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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第四話『爆発死惨』
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爆発死惨 六

5       

 横峰千冬は、短くなった煙草をもみ消して捨てると、すぐさまポケットから煙草の箱を取り出した。

 箱を開くと、残り半分になった中身の煙草が見えた。

 その中の一本を取り出すと、口に加え、ライターで先端に火を着ける。

「ふぅ……」

 煙を吸引し、すぐに吐き出す。

 しかし、彼女の心の中の苛立ちは、煙草の力を借りても治まることはなかった。


 横峰は今、己が通う大学──その一号棟の喫煙所にいた。

 本来ならば、この時間は履修登録をしている講義に出席しているはずである。

 しかし、今の彼女は、大人しく講義に出席できるような心持ちではなかった。


 彼女の心を乱している原因は、一昨日発生した、歌舞伎町のバラバラ殺人。

 その被害者の一人──藤枝夏希は、幼い頃から同じ学校に通っていた、横峰の友人であった。

 遺体の身元が藤枝だと判明すると、メディアはどこからか横峰の情報をキャッチし、彼女に取材を敢行した。

 その際に横峰は、強引かつ酷く気分を害するような内容のインタビューを受けたのである。


 当初、藤枝たちの死に関する取材と報道は、若き被害者達の死を悼み、犯人による非人道的な殺害方法を痛烈に批判する内容であった。

 だが、被害者達の悪行──詐欺や恐喝といった犯罪が明らかになると、メディアの態度と姿勢は一変。被害者達の死を自業自得の死とし、犯人は復讐のために犯行に及んだのではないかと述べ始めた。

 そのとばっちりで、記者達は横峰に対しても疑いの目を向け始めたのである。彼女も犯罪の片棒を担いでいたのではないか、と。『親しい友人であった』──ただそれだけの理由で。


「イラつく……」

 横峰が悪態をつく。

 二本目の煙草を吸い終わっても、彼女の心の苛立ちは晴れなかった。


 ──横峯は、自分がお世辞にも品性の良い女ではないと思っていた。不愛想で口が悪く、物事に対してやる気が殆ど無い。おまけに友人も少ない。

 だが、これまでの人生の中で、彼女は犯罪に手を染めたことなど無かった。

 それどころか、そういった歪んだ行為を忌み嫌っていた。

 男共を騙していた藤枝に対しても、手を洗うように友人として忠告していたほどである。


 自分は、何もやっていない──横峯は、記者達の強引なインタビューに対し、そう訴えた。

 しかし、記者達は横峰の主張に耳を貸すことはなかった。

 どうせお前もそういう女なんだろう──そんな決めつけた考えが、記者たちの言葉からにじみ出ていた。

「……チッ」

 ──堪ったものじゃない。何故、こんなことになってしまったというのか。

 苛立つ心を無理やり抑え込もうと、横峰は三本目の煙草に火を付けた。


 その時──一人の青年が、喫煙室のドアを開けて入って来た。

 異様に目つきが悪く、小柄な体格である。

 右手には、ブラックコーヒーの缶が握られていた。

「……」

 青年は横峰の姿を見つけると、無言で彼女に歩み寄る。

 そして、横峰から一人分の間隔を空けて隣に立つ。

 そしてそのまま、コーヒー缶を開け、静かに飲み始めた。


「……?」

 横峰はその様子を横目で見ながら訝しんだ。

 喫煙室には横峰以外の人物はおらず、スペースは充分にある。

 しかしその青年は、わざわざ隣に陣取ったのである。

 まるで、彼女に用があるかのように。


「……横峰千冬さんか?」

「……? そうだけど?」

 青年が初めて言葉を発する。

 予感が確信に変わった。

 やはり青年は、彼女に用があってこの部屋に入室したのであると。


「あんたの友達の、藤枝夏希さんについて教えてもらいたい」

「……」

 横峰は顔をしかめ、煙草をまた一口吸いながら、その青年の言葉をゆっくりと吟味する。

 そして、ゆっくりと煙を吐き出しながら答えた。


「……帰って。答える気は無いよ。今までのインタビューで色々と嫌な気分になったし」

 彼女が発した言葉は、刺々しい雰囲気をまとっていた。

「……最初はお涙頂戴のインタビューしてたくせに。あいつらのしでかしたことが分かった途端、『そんな奴の友人なんだから、あんたも何か悪いことやってるんじゃないか』って。……マジでムカつくのよあんたら。記事が売れれば何やっても良いわけ? ざけんなっつーの」

 憎々しげな言葉を、青年にぶつける。


 だが青年は、平然とした様子で言葉を返した。

「そりゃ災難だったな。報道関係の人間の中には、そういう意地の悪い奴らも少なくないからな」

「は……?」

 その言葉に、横峰は首を傾げる。

「……あんた、記者じゃないの?」

「探偵だよ。青木衛っていうんだ」

「探偵?」

「ああ。歌舞伎町のバラバラ殺人の犯人を捜してくれって依頼があってね。今、被害者の知り合いを回ってるところなんだ」


 その言葉に、横峰が眉をひそめる。

 青年に、嘘を言っている様子は無かった。

 だがその言葉の内容は、フィクションの中でしか有り得ない話であった。

「探偵が殺人事件の調査って……。ドラマとか漫画じゃないんだからさ……」

「そう思うよな。だけど本当なんだよ。実際に依頼があって、こうやって調査してるんだ」

「……」


 横峯はもう一度煙を吸い、吐き出した後答えた。

「悪いけど、気分じゃないの。他当たってくれない?」

「……そうか」

 衛が残念そうな呟きを漏らす。諦めの感情がこもった呟きを。

 しかし、その呟きを耳にしても、横峰は安心出来なかった。


 これまでに来た記者達は、横峰が拒否しても、しつこく取材を迫って来た。

 中には、彼女の自宅の前まで付いて来た者すらいた。

 この青年が本当に藤枝のことを知りたいのであれば、彼も間違いなく、記者達のように迫って来るであろう。

 だから、ここで安心してはいけない──そう思っていた。


 だが──

「……なら仕方ないな。だったら別の人の所を回るよ。付き合わせて悪かったな」

「え……?」

 ──衛は、驚くほどあっさりと引き下がった。

 その反応に、横峰は思わず目を丸くする。


「……えらく物分かりが良いね」

「小さい頃から『人の嫌がることはするな』って教えられてきたもんでね」

「プッ……なにそれ」

 衛の返答に、横峰が思わず噴き出した。

 悪人のような顔付きをしたこの青年の口から、そんな子供っぽい理屈が飛び出してくるとは思わなかったのである。


「あんた、変な奴だね」

「よく言われるよ。胡散臭いとか、怪しいとかな。何せこのツラだ。あんたから疑われるのも、無理はないよな」

「はは……」

 横峰は苦笑する。

 最初の刺々しい雰囲気が、いつの間にか消え失せていた。


「……どうしても知りたいの?」

「出来れば」

「……あんたを信用して大丈夫なの?」

「俺がもしあんただったら、絶対信用しないな」

「フフッ……」


 その時横峰は、己の心の中の警戒心が、ゆっくりと薄れていくのを感じた。

 この男は胡散臭い。確かに胡散臭い。

 だが、しつこい上に陰険な報道メディアの人間達よりは、このあまりにも胡散臭すぎる青年の方が信用出来るのかもしれない──そう思い始めていた。

(単純だなぁ、あたしって)

 心の中で独り言ちる。

 そしておもむろに、衛に問い掛けた。


「……何が知りたいの?」

「何か教えてくれるのか?」

「教えられる範囲でならね。犯人に繋がる手掛かりなんて無いと思うけどさ……」

「いや……助かるよ。ありがとう」

 そう礼を言うと、衛はまた一口、缶コーヒーに口を付けた。

 次回は、金曜日の午前10時ごろに投稿する予定です。

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