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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
224/310

妖花絢爛 三十三

 諸事情により、更新が遅くなり申し訳ありません。

 それでは、よろしくお願いいたします。

24

「シェリー……? どうしたの? だ、大丈夫!?」

 マリーの動揺した声を耳にして、雄矢は闘いを中断し、顔を向けた。

「マリーちゃん、どうした!?」

「ゆ、雄矢、シェリーが変なの……!」

 マリーは泣きそうな顔をしながら、雄矢に助けを求める。

 雄矢は駆け寄り、マリーの傍に埋まっているシェリーを見た。


「……はぁ……っ、く……はぁ……はぁ……!」

 シェリーの白い肌が、上気したように紅潮している。

 表情は苦し気に歪み、瞳は力なく虚ろになっていた。

「おい、しっかりしろ。大丈夫かシェリーさん……!?」

「はぁ……はぁ……だ……大丈夫……まだ、何とか……!」

 シェリーはそう言ったが、彼女が危機的状況に陥っているということは、誰の目にも明らかであった。


「貴様、何をした!?」

 その時、衛の逆上した声が、空洞の至る所に響き渡る。

 直後、からからという桜花の高飛車な笑い声が聞こえてきた。

「私は何もしておりませんわ! 今はちょうど、我が愛しの桜の食事の時! 肥やしどもから、生命力を吸い取っているだけですわ!」

「……!」

「ここの肥やしどもには、あらかじめ桜の根を絡み付かせた上で、土の中に埋めてあるのです。そして日に数回、体に絡んだ根が、肥やしの体から生命力を奪い取っていきますのよ」

 嬉々とした表情で、桜花はそう語った。


「……クソッタレが……そういうことかよ……!」

 離れた場所で聞いていた雄矢は、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。

 それからシェリーに視線を戻すと、彼女が先ほどよりも辛い様子をしていることに気付いた。


 ──このまま桜が生命力を吸い続ければ、シェリーたちはますます衰弱する。

 衰弱するだけならばまだいい。

 もし吸われ続けて、完全に干からびて死んでしまった人間は──。

(衛から聞いた通りに、枯人になっちまう……!?)

 雄矢がそう思った、まさにその時であった。


「……! あれ見て!」

 マリーが叫び、指差す。

 人差し指から遥かに離れたその先に──震えているミイラの生首があった。

 震えているのは、その一体だけではない。

 この場所の、完全に干からびてしまった全てのミイラが、ぶるぶると震えていた。 


 それらのミイラの首元から、根のようなものが生え、干からびた皮膚を包み込んだ。

 次の瞬間、根がミイラと同化を始めた。

 根と混ざり合った皮膚は、枯れ果てた木のような状態となっていた。

 ──生命力を吸い尽くされた人間が、枯人と化したのである。

 同化を終え、枯人と化したミイラは、次々に地面の中から這い出し始めた。

 まるで、墓穴の中で目を覚まし、地上へ甦るゾンビのように。


「……!」

 その光景を目の当たりにし、雄矢は思わず唾を飲み込もうとした。

 しかし、口の中がからからに乾いており、空気しか呑み込めなかった。


「ほほほほほ……! 何と美しい光景……! 新たな下僕が産声を上げる瞬間は、いつ目にしても美しいものですわ!」

 桜花の歓喜の声が、地下空洞に響き渡った。

 その声が鼓膜を震わせる度に、雄矢の心に、少しずつ絶望が滲み始めた。

「栄えよ桜……朽ちよ人々……! 永久(とわ)に花咲け、妖怪桜……! 我が悲願にして、我がさだめ……! 優雅な桜よ、永久に咲き誇れ……!!」


「やかましい、アバズレが!!」

 怒号と共に、衛が地面を蹴り、泥を飛ばした。

 直後、また妖桜が強く発光──同時に、桜花の姿が霧散する。

 衛は戸惑うことなく、走る体勢に移行。

 一歩、二歩と足を前に踏み出し──その時であった。


「ぐッ!?」

 衛が呻き、吹き飛ばされた。

 桜がまたしても強く輝き、桜花が出現。そのまま衛の胴体目掛け、鉄扇を勢いよく叩き込んだのである。


「痴れ者!!」

 桜花が怒りの咆哮を上げた。

「二度ならず三度までも!! その上、私に向かって阿婆擦(あばずれ)などと!! もう許しませんわよ!!」

 そう叫ぶと、桜花は素早く跳び、上空から衛を襲う。


 衛はそれを転がりながら回避し、立ち上がる。

 直後、桜花が低空飛行を行いながら詰め寄る。

 そのまま、両腕を上げてガードを試みる衛へ、鉄扇を叩き付けようとし──その直前に、桜の強い発光と共に消失。


 ──直後、発光と同時に、衛の背後に桜花が出現。がら空きの背中に、鉄扇の一撃。

「うお──! ……!?」

 後ろ回し蹴りを放つ衛。

 しかし既に、桜花はその場から消えていた。

 直後、桜の輝きと共に桜花が出現し、衛を頭上から襲う。

 それを衛は、寸でのところで横へと回避した。


 ──桜花が攻めると、衛が動く。

 直後に消え、再び現れ、衛を攻める。

 そんな光景が、幾度も幾度も繰り返されていた。

 闘いの勢いは、もはや桜花に傾いていた。

 序盤に衛が見せた勢いは、完全に覆されていた。


(衛が……危ねえ……。助けねえと……早く、助けに行かねえと……!)

 雄矢の心が、体に指示を送る。

 危機に陥っている友を何とかして助けようと、自身に言い聞かせる。


 しかし──動けない。

 足が、一歩も前へと進まない。


 その時──雄矢は、己の右手が震えていることに気付いた。

 否、右手だけではない。

 左手が、両足が、全身が震えていた。


(おい……何でブルってんだよ……!? こんな大事なときに、何でビビってんだよ……!?)

 雄矢は顔を歪め、両拳を握りしめた。

 短く切り揃えた爪が肌に食い込むくらい、思い切り強く握り込んだ。

 しかし──それでも、震えは治まらなかった。


 雄矢の心は、絶望に支配されようとしていた。

 桜花の妖術によって味わった、負傷と痛み。

 眼前で繰り広げられる、怖ろしいホラー映画の世界を現実にしたような光景。

 そして──苦痛に等しいほどの、己の無力感。

 それらがぐちゃぐちゃに混ざり合い、言いようのない虚無と絶望が生じていた。


 ──勝てない。

 ──こいつらには、勝てない。

 ──ここで、死ぬ。

 ──ここで、殺される。

 ──全員、この恐ろしい場所で、あの化物どもに殺される。

 雄矢の心に──そんな考えが、いくつも浮かび上がった。


(……よせ……やめろ俺……! 弱い考えを起こすな!)

 雄矢は歯を食いしばり、己を叱咤する。

 まだ諦めるわけにはいかない。

 衛はまだ闘っている。

 マリーも舞依も、シェリーも諦めていない。

 なのに、何故自分だけ絶望するのだ──そうやって、中に巣食う弱い自分を責め、奮起しようとした。


 しかし──やはり、震えは止まらなかった。

 一歩も、前へ進むことが出来なかった。

「っ……ク、ソッ……!」


 ──その時。

「……!」

 ふと──雄矢の瞳に、茶髪のボブカットの女性の顔が映った。

 シェリーの隣に、間隔を空けて埋められている女性であった。


 目隠しと猿轡が巻いてあるため、どんな顔なのかは分からなかった。

 ただ一つ分かるのは──その女性が、苦悶し、泣いているということだけであった。


「ん……む……。グスッ……う……む……!」

 泣き声は、口に巻かれた布によって阻まれ、くぐもったものになっていた。

 滲み出る涙は、目を覆い隠している布を濡らしつつ、薄汚れている白い頬の上を伝っていた。


 そうやって泣きながら──女性は、静かに震えていた。

 生命力を奪われる苦しみと、この状況から逃れることが出来ないという恐怖。

 それらに打ちひしがれて生じた絶望が、ほんの僅かな光明すら届かぬほどに、彼女の心を覆い隠していた。


「……」

 雄矢は静かに、その泣いている生首を見つめていた。

 それから、己の右手を見た。

 ──手は、相変わらず震えていた。

 外敵に怯える小動物のように、小刻みに震えていた。


 その手を──もう一度、握った。

 力は込めていない。軽く握っただけである。

 手は、まだ震えていた。


「……!」

 初めて、力を込める。

 手の震え方が変わった。

 小刻みであったはずの揺れが、大きくなっている。


 更に力を込める。

 揺れが、更に大きなものへと変わる。


 最大限の力を込め、拳を握り込んだ。

 短く切り揃えた爪が、掌に食い込むほどに、渾身の力を込めた。


 そして、わなわなと震えるその拳を──

「……ッ!!」

 ──己の右頬に、思い切り叩き込んだ。


「な……ゆ、雄矢!? いきなり何をしとるんじゃ!?」

 調子が幾分か戻った舞依の顔色が、驚愕によって再び青くなる。

「……おう。気にすんな」

 雄矢は顔をしかめ、そう言った。


 ──口の中から、鉄の味がした。

 血の味だ。

 口の中が切れて、出血したのだ。


 雄矢は、この味を知っていた。

 雄矢はこれまでに、この味を何度も感じてきた。

 空手の試合。

 武術家との立ち会い。

 ならず者との喧嘩。

 本気の闘いの時に、いつも感じてきた味であった。


 ──これは、闘いの味だ。

 ──これは、不屈の味だ。

 ──これは、生きようとしている味だ。

 ──これは、命の味だ。


「……」

 もう一度、右拳を見た。

 固く握り込まれた拳は、まだ震えていた。

 しかしそれは、最初のような、恐怖や戦慄による震えではなかった。

 別の感情により迸った震えであった。


 心の中には、まだわずかに恐怖が残っていた。

 しかし、それしかないという訳ではなかった。

 恐怖とはまた別の、強い想いが宿っていた。

 雄矢はもう、怯えるつもりはなかった。


「……ッ!」

 雄矢は、消失と出現を繰り返す桜花──そして、空間の中央に居座る、巨大な桜を睨みつけた。


 闘いの最中、雄矢は何度も『ある現象』を目撃していた。

 桜花が消える直前。そして、消えた桜花が再び現れる直前。

 その二つのタイミングで、妖桜の輝きが、一瞬強くなるのである。


 何故、そのタイミングだけ光が強まるのか──それは、雄矢にははっきりとは分からない。

 しかし、偶然光っているわけではなかった。

 必ずそのタイミングで、あの巨大な桜は強く輝いていた。


 ──桜花の消失・出現と、あの桜の輝き方には、何か関係がある。

 あの桜に、秘密が隠されている。

 妖桜を何とかすれば、桜花も倒せるはずだ──雄矢は、そう確信した。


 直後、雄矢は体を屈めた。

 そして、地べたに座り込んで休む舞依に、小さな声で尋ねた。

「……舞依ちゃん。ちょっとは回復出来たか?」

「う、うむ……念力であれば、あと何度かは使えそうじゃが……」

「分かった。なら、ここを頼む。マリーちゃんとシェリーさんを守ってやってくれ」

「え?」

 舞依は、わけが分からないといった顔で雄矢を見た。


「え、どうしたの雄矢……?」

「待って、あなた何をする気なの……!? 危険な真似は──」

 狼狽えるマリーと、雄矢を制止しようとするシェリー。


 そんな彼女たちに、雄矢は口に人差し指を当てる仕草をして見せた。

「考えがある。静かにしててくれ」

 そう言い、雄矢はぎこちなく笑った。


 それから、シェリーの隣の女性を見た。

 女性は、まだ泣いていた。

 苦し気に呻きながら、乾くことのない涙を、ずっと流し続けていた。


「……」

 雄矢は、その女性の頬に、右手で優しく触れた。

 その瞬間、女性は驚いたように、一度だけびくんと大きく震えた。


「……大丈夫だ」

 優しい声で、雄矢が言った。

 諭すように──あるいは、自身に言い聞かせるように、雄矢は言った。


「……絶対、助ける」


「……!」

 雄矢の言葉を聞いた女性が、もう一度大きくびくんと震えた。

 彼女が震えたのは、それっきりであった。

 絶望に震えることも、驚愕することも、もうなかった。

 安堵したかのように、その女性は、震えるのをやめていた。


 そして雄矢は──静かに。

 桜花の視界に入らないよう注意を払いつつ、回り道を始めた。

 目指すべき目標はただ一つ。

 中央で妖しく輝き続けている、不気味で巨大な妖怪桜であった。

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