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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
221/310

妖花絢爛 三十

22

 ──遡ること数十秒前。


「ッ……おおおおッ!!」

 雄矢は、桜花の相手を衛に任せ、残りの枯人たちの相手をしていた。

 ただひたすらに、突き、蹴り、砕く。

 そうし続けなければ、心のざわめきを抑えられなかった。


 ざわめきの正体は──悔しさであった。

 本音をいうと、雄矢は悔しかった。

 桜花の相手を友に任せ、引き下がる自分に対して、悔しさを感じた。

 ──大丈夫だ。俺ならやれる。俺なら、奴に勝てる。

 そう言って、逆に衛を下がらせ、桜花に己の正拳を打ち込んでやりたかった。


 しかし──雄矢は、理解してしまった。

 自分が桜花と真正面から闘っても、勝つことは出来ない、と。


 ほんの少し前に喰らった、桜花の妖術。

 花びらを、まるで投げナイフのように投擲する、あの妖術。

 あれを喰らって、雄矢は、完全に理解してしまった。


 ──凄い激痛であった。

 それらの痛みとは、まるで違う。

 初めての痛み。

 初めての感覚。

 これまでに雄矢の肉体は、様々な痛みを経験してきた。

 殴られた痛みは言うまでもない。

 刃物で刺されたり、斬り付けられたこともある。

 しかし、『この痛み』は、今までに喰らったことのないものであり、凄まじいショックを雄矢にもたらした。


 体が吹き飛ぶほどの衝撃とともに花びらは直撃したが、体に潜り込み、貫かれることはなかった。

 体の頑丈さが幸いした。鍛えていたおかげだ。


 皮膚に突き刺さった花びらは、とうに雄矢の体から消えていた。

 枯人の駆逐の最中に、体から抜け落ちたのか。

 それとも、時間の経過とともに花びらが勝手に消滅したのか。

 そのどちらかであろう。


 しかし──花びらは消えても、痛みは残った。

 痛みとともに、戦慄も──恐怖も残った。

 花びらは貫通しなかったが、恐怖は紛れもなく、雄矢の心を貫いていた。


 俺は、この怪物には、絶対に勝てない──雄矢は、そう思ってしまった。

 

 だから雄矢は、衛に闘いを任せた。

 雄矢は、それが悔しかった。

 堪らなく、どうしようもなく悔しかった。

 だからこそ雄矢は、今すぐにでも引き返し、桜花と闘いたかった。

 負けると分かっていても、そうしたくてしょうがなかった。


(……やめろ。泣き言を言うな)

 回し突きを放ち、枯人を砕きながら、雄矢は心の中で己を叱咤した。


 ──これは喧嘩ではない。

 進藤雄矢個人が楽しむ闘いではない。


 これは殺し合い。

 それも、他人の命がかかった殺し合いだ。


 この闘いに負ければ、大勢の人が死ぬことになる。

 故に、負けるわけにはいかない。

 被害者たちを助けるためにも、絶対に勝たなければならない。


 だから、自身のプライドを守るためなどという理由で、身勝手なことをするわけにはいかないのだ──。

 雄矢は、自身にそう言い聞かせ、じわじわと湧き上がる悔しさを、無理矢理塗り潰した。


「どっこい──しょッ!!」

「……!」

 舞依の気合いの掛け声を耳にして、雄矢は我に返った。

 声のした方向に目をやると、数メートル離れた場所に、舞依の姿があった。念力で、枯人を数体葬った直後のようであった。

 傍らには、心配そうな表情のマリーが。

 そして足元には、未だに生首のような状態のシェリーがいた。


「だ、大丈夫なの舞依……? あんた今、ものすごく顔色悪いわよ……?」

「う、うはは、何のこれしき……! は、はは……ぜえ……ぜえ……」

 マリーの言葉に、舞依はそう返し、笑って見せる。

 しかし、気丈に振舞おうとしているが、青ざめた表情は隠せていなかった。

「無茶をしないで。妖術を使いすぎて、消耗してるのよ。しばらく休んだ方がいいわ」

 その様子を見て、シェリーがそう気遣いの言葉をかけた。


 ──三人は気付いていなかった。

 彼女たちが気付かぬうちに、枯人の一体がすぐ傍らに迫っていることに。

 気付いたのは、やや離れた場所からその光景を見ていた、雄矢のみ。

 躊躇することなく、彼は駆け出していた。 


「ッ──りゃああッ!!」

 跳躍──そして、足刀。

 強烈な一撃により、枯人の朽ちた体が砕けた。

 枯人の破片が地面に散らばり、埋められている女性の首のそばに落ちる。

「んむっ!?」

 すぐ傍で鳴った音に、女性の顔は怯えるようにびくりと震えた。

 それを見た雄矢は、すぐに謝罪をしようと考えたが、それよりも優先すべきことがあった。


「油断すんな! まだ敵はいるぞ!」

 構え直し、雄矢は三人に声をかけた。

「舞依ちゃん、ちょっと休んでろ! 後は俺がやる! マリーちゃん、敵が来たら教えろよ!」

「は、はい!」

 雄矢の指示に、マリーは慌てて返事をした。


 ──自分にはまだ、すべきことが残っている。

 悔いるのも、恐怖するのも後回しだ。

 今は、自分に出来ることをやるだけだ──そう思い、構え直した。


 そして、周囲から迫る枯人を目視しつつ、衛の姿を探した。

 自己嫌悪に陥っていた雄矢は、衛の闘いを見ることを忘れていた。

 ──衛と桜花の闘いは、どうなっているのか。

 そう考えていると、衛の姿を捉えた。

 妖しく輝く巨大な桜を背後に、闘っているところであった。

 相手は、複数の桜花。妖術で分身しているようだ。

 彼女たちの攻撃を、衛はギリギリまで引き付けて反撃し、一体ずつ消滅させていた。


 直後──雄矢は見た。

 分身が消え、最後に残った桜花に向かって、衛がボディアッパーを放つ光景を。

 そして、直撃しようとしたその刹那──桜花の姿が、一瞬で消える光景を。


「何……!?」

 雄矢は思わず目を疑った。

「え……? 何、どうしたの? 何があったの……?」

 雄矢の驚く声を聞いて、シェリーが尋ねた。

 シェリーは今、地面に埋められており、身動きがとれない。

 自身の背後で起こった出来事を、彼女は見ていなかった。


「消えたんだ、あの桜花って奴が!」

「『消えた』……!? どういうこと!?」

「わ、分からねえ……でも、本当に消えてるんだ! 衛が突こうとしたら、当たる直前に、影も形も無くなっちまったんだ!」

 雄矢は、動揺を隠しきれずにそう叫んだ。


 ──消えた。

 桜花が、確かに消えた。

 跳んだわけでも、衛の背後に回り込んだわけでもない。

 確かに、桜花が消えたのだ。まるで、テレビの画面が一瞬で消えたかのように。


 闘っている衛も、何が起こったのか分からなかったようだ。

 消えた桜花の姿を求めて、周囲の様子を伺っていた。

 ──その時、衛の背後に、消えたはずの桜花が、突如出現した。

「!」

 雄矢は、すぐに衛に呼び掛けようとした。

 しかし、衛はそれよりも早く振り返り、桜花の鉄扇を左腕でガードした。

 それを見た雄矢は、わずかに安堵し、同時に焦燥感も抱いていた。


「あの女……一体何をしやがったんだ!?」

「ゆ、雄矢、枯人来てるわよ!」

「!」

 マリーの指示を聞き、雄矢が左を向く。

 観戦している間に、枯人が二体迫っていた。


「おおッ!!」

 一体目に右回し突きを叩き込み、粉砕。

 直後、後ろをついてきていた二体目に、勢いよく接近。

 そして、顔面に刻み突き。

 よろめいている胴体に向かって、逆突きをぶち込んだ。

「よし……!」

 素早く残心をとる。

 そして、敵が倒れたまま動かないことを確認した後、すぐに衛と桜花に目を戻した。


 ──衛は、果敢に桜花へと攻撃を繰り返していた。

 ワンツーパンチからの、右回し蹴り。

 桜花はそれを難なく防ぐ。

 衛はもう一度、ワンツーと回し蹴りの連続技を放つが、桜花はそれらも楽々と防いだ。

 更に衛は、三度目のワンツー。

 そこから、三度目の回し蹴り──と見せかけ、蹴りの軌道を変え、ブラジリアンキックを放つ。


 上手い──雄矢は瞬時にそう思った。

 桜花はフェイントにつられており、やや下の位置をガードしている。

 衛の蹴りは、そのガードの上を飛び越える。

 桜花の首を、確実にへし折る──そう確信した。


 その瞬間──


「……!」


 ──光った。

 空間内の光が、一瞬強まった。


 それと同時に──桜花の姿が、再び消滅した。


(……! 何だ……今のは……!?)

 消えた桜花を探す衛を見ながら、雄矢は動揺していた。


 ──桜花が消える直前。

 この空間が、ほんのわずかに明るくなった気がした。

 妖しい桜の輝きによって、ただでさえ明るく照らされているこの場所が、より一層明るくなったのである。


(何だ……? どうして、一瞬だけ光が強くなったんだ……!?)

 雄矢は考えた。

 どうして、今の一瞬だけ、この空洞の光が強まったのかを。


 ──この場所に光をもたらしているものは、一体何か。

 当然、ここの中央にそびえ立つ、不気味な桜の木だ。

 では、あの桜の木に、先ほど空間が明るくなった秘密があるのではないか──そう思った。


 だから雄矢は、目を凝らした。

 周囲を見回す衛を視界に入れつつ、中央の桜の木に、意識を集中させた。

 そうしながら、桜花が出現するのを、息を殺して待った。


 そして──

「……!」

 ──雄矢は、見た。



 妖桜の枝に咲く花々の輝きが、一瞬だけ強くなった光景を。

 その強い輝きと同時に──桜花が、再び姿を現した光景を。



 そして、次の瞬間──桜花の鉄扇による一撃が、振り向いた衛の側頭部を、力強く打っていた。


「……! 衛!!」

 雄矢は、無意識のうちにそう叫んでいた。

「……!? 衛が、どうかしたの!?」

「え……!? ま、衛!?」

「しまった……! 今のは相当効いておるはずじゃぞ……!」

 雄矢の叫びに、シェリーとマリー、舞依が反応する。


 ──一撃を喰らった衛は、すぐに構え直し、桜花の追撃を捌き始めた。

 しかし、普段よりも動きにキレがない。

 脳震盪でも起こしているのであろうかと、雄矢は推測した。


 ──その時。

「……わ、わわっ、ゆゆゆ雄矢、右、右ー!!」

「え──うおっ!?」

 マリーの悲鳴を聞いて、右を向くと──三歩ほど先に、枯人がいた。

 右手の蔦で、雄矢を絡め取ろうとしているところであった。


「クソが……!」

 雄矢は拳を固め、その枯人に向かって踏み込んだ。

 その頭の裏には──妖桜が、一瞬だけ強く輝くあの光景が、妙にこびり付いていた。

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