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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
236/310

スクルトーレ・モーストロ 六

5

「──役立たず……なんかじゃない……」

 ぽつりと呟いたマリーの視界に広がっていたのは、雨の森ではなく、部屋の天井であった。

 一瞬の混乱。その後、自分が夢を見ていたのだという事実を、ゆっくりと理解した。


「……」

 子供用のベッドから、無言で上体を起こす。

 それから、胸元に手を当てた。

 激しい心臓の鼓動が、先程の夢のリアルさを物語っていた。

 それから、震える手で目元を拭った。

 乾いていない新鮮な涙が、己の右手を濡らしていた。


「……すう……すう……むにゃ……」

 隣のベッドに目をやると、舞依がすやすやと寝息を立てていた。

 心細さから、舞依を起こそうかと一瞬だけ考えた。

 しかし、寝る前の一件のせいで、若干の気まずさを感じていたため、起こすのが躊躇われた。

 何より、せっかくの安眠を、己の我儘で妨げるのも申し訳なかった。


「……」

 結局、舞依を起こすことなく、ベッドから立ち上がった。

 そして、ふらふらと歩き出し、扉へ向かった。


 扉を開けると、居間には明かりが灯っていた。

 ソファーの上では、衛がくつろいで座っていた。

 発泡酒の缶に口をつけながら、深夜の音楽番組をぼーっと眺めていた。


「……」

「……ん?」

 気配を感じたらしく、衛は座ったままマリーに顔を向けた。

 瞼の閉じかかった眠そうな目が、マリーを捉えていた。

「どうした。トイレか」


「……」

 マリーは、何も答えなかった。

 否、答えようとしたが、答えられなかった。

 口を開くよりも先に、また涙がじわじわと込み上げてきた。

 必死にそれに抗おうとしたが、止めることは叶わなかった。


 だからマリーは、涙が溢れるよりも早く、衛のもとへと駆け寄った。

 そして、衛の胸元に顔を埋め、嗚咽し始めた。


「おい、どうしたマリー。……おい」

 衛は心配そうな顔で尋ねた。

 そして、マリーの背中をさすりながら、彼女の顔を伺おうとした。

 しかし、マリーはそれを拒み、衛の胸に顔を押し付け続けた。

 そうしたまま、安堵と、不安と、悔しさと、やり場のない怒りに、声を殺して泣き続けた。

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