スクルトーレ・モーストロ 六
5
「──役立たず……なんかじゃない……」
ぽつりと呟いたマリーの視界に広がっていたのは、雨の森ではなく、部屋の天井であった。
一瞬の混乱。その後、自分が夢を見ていたのだという事実を、ゆっくりと理解した。
「……」
子供用のベッドから、無言で上体を起こす。
それから、胸元に手を当てた。
激しい心臓の鼓動が、先程の夢のリアルさを物語っていた。
それから、震える手で目元を拭った。
乾いていない新鮮な涙が、己の右手を濡らしていた。
「……すう……すう……むにゃ……」
隣のベッドに目をやると、舞依がすやすやと寝息を立てていた。
心細さから、舞依を起こそうかと一瞬だけ考えた。
しかし、寝る前の一件のせいで、若干の気まずさを感じていたため、起こすのが躊躇われた。
何より、せっかくの安眠を、己の我儘で妨げるのも申し訳なかった。
「……」
結局、舞依を起こすことなく、ベッドから立ち上がった。
そして、ふらふらと歩き出し、扉へ向かった。
扉を開けると、居間には明かりが灯っていた。
ソファーの上では、衛がくつろいで座っていた。
発泡酒の缶に口をつけながら、深夜の音楽番組をぼーっと眺めていた。
「……」
「……ん?」
気配を感じたらしく、衛は座ったままマリーに顔を向けた。
瞼の閉じかかった眠そうな目が、マリーを捉えていた。
「どうした。トイレか」
「……」
マリーは、何も答えなかった。
否、答えようとしたが、答えられなかった。
口を開くよりも先に、また涙がじわじわと込み上げてきた。
必死にそれに抗おうとしたが、止めることは叶わなかった。
だからマリーは、涙が溢れるよりも早く、衛のもとへと駆け寄った。
そして、衛の胸元に顔を埋め、嗚咽し始めた。
「おい、どうしたマリー。……おい」
衛は心配そうな顔で尋ねた。
そして、マリーの背中をさすりながら、彼女の顔を伺おうとした。
しかし、マリーはそれを拒み、衛の胸に顔を押し付け続けた。
そうしたまま、安堵と、不安と、悔しさと、やり場のない怒りに、声を殺して泣き続けた。




