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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
230/310

妖花絢爛 三十九(完)

28

 衛たちはその後、誘拐された女性たちを土の中から救出した。

 生き残った被害者は、シェリーを除くと二十一人。

 その内の十七人が、山崎に見せてもらった失踪届に記載されていた被害者であり、残りの四人は、報告を受けていない女性であった。

 この空洞の中で、衛たちは何体もの枯人を葬った。

 その中の過半数は、江戸時代に攫われ、妖桜や桜花たちとともに封じ込められた女性たちの成れの果てであろう。

 しかし──残りの枯人は、ここ一月のうちに攫われた、現代の女性たちに違いなかった。


 救出作業が終わると、疲労を堪えながら空洞内の調査を行った。

 調査といっても簡単なものではあったが、その結果、枯人が這い出て来た穴の中から、いくつかの遺留品らしき私物を発見した。

 その中には、最初に失踪した三島理恵の運転免許証も含まれていた。


 それが終わった後、一行は被害者たちを引き連れて空洞を脱出。

 長い洞窟を抜け、地上への生還を果たした。


 森を少し歩いた先にある草原には、綾子と田尻の姿があった。

 森の外れにヘリコプターを降ろし、積んでいた毛布などの救援物資を用意して待機していたようであった。

 酷く疲労していた一同は、一端そこで休息を取ることにした。

 その間に、衛は山崎に連絡をとり、事件の真相と、犯人退治までの一部始終を報告した。

 それが終わった後、地下で目にした全てを、うずうずとした様子で待っている綾子に語り始めた。


「へえ! つまり桜女郎は、妖桜が生み出した分身だったってことかい!」

「ああ。妖桜は凶悪な妖怪ではあるが、自由に動き回ったり、敵から身を守る手段を持ち合わせてはいない。だから奴は、自由に動き回ることが出来て、身を守ってくれる分身が必要だった。……そのために、空気中の成分や、妖桜の花びらなんかを組み合わせて、桜花を作り出したんだと思う」

 綾子は、衛の傷の手当てを行いながら、うきうきとした調子で会話をしていた。

 衛は、胡坐をかいて手当を受けながら、力なく頭を垂れたまま話していた。


「桜花が姿を消したり、再び姿を現したりして、君たちを翻弄したと言ったね。それは、妖桜が妖気を使って、桜花の肉体を分解して、再び形成したりしたからなんだろうね」

「……だろうな。だから妖桜は、時々ピカピカ光ってたんだろう」

 生き生きとした表情で考察する綾子。

 それに対し、衛は疲れ切った様子で、投げやり気味に言葉を返した。


「いやー、やっぱり妖怪ってのは不思議だなぁ! 今まで色んな妖怪について調べて来たけど、まさかそんな妖怪が存在するだなんて。ますます彼らについての興味が湧いて来たよ! 早く帰って、妖桜たちについてのデータをまとめないと! うーんワクワクしてきたぞう! ……って、衛、どうしたの? さっきから元気ないけど」

「……」

 綾子の問いに、衛は答えなかった。

 沈黙したまま、俯き続けていた。


 それを見た綾子は、わざとらしく明るい調子で、衛に声を掛け続けた。

「あ、もしかして衛、桜女郎から言われたことを気にしてるのかい? マリーちゃんたちから聞いたよー! 醜男醜男って散々悪口言われたって! なあに、気にすることないよ! 君は確かに美形ではないけど、不細工ってほどでもないからね! ただあまり女受けしないってだけで──」

「綾子」

 不意に、衛が名を呟いた。

 その小さな一言が何を意図するのか、綾子には分かっていた。


「……すまない。悪ふざけが過ぎた」

 綾子がばつの悪そうな顔で言った。

「……」

 衛は、返事を返さなかった。

 怒ったわけではなかった。

 ただ、返す気力が湧いてこなかった。


「……気にしてるんだね。全員を助けられなかったことを」

「……」

 衛は、やはり答えなかった。

 身じろぎすらせず、俯いたまま、じっと足下の草を力なく見つめていた。


「……気を落とすなよ、衛。確かに死人は出たが、君のせいじゃない。気に病む必要はないよ」

「……」

「……それどころか、君は二十一人もの女性を助けたんだ。私の予想では、助けられる女性はもっと少ないはずだった。君は、その予想を覆したんだよ」

「……よせ綾子。人数の問題じゃねえんだ」

 震える声で、衛が言った。

 何かを押し殺したような声であった。


「『何人助けられたか』じゃねえ。命は算数じゃねえんだ」

「……」

「……確かに、助けることが出来た人もいた。でも、心に傷を負わせた。それに、全員は助けられなかった。死人を出してしまった。……全員を助けることがどんなに難しいかなんて、俺にも分かってる。現実的じゃないってことも承知してる。……それでも、俺は助けたかった。……助けられなかった。……それが、すごく悔しい」

 そう言いながら、衛は拳を握り締めた。

 消沈する衛の姿が、綾子の目には、いつもよりも小さく見えた。


「……相変わらず、君は優しいね」

 綾子は、悲し気に微笑しながら、そう言った。

「……確かに、君の言う通りだ。命は算数じゃない。『何人か死んじゃったけど、多く助けられたから結果オーライ』で解決出来るほど、簡単なものではない。……全ての人が救えたわけじゃない。何人もの人が命を落とした。生き残った人の中には、心に傷を負った人もいるだろう。それは、決して変えられない事実だ。……でもね。見てごらん」

「……?」

 綾子に促された衛は、彼女が指差した方向に目を向けた。


 そこには──助け出された女性たちの姿があった。

 彼女たちは、汚れた体を毛布で包み、身を寄せ合っていた。

 涙を流す者や、互いを慰め合う者もいた。

 そんな体力すら残っておらず、目を伏せている者や、呆然としている者もいた。

 そうしながら──全員が、微かに安堵していた。

 もう、怖い思いも、苦しい思いもしなくて済む──その事実を感じていた。


「……君は、彼女たちの命を救った。心に傷を負った人もいるけれど、それを少しでも癒せる機会と時間を取り戻した。そして、彼女の家族や友人……そういった、彼女を大切にしている周りの人たちの心も救ったんだ。それもまた、決して揺るがない事実だ」

「……」

「……救えなかった人を悼むことも大切だけど。……それだけは、決して忘れてはいけないよ」

「……」

 綾子に諭された衛は、再び足下に視線を落とした。

 握り締めた拳は、ゆっくりと開かれていった。


「衛ー! 綾子ちゃーん! 毛布配り終わったわよー!」

「全員の怪我も、治癒術であらかた治したぞ。みんな軽傷じゃったから安心したわい」

 被害者たちとともにいた人形たちが、ぽてぽてと駆け寄ってくる。


「ああ、ありがとう! 疲れてるところ悪かったね! あとは私と田尻さんが引き受けるよ!」

 綾子は、二人に明るい声を掛けると、再び衛に顔を向け、耳打ちした。

「手当ては終わった。……さあ、少し休んだから、体力もちょっとだけ戻っただろう? まずは、仲間たちを労ってあげたまえ」

 綾子はそう言うと、衛の肩を軽く叩いて、立ち上がった。

 そして、被害者たちのケアをしている田尻のもとへ歩き出した。


「……綾子」

 衛が、ぽつりと呟いた。

「うん?」

 綾子が立ち止まり、振り向く。

「……ありがとう」

「……ああ」

 衛の感謝の言葉に、綾子は微笑みながらそう返し、再び歩き始めた。


「……衛、大丈夫?」

「暗い顔をしとるぞ? 何か気にかかることでもあるのか?」

 入れ違いでやって来たマリーと舞依が、心配そうな表情で、衛の顔を覗き込んだ。

「……いや、何でもねえ。 それより二人とも、お疲れさん。田尻さんがお茶を持ってきてくださってるから、一息つきな」

 そう言うと、衛はなるべく普段通りの調子を心掛けながら、二人の頭を優しく撫でた。

 そして、立ち上がって己の頬を軽く叩くと、シェリーと雄矢のもとへ足を運んだ。


「……それにしても、驚いたわ。あなた、とても強いのね」

「い、いやいや、それほどでもねえよ! 日々の稽古のたまものってヤツさ! あ、あはは……!」

 両者は、被害者たちから離れた場所で談笑していた。

 シェリーの褒め讃える言葉を受け、雄矢は頬を赤くしながら、照れ笑いを浮かべていた。


「正直に言うと、一般人だと思って、あなたのことを見くびっていたの。それなのに、あんなに次々に枯人たちを倒していくなんて。長い間、相当なトレーニングを積んできたようね。私は空手家ではないけれど、闘いの中に身を置く者として、敬意を表するわ」

「おいおい、よしてくれよ! そんなに褒められたらこっちも恐縮しちまうぜ!」


「よう。談笑中に失礼」

「おっ、衛!」

「お疲れ様。体はもう大丈夫なの?」

 衛が来たことに気付くと、両者は顔を明るくし、彼を迎え入れた。


「ああ。休んだらだいぶ楽になった。そっちこそ、体の調子はどうだ」

「こっちも大丈夫よ。挫いた足も、舞依の治癒のおかげであまり痛まなくなったわ。こうして話が出来るのも、あなたのおかげよ。感謝するわ」

「いや……俺一人じゃ、どうにもならなかった。色んな人たちが協力してくれたから、何とか生き残ることが出来た。……特に、雄矢」

「え?」

 そこで衛は、改まった様子で雄矢に体を向けた。

 そして──深々と、頭を下げた。


「お前がいなかったら、桜花は倒せなかった。お前のおかげだ。ありがとう」

「おいおいおいおい、よせって! 何だよお前まで!」

 雄矢は慌てて、衛の上半身を起き上がらせた。

「……礼を言わなきゃいけねえのは、こっちのほうだよ。お前が桜花の気を引き付けてくれなかったら、きっと俺は桜花に見つかって、殺されてたよ。……ありがとな」

 雄矢は、微笑みながらそう言った。

「……って、何で恥ずかしいこと言い合ってンだ俺! 全身がむず痒くなっちまう!」

 そう叫びながら、雄矢は大袈裟に首の後ろを掻いた。

 その姿を見ながら、シェリーは目を細めた。

 衛もまたわずかに、ぎこちなく苦笑し──再び、真剣な顔に戻った。


「それと……退魔師じゃないのに、今回はお前を危険な目に遭わせちまった。本当にすまねえ。また似たようなことが起こったら、今度はお前を巻き込まないようにする。だから──」

「待ってくれ、衛」

 その時、衛の言葉を、雄矢の声が遮った。

 いつの間にか雄矢の顔には、いつになく真剣な表情が浮かんでいた。


「どうした」

「もし、今回と同じようなことが起こったら……その時は、また俺を呼んでくれ」

「……何?」

 雄矢の言葉に、衛は思わず、目を丸くした。


「本気か?」

「本気だ」

「強い奴と闘いたいからか?」

「違う──いや、それもちょっとだけあるかも」

「今回の件で、この仕事がどれだけ危険か分かったはずだ。なのにどうして──」

「それは……んん」

 雄矢は、首の後ろを掻きながら、衛から視線をそらした。

 そのまましばらく、雄矢はそっぽを向き、首を掻き続けた。


「……?」

 衛は眉をひそめ、雄矢の視線を辿った。

 その先には──被害者の一人に注がれていた。

 茶髪のボブカットの女性である。

 目の端に涙を浮かべ、他の被害者と慰め合いながら、安堵の表情を浮かべていた。


「……さあな」

 唐突に、雄矢が呟いた。

 その声を聞いて、衛は再び雄矢の顔を見た。

 雄矢は未だに、ボブカットの女性を見ていた。

 その顔には、安堵の微笑みがうっすらと浮かんでいた。

 そして、衛に視線を戻し──苦笑しながら言った。

「……何となくだ」

「……」


「……力不足だってことは分かってる。お前みたいな体質や、超能力なんかは俺にはない。俺にあるのは、空手だけだ。……だけど、出来る範囲で、やれるだけのことはやりたいんだ」

 再び、真剣な顔になる雄矢。

 そこに、軽はずみな感情は浮かんではいなかった。

「……だから、頼む。俺にも、お前を手伝わせてくれ」


「……」

 衛は、雄矢の本心からの言葉に、じっと耳を傾けていた。

 傍らのシェリーも、口を挟むことなく、両者の様子を見守っていた。


「……本気なんだな」

「……本気だ」

 雄矢は、衛の目を真っ直ぐに受け止めながら答えた。


「……二つだけ、条件がある」

「……何だ?」

「……絶対に死なないこと。……そして、何が起こっても、生きるのを絶対に諦めないことだ。……分かったか」

「……ああ。分かった」

 衛の掲げた条件に、雄矢はしっかりと頷いた。


「……」

 衛は無言で、雄矢を睨み続けた。

 その間、雄矢は目を逸らすことも、伏せることもしなかった。

 衛はその瞳に、確固たる覚悟と決意の光を見た。


「……よし」

 衛は頷き、小さく呟いた。

「……! じゃあ──」

 雄矢が目を丸くする。

 固唾を飲んで見守っていたシェリーが、口元に微笑を浮かべていた。


「ああ」

 衛は頷き、右手を雄矢の胸の高さに掲げた。

「改めて頼む。……雄矢。俺に力を貸してくれ」


「おう!」

 雄矢は、衛が差し出した手を掴み、腕相撲をするかのように組んだ。

「よろしくな、衛!」

 そう言いながら、雄矢は力強く笑った。


                           第十二話 完

 以上を持ちまして、今回のエピソードは完結です。

 お読みくださいまして、ありがとうございました。


 これより新エピソードの執筆のため、再び休載期間に入ります。

 連載再開の日時は決まっておりませんが、目処が立ち次第、あらすじの前や、ツイッター等で告知をさせていただきます。

 お待たせして申し訳ございませんが、何卒ご了承ください。


 それでは、次回もよろしくお願いします。

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