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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 三十二

「な!?」

 踏み込もうとしていた桜花が、たたらを踏んだ。

 攻撃を止め、素早く両手の鉄扇を開く。

 そして、前に向かって、大きく扇ぐ。

「くッ!」

 同時に、突風の如き勢いの風が発生。

 飛来する細かい土砂を、絶えず舞い落ち続けている花びらたちごと、まとめて吹き飛ばした。


「ク……一度ならず、二度までも……」

 桜花が怨念に染まった声を発した。

「……現世(うつしよ)常世(とこよ)、双方の世の頂に立つの美を持つのが、この私と、あの桜。私たちこそが正しく、森羅万象における美の象徴。……だというのに、敬意の欠片すら抱かないだなんて。実に下品で、愚かな男だこと。父と母の顔を見てみたいものですわね」

「……あいにく、『他人を踏みにじるような輩を敬え』なんて教えられなかったんでね」

 衛は減らず口を叩きながら、頭の殴られた箇所を軽く抑えた。

 ズキズキと痛む。軽い内出血のようであった。

 そしてやはり、骨折はない。石頭なのが幸いした。


 ──しかし、視界は未だにぼやけている。

 その上、全身に上手く力が入らない。

 脳震盪を起こしていることは確かである。


 今はとにかく、時間が欲しい。

 少しでも休憩を──脳震盪から回復出来る時間を手に入れなければ。

 故に衛は──時間稼ぎを行うことにした。


「……だがまあ、確かに綺麗だな」

「……?」

「お前も、あの桜もな。ありきたりな表現ではあるが……正しく、この世のものとは思えねえ美しさだ。……悔しいが、それだけは認める」

「! ……あら」

 衛の口からこぼれた一言に、桜花は驚いたように目を丸くした。

 それから、気をよくしたのか──あるいは、滑稽に思ったのか。ゆっくりと、口元に微笑を浮かべた。


「……驚きましたわ。あなたのような野蛮な人間にも、美を解する心があっただなんて」

「随分な言い草じゃねえか。綺麗かどうかくらい、俺にも分かるさ」

 衛は、自身の考えが顔に表れないよう注意しながら、心にもない言葉を口にした。

 そうしていると──視界のぶれが、徐々に治まってきた。

 定まらなかった焦点が合い、ノイズに乱されているかの如くおぼろげであった桜花の姿も、はっきりと見えるようになってきた。


「……だが、所詮この世は盛者必衰だ。どんな綺麗なものも、いつかは衰える時が来るものだ」

「ほほほ……! 何を愚かなことを。そのような時など来るはずがありませんわ」


「フン。その根拠は?」

「そんなもの、決まっていますわ。何故ならここには、こんなにも多くの肥やしどもがいるのですから!」

 桜花は、滑らかな動きで両腕を開き、衛に示した。

「これほどの数の肥やしの栄養を使えば、この愛しき桜は数十年──いえ、それよりも長い時を、満開のまま過ごせましょう。その間に、地上にはまた、新たに肥やしとなる女どもが育つはず。それらを下僕たちに捕らえさせながら、私はここでのんびりと花見を楽しむのです。……ああ、想像するだけで歓喜が止まりませんわ……! 甘く優雅な日々が、永久に……!」


「なるほどな。……だが、現実はそう甘くねえぞ」

 恍惚の表情で語る桜花に、衛は呆れた様子で言った。

「周りをよく見てみろ。お前の手下どもは、俺の仲間がほとんどぶっ殺した。残った連中も、じきに全て始末される。……そして俺も、お前を殺す。それで全てが終わる。永久なんてまやかしは、俺たちが全部台無しにしてやる」


「ふふ。口だけは達者ですわね。私の姿を捉えられず、先ほどまで無様な姿を晒していた癖に」

 桜花は嘲笑した後、周囲を見回した。

 その顔に浮かんでいた笑みが消え、ゆっくりと、落胆の表情へと変わっていく。

「……まあ、確かに下僕の数が少なくなったことは事実ですわね。何てことをしてくださるのかしら。次の肥やし探しが大変になってしまうわ……」

 そう言うと、うんざりしたような様子で、桜花は溜め息を吐いた。


 その直後、不意に桜花が、何かを思い出したかのように口を開いた。

「……あら? もう時間ですの?」

「……?」

 桜花が不意に呟いた一言に、衛がいぶかしむ顔をする。


 ──その時であった。

「む……ぐむ……!?」

「ン……ムーッ……!」

「……! っ……!」

 衛の足元から、声が上がった。

 視線を落とすと、女性たちの生首が、呻き声を漏らしていた。

 目隠しと猿轡のための布の隙間。そこから覗く、微かに土に汚れた肌に、急速に赤みが差した。


「……!? 何だ!?」

 衛は動揺しながら、足元を見回す。

 そうしている間に、呻き声を上げる生首の数が、徐々に増え始めた。


「シェリー……? どうしたの? だ、大丈夫!?」

 背後から、焦りの声が上がった。

 振り替えると、後方に焦った表情で下を向くマリーの姿が。

 その足元の地面には、シェリーの首が生えている。

 表情は見えなかったが、彼女の後頭部も、何かを堪えるように震えていた。


「貴様、何をした!?」

 衛が向き直り、桜花に向かって目を剥く。

 その様を見た桜花は、愉快そうにからからと笑った。

「私は何もしておりませんわ! 今はちょうど、我が愛しの桜の食事の時! 肥やしどもから、生命力を吸い取っているだけですわ!」

「……!」


「ここの肥やしどもには、あらかじめ桜の根を絡み付かせた上で、土の中に埋めてあるのです。そして日に数回、体に絡んだ根が、肥やしの体から生命力を奪い取っていきますのよ。……そして、生命力を全て吸い付くされ骸と化した肥やしには、新たな生命となり、桜に遣える栄誉を与えるのですわ!」

 溢れんばかりの高揚感を顔に表しながら、桜花は歓喜の声を上げた。


 その時──地面の生首に、異変が起こった。

 変化が生じたのは、干からびた生首。眼球がなく、土気色のミイラと成り果てた、女性の生首であった。

 その生首が──震え始めた。

 カタカタ、カタカタと。突然、霊魂か何かが乗り移ったかのように、微弱に揺れ始めた。


 直後──生首の周囲の地面から、何かが複数突き出てきた。

 木の根──妖桜の根である。

 妖桜の根が、まるで触手のようにうねりながら、地面を突き破り、顔を出したのである。


 それらの根は、ミイラ化した生首を添え木にするかのごとく、うねうねと絡み始めた。

 ミイラは、その干からびた皮膚の全てを、根によって覆い隠され──ピタリと、震えるのをやめた。


 次の瞬間──絡み付いた根が、下に隠れた皮膚と、融け合うように混ざり始めた。

 同時に、既に根と同化を終えた腕が、土煙を上げながら地面から突き出てきた。

 更に、反対の腕が地面から飛び出し、両腕をついて土の中から這い出ようとする。


 そして、根と混ざり合った両足が地面を踏み締め、立ち上がった。

 その時既に、顔に巻き付いた根は、完全に同化を終えていた。

 根と溶け合った顔は──他の枯人と、大差ない顔をしていた。


 枯人へと変化したのは、そのミイラだけではなかった。

 土に埋められ、息絶え、完全に干からびている生首全てに、同じような変化が起こっていた。

 まるで、羽化を終えた甲虫たちが、一斉に地上へ現れるかのように。


 しかし──そこに現れたのは、甲虫でも、人間でもない。

 人の身に生まれながら、人としての死すら迎えられなかった、人とは異なる、異形の存在であった。 


「ほほほほほ……! 何と美しい光景……! 新たな下僕が産声を上げる瞬間は、いつ目にしても美しいものですわ!」

 その光景を見た桜花は、恍惚の表情で笑った。

 ぞっとするような笑い声が、空洞中に響き渡り、新たな枯人の候補たちを震え上がらせた。

「栄えよ桜……朽ちよ人々……! 永久(とわ)に花咲け、妖怪桜……! 我が悲願にして、我がさだめ……! 優雅な桜よ、永久に咲き誇れ……!!」


「やかましい、アバズレが!!」

 桜花の言葉を、衛の怒号が遮った。

 歯を剥き出し、憎悪を露にした衛は、地面を力強く蹴り、桜花に向かってもう一度泥を見舞う。


 ──が、泥は届かなかった。

 衛が地面を蹴ったのと同時に、桜花はまた、霧のように姿を消してしまったのである。


 だが、衛は驚くことよりも、行動することを優先した。

 即ち、妖桜への突撃である。

 妖桜さえ潰してしまえば、女性たちが生命力を吸収されることはなくなり、既にミイラ化している遺体も枯人にならない。

 そうなれば、残る障害は桜花のみとなる──そう思い、衛は勢いよく足を前へ踏み出した。


 だが──衛が二歩目を踏み出した、その時であった。

「ぐッ!?」

 ──一瞬、妖桜の光が強まったような気がした。

 次の瞬間、脇腹に激痛と衝撃。

 骨が軋む音が聞こえた気がした。

 そのまま勢いよく弾き飛ばされ、地面を転がる。

 桜花だ。出現のタイミングが、先ほどまでより早い。


「痴れ者!!」

 声を荒げ、桜花が叫んだ。

「二度ならず三度までも!! その上、私に向かって阿婆擦(あばず)れなどと!! もう許しませんわよ!!」

 同時に、桜花が跳躍。

 倒れている衛に、追い打ちを敢行する。


「く──!」

 衛は歯を食いしばり、横に転がる。

 女性の顔に衝突していないことを心の奥底で安堵しながら、素早く立ち上がった。


 直後、桜花が低空飛行をしながら迫り来る。

 それを目にした衛は、両腕を上げて構えた。

 そして、桜花が鉄扇を叩き付けようとし──消えた。


「っ……!? ──が!?」

 ──コンマ五秒後、背中に鈍痛。

 それを堪え、衛が後ろ回し蹴りを放つべく、腰を捻る。

「うお──! ……!?」

 が──既にそこには、桜花の姿はなかった。

 衛は全神経を集中させ、桜花の気配を察知しようと瞬時に決断。


 直後──頭上から殺気。

「ハッ!」

 桜花だ。

 鉄扇を開き、扇沿部で縦に斬り付けようとしている。

 無意識に衛は、横に移動して躱していた。


 桜花が着地、そこから横薙ぎに斬撃を放って来る。

 衛はバックステップし躱そうとし──桜花が消え、左斜め後方から、衝撃が襲った。

「ぐ……!」


 ──桜花は、更に追撃を見舞ってきた。

 衛はそれを避けようと──あるいは防ごうとした。

 しかし、桜花はそれらを尽く見切り、裏を突いてくる。

 衛にとって、正に絶体絶命の状況であった。


 衛は、歯を食いしばって耐えた。

 耐えていれば、いつかは力尽きる──そう思った。

 しかし、桜花の力は尽きるどころか、ますます激しさを増していた。


(クソ……! このままでは……!)

 激痛と鈍痛に全身を蝕まれながら、衛は考えた。 

 この状況を打破出来る策を必死に練ろうとしていた。

 ──決して諦める訳にはいかない。

 必ず桜花と妖桜を倒さなければならない。

 被害者たちを救うために、絶対に諦めない。

 その意志を燃やしながら、桜花の攻撃を、必死に耐え続けていた──。

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