表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
225/310

妖花絢爛 三十四

 あけましておめでとうございます。本年も『魔拳、狂ひて』をよろしくお願い致します。

25

 ──どれほどの時間が経過したのであろうか。

「はあ……はあ……ッ……チッ……!」

 衛は、未だに桜花の攻撃を捌き続けていた。

 肉体も精神も、当に限界寸前のところまで近付いている。

 それでも衛は、体を動かし続けていた。

 敵があげる高笑いの声を耳に入れないようにしながら、全神経を集中させていた。

 そうしながら、逆転のための策を見出そうとしていた。

 衛の心は、決して折れてはいなかった。


(……ん?)

 その最中──一瞬、衛は思わず己の目を疑った。

 サディスティックな笑みを浮かべて攻めかかって来る桜花──その背中の向こう側に、見知った人物がいた。

 ──雄矢だ。

 大きな体をやや屈め、こちらをしきりに気にしている。

 そうしながら、近寄りつつ攻撃してくる枯人たちを躱し、小走りでどこかへ向かっていた。

 そうしながら、小走りでどこかへ向かっていた。

(あいつ、一体何を……!?)


「隙あり!」

「ぐッ!?」

 鉄扇が、衛の水月に直撃する。

 鍛えていない人間ならば、今の一撃で内臓破裂──否、胴体を刺し貫かれていたであろう。

 胃液が逆流するのを堪えながら、衛は後退り、構え直した。


「ホホホホホ、余所見をするだなんて、随分と余裕がおありですわね! それでは、一層激しくいきますわよ!」

 桜花の攻撃が、よりトリッキーなものになる。

 緩急の差が激しさを増し、軌道が更に見え辛くなる。


「く……!」

 衛は顔を歪め、両腕でそれらの攻撃を捌きにかかる。

 そうしながら──雄矢が何をしようとしているのかを考えた。


 ──雄矢は、空手バカである。

 しかし、空手バカではあるが、頭が悪い訳ではない。

 いざとなったときの冷静さ──とりわけ、喧嘩や試合で劣勢になった際には、凄まじい頭のキレを見せることがある。

 衛は、それを知っていた。これまでに、鍛錬や立ち合いで、何度も雄矢と拳を交えていたから、それを理解していた。


 だから衛には、今の雄矢の行動にも、何か理由があるのだと思った。

 自分に出来る範囲で、この闘いに助勢しようとしているのだと考えた。

(……何か考えがあるんだ、あいつには。この状況を打破出来る何かが!)

 衛はそう思いながら、桜花の攻撃に対応し続けた。

 そして、桜花に気取られぬよう細心の注意を払いながら、雄矢が何をしようとしているのかを見極めようとした。


 ──その、次の瞬間のことであった。

「……!」

 衛は、全てを目撃した。


 ──妖桜が、強く光った。

 ──桜花の姿が、霧散して消え失せた。

 ──雄矢がいた。

 ──妖桜に近付いていた。

 ──桜がもう一度光った。

 ──自身の右側から、桜花の気配がした。


「せいッ!」

「っ!」

 右側面から迫る桜花の攻撃を、衛は屈みながら回避。

 すぐさま構え直し、再び鉄扇による攻撃の雨を防ぎ始めた。


 そうしながら、衛は先ほど目撃した一連の光景を、頭の中で何度も反芻した。

 そして──遂に、理解した。

(……そうか)


 ──桜花の消失・出現の謎。

 ──妖桜と桜花の繋がり。

 ──そして、雄矢が今、妖桜へ向かっている理由。

 ──桜花の目と枯人を掻い潜りながら、雄矢がしようとしていること。

 それらの全てを、衛は理解した。

(……そういうことか……!)


 衛の体に、力が漲る。

 潰えかけていたはずの体力と精神力が、再び湧き上がってくる。

 ──ここで倒れる訳にはいかない。

 雄矢は今、勇気を振り絞って闘おうとしてくれている。

 ならば自分も、闘わなければならない。

 彼がやろうとしていることを成功させるためにも、敵の注意を逸らし、時間を稼がなければならない──そう決意した。


「ハッ!!」

「く……!」

 衛は両腕を交差させ、振り下ろされる鉄扇を受け止めた。

 桜花は構わず、鉄扇に重みと力を込め、そのまま衛の両腕をへし折りにかかる。


「ぐ……っ……!」

 鉄扇が腕の肉に食い込む。

 みしみしという骨の軋む音が、腕の中から聞こえてくる。

 衛は歯を食いしばり、何とか堪えた。

 そうしながら、起死回生のための一手を見出すべく、思考回路をフル回転させていた。


「ホホホホホ! あなたは私に勝てないということが、まだ分からないのかしら! 観念して、この場で事切れなさいな!」

「グ……ッグ……!」

「まあ、なんて酷い表情! ただでさえ醜い顔なのに、堪えた顔はまた格別に酷いですわね! まるでこの世のあらゆる悪を働いた外道のような顔ですわ! ホホホホ!」

「……ッ」


 衛は苛立ちを堪えるべく、一層強く歯を食いしばった。

 ──自分が悪人のように醜い顔をしているという自覚なら、充分にある。

 毎朝、髭を剃るために鏡を見ると、つい溜め息が出るくらいであった。

 しかし、それを過剰に、何度も指摘されると、流石に腹が立った。


「……あら? 何ですの、その不満そうな顔は? もしやあなた、『醜い』と言われるのが嫌なんですの? 醜いくせに、『醜い』と言われるのが嫌なんですのォ!? ホホホハハハハハ!!」

「う……る……っせえ……!」

「まあ、何て生意気な口を! 醜男の分際で! 万物の中で最も美しいこの私に向かって! 『自分は醜くなどありません』と仰るのォ!? ホホホハハハハハハハハ!!」

「っ……ぐ……!」


「それでも、恥じることはありませんわ! 何しろ、私と比べれば、全ての者は全て醜いのですもの! 肥やしに選ばれたこの者どもも、人の中ではまともな部類に入っておりますが、それでも私の美しさに比べればありきたりな顔ばかり! 生きる価値などない、有象無象の塵ばかりですわ!! ホホホホホホハハハハハハハ、ハハハハハハハハ!!」

「……っ……貴様……ッ!」


 衛の苛立ちは、最早限界を超えていた。

 苛立ちは怒りに、怒りはやがて、殺意へと変わっていった。

 もはや、衛の内なる殺意の炎は、爆発寸前であった


 自身を貶されるだけならば、腹を立てるだけで済んだ。

 他の人々を侮辱され、『価値がない』と断じられたことが、一番許せなかった。

 命と心を侮辱し、弄び、己と妖桜こそが至高の存在と考えている、この女妖怪が許せなかった。


 ──その、刹那のことであった。

(……!)

 ──衛は、思いついた。

 起死回生の一手を。

 雄矢を桜花の目から逃し、時間を稼ぐ方法を。


「さあさあ、早く息絶えなさい、この醜男! 五体を引き裂いて、すり潰して肉片に変えてばら撒いて! この桜を支える土の一部へと変えて差し上げますわ! ホハハハハハハハハ!!」

「……だよ……」

「……は?」

 桜花が、呆けた顔をした。

 衛が何と言ったのか、聞き取れなかったようであった。


「何ですの、醜男? 塵の分際で、私に何か仰りたいことでもあるんですの? それならば、大きな声で仰って下さらないかしら? それとも、虫の息だから小さい声しか出せないのかしら?」

 桜花はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、猫なで声で衛を煽った。


「あ……? 聞こえなかったのか……ならもう一回言ってやるよ……」

 衛が顔を上げた。

 両目には殺意があった。

 しかし、表情には、殺意も怒りもなかった。

 代わりに──『哀憐(あいれん)』があった。

 過剰といっても良いほどの、強い同情と憐み。

 それを刻み込んだ表情を浮かべながら──ゆっくりと、はっきりと、大きな声で言った。

 


「『化粧が濃い』っつったンだよ、この『ババア』」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ