妖花絢爛 三十七
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「カアアアアッ!!」
禍々しい殺気を帯びた桜花の舞が、衛を死へと誘う。
鉄扇による刺突の連打が、機関銃の如き勢いで衛へと迫り来る。
それを衛は、隙のない体捌きと、必要最小限の手の動きを用いて弾き続けた。
身体強化を施した今の衛ならば、僅かな隙を突き、反撃に転じることも可能であった。
たが、衛はそうしなかった。
反撃したところで、また姿を消され、奇襲を受けるだけである。
ならば、ここは防御に徹し、時間を稼いだ方が得策ではないか──そう判断したのである。
しかし──衛の防御動作が、徐々に鈍り始めた。
捌く勢いが弱まり、身体操作が遅くなっている。
衛は、その原因を理解していた。
──身体強化の副作用による、体力の著しい消耗。
強化術のタイムリミットまで、もう時間がない。
「どうした醜男、足腰に力が入っておらぬぞ!」
両の鉄扇で、殺意に塗れた舞を躍りながら、桜花が怒号を撒き散らす。
「さてはそなた、精根尽き果てて闘えぬと申すか! 実に情けない人間よ! 四肢をもぎ取り、更に醜い姿へ変えてくれるわァアアアアッ!!」
憤怒の声と共に、攻撃が更に勢いを増す。
嵐の如き扇の舞を、衛は必死に捌き、防ぎ、堪え続けた。
──その、数秒後のことであった。
「……!」
衛が目を見開く。
同時に、防御のために動かし続けていた両腕が、ピタリと止まった。
──体に力が入らない。
──激しい目眩がする。
──頭が酷く痛い。
先ほど脳震盪を起こした時のような症状が、再び衛を襲った。
身体強化のタイムリミットが来たのである。
「く……」
足元がおぼつかない。
その隙に、桜花は鉄扇を開き──平手打ちのように直撃させ、衛の横面を吹き飛ばした。
「……ッ!?」
衛の小柄な体が、きりもみしながら地面に叩き付けられた。
辛うじて受け身をとったため、頭部を強打してはいない。
しかし、すぐに立ち上がることは出来なかった。
体力の消耗が激しく、足はもちろんのこと、全身に力が入らない。
片膝をつき、体を起こすのがやっとであった。
「ホホホハハハハハ! 実に無様な姿よ! ホハハハハハハハ!!」
桜花が高笑いをしながら、疲弊している衛に歩み寄る。
そして、片膝をつくのがやっとの衛を、嘲りの目で見下ろした。
「はぁ……はぁ……」
桜花のその見下しの視線に対し、衛もまた、鋭い眼光を返す。
衛の口から、言葉は出ない。出るのは、荒い呼吸の音だけである。
その代わりに、彼の目が、幾千の言葉よりもずっと多くのことを語っていた。
「……ほう。その目──この期に及んで、なおも足掻こうというのか」
桜花の顔から嘲りが失せ、再び憤怒が表れる。
「もう足掻く力など残ってはおらぬというのに、何と往生際の悪い。醜い、実に醜き男よ、其方は!」
桜花はそう罵ると、右の鉄扇を開き、扇沿を衛の肩に突き付けた。
「だが……悪足掻きも終わりよ。いよいよ年貢の納め時ぞ。もっとも、すぐに楽にしてはやらぬがな」
桜花がほくそ笑む。
対する衛は、荒い呼吸を繰り返す合間に、辛うじて言葉を返した。
「はぁ……はぁ……。……おい……その笑い方は……止めとけ……。口の端の皺が酷くなって……更に老けて見えるぜ……」
「……!! まだほざくか、この虫けらめが!!」
桜花の頬が一気に紅潮し、口から激情が迸った。
同時に、わなわなと震える鉄扇を衛から離し、天高くへと掲げた。
「其方には、辞世の句を詠ませる暇すらも与えぬ! この場で全身を切り刻み、肉塊へと変えた末、この地にばら撒いてくれるわ! 土へと還り、この桜を永久に支え続けるが良い!! 死ねェェエエエィッ!!」
桜花が鉄扇を降り下ろす。
衛の左肩に狙いを定め、凄まじい勢いで腕を切り落とそうとし──寸前で、止まった。
同時に──桜花の身に、異変が起こった。
「グ……!? あ、ガ、ガ!?」
桜花の表情が強張り、びくびくと痙攣を始めた。
肌は青ざめ、毛穴から冷や汗が吹き出し、口からは涎と苦悶の声が漏れていた。
直後、刺されるような鋭い痛みが、抉られるような苦しい痛みが、そして、殴られるような激しい痛みが、彼女の全身を責め抜いた。
「グ、ガ、ギ、ギャアアアアーッ!!」
同時に、断末魔の如き大絶叫が、空洞に木霊した。
「な、こ、この、痛みは!? この痛みは、一体、ア、あがぁアアアアアアアーッ!!」
その時──男の声が響いた。
「よォ、どうしたクソババアさんよ! 随分と苦しそうじゃねえか!!」
「な、に──!?」
「俺のことを忘れてたか!? それとも、最初ッから眼中になかったか!?」
声が上がった方向を、桜花が睨み付ける。
「──な!?」
直後、その顔が、驚愕と戦慄によって凍り付いた。
彼女の視線の先には、依然として壮麗に咲き誇る、巨大な妖桜が。
そして、その傍らには──
「だったらしっかり刻んどけ! 俺の名は、『稲妻進藤』──! 進藤雄矢様だッ!!」
──大胆不敵にそう叫び、勝ち誇ったかのようににやりと笑う、進藤雄矢の姿があった。




