に注ぎ、たまじゃくしでゆっくりとかき回しながら、火にかけて温めた。

 その後、丁度良い温度となったホットミルクを、二つのマグカップに注ぎ、ソファーの上で鼻をすすっているマリーに片方を差し出した。


「俺が小さい頃に、ばあちゃんがよく作ってくれたんだ。『眠れない時は、これがよく効くんだ』っつってな」

 衛はそう言いながら、マリーの傍らに座りミルクの入ったマグカップに口をつけた。

 ミルクの柔らかみのある香りと、蜂蜜の甘みが、口の中一杯に広がる。

 ゆっくりと喉を通り、胃に入っていくと、徐々に体がぽかぽかと温まり始めた。


「……」

 マリーもまた、ホットミルクをくぴくぴと飲み始めた。

 表情は相変わらず暗いままであったが、一口飲む度に、険しさは和らいでいった。


「……落ち着いたか?」

「……少し」

 衛が尋ねると、マリーは小さな声で答えた。

「そうか」

 衛もまた、呟くように言った。


 それから二人は、しばらく無言であった。

 口を閉ざしたまま、静かにテレビを見つめていた。

 画面の中では、若い男性歌手が歌っている映像が流れている。

 しっとりとした曲調と力強い歌声によるバラードが、居間全体に響き渡っていた。


「……それで、どうして泣いてたんだ?」

 マリーがホットミルクを飲み終えた頃、衛が神妙に切り出した。

 マリーは、マグカップをテーブルに置き、たっぷりと沈黙した後、言いにくそうに答えた。

「……怖い夢、見た」

「それだけか?」

「……」

 マリーは、答えない。

 俯いたまま、己の膝を見つめていた。


「悩んでること、あるんじゃねえのか?」

 もう一度、衛が尋ねた。

「……」

 マリーは、黙ったままであった。

 口を閉ざしたまま、答える気配はなかった。


「言いたくないなら、無理に言う必要はねえよ。……でも、本当に辛くなったら、我慢しないで言えよ。それだけで、スッキリすることもあるからな」

 衛は、諭すようにそう言った。

 それ以上、無理に言わせるつもりはなかった。


 それから衛は、再びテレビに視線を戻した。

 バラードを歌い終わった男性歌手がお辞儀をし、司会が場を繋いでいるらしかった。

 トークの内容は、全く入ってこなかった。


 その時──

「……あたし」

 ──マリーが、口を開いた。

 先程までよりも小さく、ぼそぼそとした声であったが、衛の耳は、はっきりと捉えていた。


「……役立たず……なのかな……」


「……? 何言ってんだお前」

 衛は思わず、そう呟いた。

 そして、困惑した表情で、傍らのマリーに目を向けた。


「……すう……」

 マリーは、それ以上語らなかった。

 涙でまだ濡れている瞼を閉じたまま、小さく寝息を立てていた。


「……」

 衛は、心配そうな顔でマリーを見つめていた。

 しばらくして、起こさぬよう注意して抱き抱えると、彼女と舞依の部屋へ運んだ。

 そして、彼女のベッドに寝かせ、布団をゆっくりとかけ直した。


「……んん……?」

 その時、衛の気配に気付いた舞依が、眠りから覚め、身を起こした。

「……んん……あれ……どしたんじゃ……?」

 寝ぼけ眼を擦りながら、舞依が尋ねた。


 衛は、人差し指を口の前に当てながら、囁いた。

「大丈夫、ちょっとぐずってただけだ。まだ寝てていいぞ」

「……ん……わかった……おやすみ……」

 舞依は、こくりと頷いてそう言うと、再び身を横たえた。

 それから、彼女の寝息が聞こえてくるのに、そう時間はかからなかった。


「……はあ」

 二人が寝静まってしばらくした頃、衛は神妙な面持ちでため息をついた。

 そして、助手達の頭を交互に、優しく撫でた。

 それしかしてやれない己の無力さが、無性に歯痒かった。

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