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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十三話『スクルトーレ・モーストロ』
231/310

スクルトーレ・モーストロ 一

 皆様、お久しぶりです。

 次回の投稿まで間が空いてしまって申し訳ありません。

 本日より、隔日での更新を開始いたします。

 それでは第十三話、よろしくお願いします。

1

 ──雨露の滴る深夜の森の中を、私は必死に駆け抜けていた。

 足元は雑草や木の根によって埋め尽くされている。

 その上、雨でぬかるんで滑りやすくなっており、とてもまともに走れるような状態ではなかった。


 普段の私ならば、こんな道を通らなければならないことに癇癪を起していただろう。

 しかし、その時の私は、不快な道を駆け抜けることに対して、全くストレスを感じていなかった。

 何故なら、追い求めていた『極上の獲物』を、ようやく捕らえることが出来そうだったからだ。


『ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!』

 口から漏れる呼吸音が、雨風に紛れて耳に入り込んでくる。

 その荒い音に、苦悶の響きはない。そこにあったのは、高揚の響きだ。

 心臓の激しい鼓動も、疾走によるものではない。歓喜による胸の高鳴りだ。きっとそうに違いなかった。


『ゼェ、ゼェ……! おいルチアーノ! チンタラしてんじゃねえぞ! とっととあのガキを取っ捕まえやがれ!』

 その時、やかましい怒鳴り声が、雨風の音と息遣いを弾き飛ばし、私の左耳から侵入してきた。

 私と組んでいる二匹の妖怪のうちの一匹──つめながの声だ。

 不快なその声が、高揚感に満ち溢れていた私の心を、この鬱陶しい天気のように塗り替えて台無しにした。


『あ、垢。垢。がきの、垢。ようかいの、垢。あ、あし、あしし、しの、垢。垢。垢』

 右耳からは、低くおぞましい声が聞こえてくる。

 もう一匹の妖怪──垢舐(あかな)めである。

 その声を聞くだけで、私の中の生理的嫌悪感が逆撫でされ、肌にぶつぶつと鳥肌が浮かび上がった。


『ゼェ、ゼェ……! おいてめえら、山分けするって話を忘れンなよ! いいな、絶対に覚えとけよ!』

 つめながが、私と垢舐めに釘を刺す。

『特にルチアーノ! てめえにゃ前科があるんだからなァ! この間みたいに抜け駆けしようとすンじゃねェぞ! 分かったか!』

 つめなががそう叫んだ直後、思わず私は舌打ちをしていた。舌打ちの音は、私以外の誰の耳にも入ることなく、雨風の中に溶けていった。

 やかましい奴め。私の偉大さすら理解せずに勝手に見下している愚か者が。低級妖怪である貴様に指図する権利などあるものか。


『クソ……ぐずぐずしてんじゃねえぞクズどもが! あんなガキ一匹捕まえられねえのか! 雑魚で能無しのてめえらを、俺がせっかく使ってやってるんだ! 少しぐらい俺の役に立って──痛ッ!?』

 情けない悲鳴が背後から聞こえた。

 振り替えらずとも分かる。つめながが滑って転倒したに違いない。

 いい気味だ。転んだ拍子に頭が割れて死んでくれていれば、もっと気分が良かったのだが。

 そこでしばらく苦悶しているがいい。その間に、私はあの獲物を捕らえておさらばさせていただこう。今度こそ私の一人勝ちだ。


『ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!』

 生い茂る草の隙間から、逃走しようと懸命に走る少女の後ろ姿が見えた。

 あれだ。

 あれだ!

 あの人形妖怪だ!

 遂に、あの妖怪の彫刻が手に入るのだ!!


『ハァ! ハァ! ハァ! ハァ!』

 両脚に力がみなぎる!

 あの妖怪を捕らえようとする私の強い意思に、私の肉体が呼応する!

 逃がすものか、お前は私のものだ!

 決して逃がしてなるものか!


『あ、垢。垢、垢! 垢垢垢垢垢垢!!』

 その時、私の横をすり抜けながら、あの醜い垢舐めが先頭へ躍り出た。

 このカスめ! 貴様もあの人形を独り占めしようと企んでいたか!

 迸る怒りの奔流を両足に注ぎ込み、私はより一層素早く走る!


 その時──私の足が、空を蹴った。

 気負いすぎたようだ──私の足はぬかるみで滑り、無様なつめながのように転倒していた。

『ぶっ!?』

 口から鉄の味がした。

 痛みが遅れてやってきたが、それを無視し、顔を正面へと向けた。


『垢! 垢垢垢垢垢!!』

『きゃあっ!? ひ、い、や、嫌ああああっ!!』

 垢舐めが、あの人形妖怪を捕らえ、地面に押さえ付けていた。

 奴の口の辺りから、蛇のように長い舌が突き出ている。

 そのまま奴は、あの人形の垢を舐め回すに違いない。

 おのれ、下品で汚らわしいゴミの分際で!


『邪魔だ!!』

『あぎゃ!』

 私は渾身の力で、垢舐めを蹴り飛ばした。

 そして、すぐさま少女を見た。

 少女の体は、雨と泥で酷く汚れていた。

 どうやら、垢舐めからまだ舐められていないらしい。


『あ……あ……』

 少女は、恐怖に満ちた瞳で、私を見つめていた。

 ──ああ、これだ。この表情だ。

 私が求め続けた、最高の表情だ。

 私が表現したい、真の絶望。

 その作品に相応しい、私が追い求めた最高の逸材が、ここに存在するのだ。


 ──彼女を渡してなるものか。

 あのつめながと垢舐めに、この少女の芸術的価値など分かるものか。

 私だけだ。理解出来るのは私だけだ。

 絶対に渡すものか。

 渡すものか!

 この少女は、私のものだ!!


『来るのだ!!』

『きゃっ!?』

 私はその人形を抱き抱えると、再び走り出した!


『い、いや、いやあああっ!!』

 少女が恐怖の悲鳴を上げる!

 ああ、何と心地よい音色だ!

 凡人にとってはただの悲鳴にしか聞こえないだろうが、私にとっては極上のオーケストラですら霞むほどの最高の曲だ!!


『ハッ、ハッ、ハッ、ハハッ、ハハハハッ、ハハハハハハハハハハハ!! 待っていろ少女よ、すぐに君をミケランジェロの彫刻よりも素晴らしき芸術作品に仕立て上げてみせよう! 見た者の心を恐怖で激しく揺さぶる、究極の彫刻へ! ああ少女よ、君は持っているのだ、他者へと伝わる恐怖の感情、それを表現できる可憐なる容姿を!』

『いや、いやっ! 放して、放して! いやあああっ!!』

『ハハハハハ、放してなるものか、ハハハハハ──っ、痛ッ!?』


 激痛が右腕に迸る!

 少女が私に噛みついたのだ!

 思わず私は、少女から手を放してしまった!


『うっ……!』

 地面に落下し、その衝撃に少女が呻いている。

 私は再び少女を捕らえ、彼女の両肩を力強く鷲掴んだ。


『何故だ、何故理解してくれない!? 良いか少女よ、君はただの低級妖怪だ! 大して強くもなく、まともな妖術すら使えない、何の役にも立たないゴミのような存在なのだ!』

『あ……う……う……!』

『何の価値もない役立たずの君が、唯一光輝く方法は、私の芸術の糧となり、命を捧げることだけなのだ! 何故それが分からない!』

『ち、違う、あたし、あたしは、ゴミなんかじゃない……!』

 少女が首を振りながら、私の訴えを拒む!

 分からず屋め、どうして理解してくれない!?


『良く考えるのだ! あの下品なカスどもによって食い殺され、無惨な姿となるか、私の手で大衆を恐怖と感動させる作品となるか! 君のそのちっぽけな命をどう散らすのか、さあ選べ、選ぶのだ! 選べえええええっ!!』

『い、いや……いや……! あたしは、生きたい…死にたく、ない……!!』

『……! く、この……!』

 私は思わず、手を振り上げる!

 出来れば傷付けたくはなかったが、もはやこれしか手はない!


『いい加減に──ぐわっ!?』

 その時、私の背中に焼けつくような痛みが走った。

 直後に、視界が激しく揺れ、体が地面に叩き付けられた。

 何が起こったのか分からず混乱していると、私の胸ぐらが何者かに掴まれ、乱暴に引き起こされた。

 視界に映り込んだのは──あの傲慢なつめながの、怒りで真っ赤に染まった顔だった。


『この……クソ野郎がッ!』

『ぶッ!?』

 つめながの額が、私の鼻に叩き付けられた。

 ツン、とくる感覚が鼻の奥に走り、生温かいものが垂れる。

 そのまま私は、地面に尻餅をつく。

 そこに、つめながは何度も乱暴に蹴りを放ってきた。


 私は、己の頭を両腕で庇いながら、少女を見た。

 少女は怯える目でこちらを見ながら、慌てて立ち上がった。

 そして、背を向けて走り始める。

 何度も何度もこちらを振り返りながら、必死の形相で逃走していく。

 ああ、よせ、行くな!

 私のところへ戻ってきておくれ!!


『てめえ、また抜け駆けしようとしやがったな! このボケ、カスが! 人間上がりの雑魚妖怪の分際で!』

『ぐっ……や、止めろ! 少女が逃げてしまう!』

 野蛮なつめながに、私はそう訴える。

 しかし、頭の悪いつめながは、少女よりも私への怒りを発散させることを優先させた。


『うるせえ、もう許さねえぞこの役立たずが! 何が天才彫刻家だ! 何の才能もねえ似非芸術家が!』

『な……何だとこの凡人が!!』

 私の血液が沸騰し、つめながへのどす黒い感情が私の中身を満たしていく!

 おのれ、貴様などに何が分かる!


『あ……? 何だてめえ、その態度は!』

『やかましい!! あの少女の価値も理解出来ぬ愚か者め! そもそも、雑魚妖怪は貴様のほうではないか! そこらじゅうで増え続けている、ゴキブリのようなつめながの分際で!!』

『この野郎ッ!!』

『ぐわッ!?』

 私の顔に、つめながの蹴りが叩き込まれた。


『てめえ……言っちゃならねえことを言ったな! 許せねえことを言いやがったな!』

 つめながが、右手を掲げる。

 歪な形をした、刃物のような爪が生えた手を、これ見よがしに掲げる。

『もう我慢ならねえ……! てめえはもう用済みだ! 今すぐ俺がこの場で──』


 ──その時だった。

『──始末して……何だ?』

 つめながの怒りの顔が、困惑の表情へと変わる。


 ──奇妙な音が聞こえたのだ。

 水をたっぷりと含ませた雑巾を引き千切り、壁に思い切り叩き付けたかのような。

 そのようなとても大きい音が、我々のすぐ近くで鳴り響いたのだ。


『……何だ?』

 つめながが怯えた表情になり、周囲をきょろきょろと見回し始める。

 私もまた、緊張に顔を強張らせながら、辺りを伺った。


 ──直後、我々の足元に、丸い何かが転がってきた。

 最初は、バスケットボールではないかと思った。

 赤い色をしている上に、サイズもそのくらいだったからだ。


 しかし──何故、こんなところにバスケットボールが?

 不審に思った私は、まじまじとそのボールを見つめた。

 数秒ほど見つめ続け──ようやく私は、その正体を悟った。

『ひっ!?』


 ボールではない。

 ──頭だ。

 それの正体は、生首だ。

 生首が、ここに転がっているのだ!


 それに──よく見ると、見覚えのある顔だ!

 ああ、これは垢舐めのものだ!

 あの汚らわしい垢舐めの頭部が、鮮血で真っ赤に染まり、気味の悪い長い下を口から垂らして、うつろな瞳で一点を見つめながら転がっているのだ!!


『ひ、ひぃぃっ……! な、何だよこれ!?』

 愚鈍なつめながも、どうやらこれがボールではないことに気付いたようだ!

 情けない顔で後退りながら、震える声を口から吐き出す!

『こ、こいつ、何で死んでやがる!? 何が起こってやがるんだ!? ……ッ!!』


 直後──つめながは一瞬、両目を大きく見開く。

 そして、生首が転がってきた方向に向かって、素早く顔を向けて叫んだ。

『誰だ!?』


 そこに──何者かが佇んでいた。

 黒いジャケットを羽織り、同じくらい真っ黒な手袋を両手にはめている、小さな男だった。

 ──目付きが妙に悪い。瞳は死んだ魚のように濁り切り、その下にはうっすらと隈が浮かんでいる。


 その男に、私は見覚えはなかった。

 初めて見る顔だ。

 しかし、嫌な予感がした。

 何故かは分からなかったが、この男に関わってはならない予感がしたのだ。

 逃げろ、今すぐこの場から立ち去るのだ──私の中の何かが、そう告げていた。


『……嘘だろ』

 何者かが、ぼそりと呟いた。

 つめながの声だ。

 現れた小男を、蒼白な顔で見つめながら、震える声で再び呟いた。

『……魔拳』


 ……魔拳?

 魔拳だと……!?

 今、魔拳と言ったのか、この低級妖怪は!?

 魔拳といえば、最近妖怪たちの間で噂になっている、凄腕の退魔師ではないか!

 何故こんなところに!? まさか、我々の行動を嗅ぎ付けていたのか!?


『……お、落ち着いてくれよ』

 つめながが、作り笑いを浮かべながら魔拳に話し掛ける。

『お、俺たちを狩りに来たのか? ちょっと待ってくれ、俺たちは別に、悪いことなんか何もしてないぜ』

 いつものような野蛮な態度とは打って変わって、つめながは善良そうな雰囲気を身にまとわせながら、魔拳を諭そうとする。

 対する魔拳は、何も答えない。

 その代わりに、一歩、二歩と、ゆっくりとつめながへ歩み寄った。

 おそらく、それが魔拳の答えなのだろう。


『よせ! よせって! 近寄るんじゃねえ! 俺よりも凶暴な妖怪が大勢いるだろ! 俺を狩るのは止めて、他の奴を──がッ!?』

 必死に命乞いをするつめながの身体が、突如吹き飛んだ。

 おそらく、魔拳が攻撃したのだ。

 しかし、何をしたのかは分からない。

 見えなかった。

 何の攻撃を繰り出したのか、あまりにも速過ぎて視認出来なかった。


『……うるせえ。死ね』

 魔拳は、不機嫌そうにそう言った。

 とてつもなく低い声だった。

 地獄の奥底から響いて来るような、邪悪な怪物の如き声だった。


『ブッ──!?』

 直後──私の口の周辺に、とてつもない衝撃が叩き付けられた!

 おそらく、拳だと思う。渾身の打撃が、私の顔面を打ち抜いたのだろう。

 つめながの頭突きなど、とても及ばないほどの威力だった。

 あまりにも強烈なそれは、直前までの私の思考の全てを粉々にし、脳内から吹き飛ばしていた。


『ぶ……あば……』

 鼻と口から、ぼたぼたと滝のように血が零れた。

 視界がチカチカと明滅する。

 頭が混乱し、状況が全く理解できない。


 そんな状況でも、私は己の生存本能に従い、何とか立ち上がった。

 数歩先に、こちらに向かって悠然と歩み寄る魔拳の姿があった。

 先ほどの打撃で、私の体もまた、後方へ吹き飛ばされていたのだろう。


『ぐ……!』

 私は顔の激痛を堪え、右手を魔拳にかざした。

 私が最も得意とする妖術を見舞うためだ。

 その時の私は酷く混乱しており、魔拳に妖術が通用しないという噂など、頭の中から完全に消え去っていた。

 何とかして、この男から逃げなければ──その考えしか、頭の中にはなかった。


 だが、次の瞬間──

『──!?』

 ──みしり、めりり、という歪な音が、私の右腕から放たれていた。

 魔拳の両腕が、私の腕に蛇の如く絡み付き、複雑な形に変形させていた!

 私が術を行使するよりも速く、魔拳は私の懐に飛び込んでいたのだ!


『……っ!? ぎゃあああああああっ!!』

 己の口から、これまでに聞いたことのない悲鳴が放たれるのが聞こえた。

 こんなに甲高い声を自分が出せるなどとは思わなかった──そんな見当違いな考えが頭の片隅に浮かび、一瞬で消えた。


『い、いぎ、がああああああっ!!』

 濡れた地面に倒れ込み、のたうち回る。

 泥で全身が汚れたが、気にしなかった。

 出来ることなら、この腕を千切って痛みを断ち切りたかった。


『はっ、ぐっ、はぁ、はぁ、はぁ!』

 喘ぎながら、魔拳に目をやる。

 恐ろしい形相をした小男が、私に向かって拳を振り上げる姿が見えた!

『はぁ、はぁ、はぁ!?』

 その拳が触れたらどうなるのか、もう私は完全に理解していた。──即ち、死だ……!


『わああああっ!!』

 その時、つめながが叫び声を上げながら、魔拳の背後から襲い掛かった。

 私を助けるために飛び掛かった訳ではないと言うことは断言出来た。

 私に意識を注いでいる今ならば、魔拳を背後から襲い、殺すことが出来るとでも思ったのだろう。


 しかし──

『ゲッ!?』

 ──魔拳は姿勢を低くしながら、つめながが突き出した爪を回避。

 そのまま振り替えることなく、つめながの鳩尾に肘鉄を叩き込んでいた。


『あっ、あひっ、あひっ!』

 魔拳がつめながに向き直っている隙に、私はよろけながら立ち上がり、背を向けて走り出した!

 逃げなければ! 早くこの場から逃げ出さなければ!

 そうしなければ、背後から聞こえてくる肉と骨を打つ音を、己の体から聞くことになってしまう!


『うっ、ギャッ、ルッ、ルチアーノッ! に、逃げるなッ、畜生ッ! た、助けて、くれッ、たたッ、助けてッ……! や、やめてくれ、い、痛い、ぎゃあああっ……!』

 つめながの悲鳴が、つめながの体が傷付く音が、徐々に遠ざかっていく。

 しかし、私は足を止めなかった!

 少しでも休めば、奴に追い付かれる!

 一歩でも遠くへ、少しでも遠くへ!

 安堵出来る場所へ、早く逃げなければ!


『……ぎゃあああああああっ……』

 ──やがて、長い叫び声が聞こえてきた。

 間違いない、つめながの断末魔だ。


『ひっ、ひっ、ひっ……!』

 私は涙をぼろぼろ流しながら、両足に更なる力を込めた!

 左腕で右腕を庇いながら、懸命に走った!

 もっと走れ!

 速く走れ!

 決して背後を振り替えるな!

 足音など聞こえない!

 こちらに迫る音など何も聞こえない!

 奴は私を追いかけて来てはいない!

 だから振り替えるな!

 決して奴の顔を見ようとするな!!

 奴は絶対、私の後ろにはいないのだ!!


 ──だが、私は見てしまった。

 大丈夫だ。きっと大丈夫だ。奴は追い掛けて来ていない。だから大丈夫だ。背後を見ても、どうせ誰もいないのだ──自分にそう言い聞かせてしまったから。

 だから私は、走りながら首を動かし、背後を、見て、しまった。


 そこには──

『ひっ……!?』

 ──おびただしいほどの鮮血にまみれ、殺意を剥き出しにした形相で追い詰めてくる、魔拳の姿があった。


『ぎゃあああああああああああああああ──!!』

 次回は、日曜日の午後8~10時頃に投稿する予定です。

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