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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 三十五

 ──その瞬間、空洞内の時が止まった。


 主人や己たちを脅かす者に向かっていく枯人たち。


 妖桜に生命力を吸われ、苦悶する女性たち。


 念力のために、妖気を練ろうとしていた舞依。


 主人の闘いを、固唾を飲んで見守っていたマリー。


 苦しみ喘ぎながらも、耐え忍んでいたシェリー。


 未だ鉄扇を受け止めつつ、憐みの表情を浮かべ続ける衛。


 そして──嘲笑を浮かべたまま固まっている、言葉を投げ掛けられた張本人の桜花。


 唯一の例外は、妖桜へこそこそと歩を進み続ける、進藤雄矢のみであった。

 彼以外の全てのものが、瞬間的に凍り付いてしまったかのように静止していた。


「…………。…………。…………は?」

 沈黙を最初に破ったのは、桜花であった。

 顔には未だに笑みが浮かんでいたが、目は見開かれ、頬はぴくぴくと引きつっていた。


「……い、今……な、何と、お、お仰ったのかしら……?」

「『ババア』っつったんだよこの『ババア』。 耳が遠くなってんのか『ババア』」

「ば……ばば……!?」

 桜花は、金魚のようにぱくぱくと口を開く。

 自分がぶつけられた言葉の意味が、まるで理解出来ないとでもいうように。


 その隙に衛は、温存していた抗体を練り、全身に循環させ始めた。

 そうしながら、桜花への罵倒を継続した。

「おう、『ババア』だ『ババア』。パッと見て『若くてすげえ美人だ』と思ったけど、よく見たらただ念入りに若作りしてるだけのブスじゃねえかこの『ババア』」

「わ……わか……づく……ブ……ス……!?」

 桜花の表情から笑みが消えた。

 怒りの奔流を堪えるかの如く、歯をギリギリと噛み締めて、額とこめかみに筋が浮かび上がっていた。


 衛は、桜花の表情を見ても、罵倒をやめなかった。

 それどころか、内容をより過剰にしながら、一層ねっとりとした口調で、桜花を煽り続けた。

「しかもあれだ……近くで見たら、皺の跡残りまくりじゃねえか『ババア』。おまけに粉まで吹いてんじゃねえか『ババア』。しっかり肌のケアしろよ『ババア』。厚化粧でごまかしてんじゃねえよ『ババア』。歳考えろよ、このブスでアバズレな『クソババア』」


「な……ッ……ぐ……こ、こ……の……この……!!」

 わなわなと、桜花が震え始めた。

 白く透き通った美しい肌が紅潮し、両の目尻が天を衝かんばかりに吊り上がる。


 やがて──桜花の中で煮え滾っていた怒りは、最高潮に達した。

「こンの──」

 右の鉄扇に込めた力を抜き、受け止めている衛の両腕から素早く離す。


 そして、それを高らかに振り上げ──

「──愚かで醜悪な人間めがァァアアアアアッ!!」

 ──憎悪の絶叫と共に、衛に向かって振り下ろした。


(今だ!!)

 振り下ろされた鉄扇を、衛はギリギリまで引き付けた後、わずかに横へ移動して回避。

 同時に、全身を循環する抗体を用い、身体強化の術を肉体に施す。

 直後、二つの鉄扇による横薙ぎの打撃が、衛を強襲する。

 衛は上体を傾けスウェーし、これらを躱した。

 強化術を施していなければ、反応と行動が共に遅れ、負傷していたであろう。


「よくも!! 私に!! 私に向かって!! よくも!!」

 力任せに鉄扇を叩き付けて来る桜花。

 衛はそれらを躱し、あるいは捌く。

 対応が遅れた攻撃は、腕で受け止めた。

 身体強化により肉体の強度は上がってはいたが、それでも骨が軋む音が聞こえた気がした。


「貴様、貴様! 美しい私に向かって! 万物の頂点に立つ私の美に向かって! 何と申した! 申してみよ醜男! 取り下げることなど許さぬぞ醜男!! その口と醜い顔を引き裂いてくれるわァアアアアーッ!!」

「何キレてんだ『ババア』。もしかして図星を突かれてちっぽけなプライドに傷でも付いたか『ババア』。そりゃあ悪かったな『ババア』。謝るよババア。許しておくれよ『クソババア』」

「ぬゥ──オオオーッ!! おのれェエエーッ!!」

 ババアババアと連呼されたことにより、桜花のボルテージが更に急上昇する。

 もはやその顔に、あの妖艶な美貌など残っていなかった。

 彼女の顔にあるのは、憎悪と殺意によって禍々しく歪んだ、般若の如き形相であった。


 更に激しさを増す攻撃を、衛は強化した肉体を駆使して、的確に防いでいく。

 そうしながら、衛は内心ほくそ笑んでいた。


 ──桜花は、自身の美貌に絶対的な誇りを持っている。

 己こそが最上の美たる存在であり、美の化身であると考えている。

 故に桜花は、己の美が汚されるような行為を絶対に許さない。

 衛が泥を蹴り飛ばして着物を汚したり、衛が言い放った『アバズレ』という言葉に激昂したのが、何よりの証拠だ。


 ならば、その誇りを汚してやれば──思い切り罵倒し、挑発してやれば、更に激昂するのではないか。

 そして激昂した末に、衛に対して怒り狂い、周囲が全く見えなくなるのではないか──そう考えたのである。

 結果──桜花は衛以外が見えぬほどに激昂した。

 衛の目論見(もくろみ)は、見事に当たった。


 否──当たったどころではなかった。

 それどころか、大成果を挙げたといっても過言ではなかった。

 何故なら、桜花の行動が、比較的読みやすくなったためである。


 桜花の攻撃は、より激しさを増し、速度・威力ともに凄まじいものとなった。

 しかし、消失と出現の際に、僅かに隙が生まれ始めたのである。

 この僅かに生じた隙と、身体強化により──反撃を行うことは出来なかったが──桜花の出現に備える時間が出来、衛は攻撃を防ぎやすくなったのである。


(……行ける。この調子なら、もうしばらくは持つはず。その間に、あいつが事を起こしてくれるはずだ)

 衛は神経を研ぎ澄ませ、桜花の攻撃を素早く防御する。

 ──鉄扇による刺突。

 横に受け流していなければ、左目が使い物にならなくなるところであった。


 ──桜花の姿が、また消失する。

 その隙に、足を動かし続けている雄矢を見た。

 ──雄矢もまた、衛の闘う姿を見ていた。

(こいつは引き受けた。雄矢、後は頼むぞ……!)

 衛は頷き、心の中で、友にそう呼び掛けた。

 そして、すぐさま周囲を探り、桜花の出現に備えた。


 ──抗体が暴走していない状態で行使する、身体強化術。

 そのタイムリミットまで、残る時間は、あと僅かであった。

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