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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 二十九

「減らず口を……!」

 桜花が両腕と、両手の鉄扇を開いた。

 左手の鉄扇を胸に寄せ、右手の鉄扇を天へ掲げる。

 そして、その場で左向きに、くるりと回転した。


 同時に、柔らかな風が吹き、桜花の周囲を包み始めた。

 その風に付いて行くかのように、無数の花びらが旋回する。

 花びらは風に乗りながら、徐々に集まり始めた。

 やがて、花びらは五つの大きな塊に。

 更に、塊の形から、五体の人の姿を形成していく。


 そして──風が止んだ。

 同時に、人型の花びらが、パッと舞い散り──桜花の周囲に、着物姿の五人の女性が佇んでいた。

 五人の誰もが、桜花と瓜二つの姿をしていた。

 着物も、顔も、髪型も、鉄扇も──そして、着物に付着した泥の汚れも。


「……参りますわよ」

 美しき顔に殺意を乗せ、桜花は鉄扇で衛を指した。

 次の瞬間、桜花本体と分身五体が、低空を駆けて迫る。

 そして──六体の桜花が、衛の周囲を、メリーゴーランドの如く旋回し始めた。


「……!」

 衛は無言で、姿勢を低くする。

 そして、両拳の間隔をやや広めにとるようにして構え直した。

 前方はもとより。側面、背後にも意識を拡散させ、僅かな気配の変化も汲み取ろうと神経を研ぎ澄ます。


 そして──背後の空気が、変わった。


「……!」

 瞬時に後ろを向く衛。

 その瞳に映り込むのは、冷笑を浮かべながら迫る、桜花の中の一体──。


「せィッ!」

 振り向き様に放たれる、右の裏拳。

 それが、桜花の分身の体を一閃し、大量の花びらへと分解した。


 ──直後、もう一体の桜花が、衛の側面から強襲する。

「チッ!」

 衛は舌打ちし、首を横に動かして鉄扇を回避。

 同時に、右の強烈なフックをぶち込み、また分身の一体を花びらへ変えた。


 ──同時に、三体の桜花が、三方向から中央の衛を襲撃する。

 一体の攻撃に対応すれば、残りの二体の攻撃の直撃は必至。

 そうなれば大きな隙が生じ、死に繋がる──。


「ッ──!」

 ──瞬間、衛がその場で、体を左に捻った姿勢のまま屈む。

 そして、右に回転しながら素早く跳躍し、後ろ回し蹴り。

 金属バットをフルスイングするかのような一撃が周囲を薙ぎ払い、分身三体を同時に、塵へと変えた。


 ──そこへ、最後の一体──本物の桜花が、音もなく接近。

 既に距離は、目と鼻の先まで詰められていた。

「──!」

 衛は、実戦経験と本能的直感に従い、上半身を屈める。

 その上を、殺気の乗った鉄扇のスイングが通り抜けた。


 勝機──衛の瞳に、闘志と殺意が燃え上がる。

「うお──」

 屈んだ姿勢のまま、右肘を引く。

 そして、右拳を握り込み、桜花の水月を目掛け、渾身のボディアッパーを繰り出した。

「──らァッ!!」


 ──しかし。


「!?」

 ──拳打の感覚が、ない。

 当たらなかった。

 衛の右拳は、桜花の水月を抉ることなく、空を切っていた。


 確実に当たる──そう思っていた。

 角度、スピード、タイミング、その他の要素、全てが合致した一撃であった。

 しかし、それでも当たらなかった。


 何故なら──。

「何!?」

 ──桜花の姿が、消えたのである。


(どこだ!?)

 驚愕の表情を浮かべたまま、衛は辺りを見渡す。

 ──やはり、いない。

 この空洞の中に、桜花の姿は、どこにもない。


 何故桜花は消えてしまったのか。

 本物だと思って攻撃した最後の一体は、実は分身だったのだろうか。

 否、だとすれば、この空洞のどこかに桜花はいるはず。

 しかし、桜花の姿はどこにもない。気配すら感じない。

 ならば、一体どこに──数秒の間に、そんな考えの数々が衛の脳内を目まぐるしく駆け巡った。


 ──その時であった。

「……!」

 衛の全身が総毛立つ。

 ──背後からの殺気。


 瞬間的に振り向く。

 ──桜花だ。嘲笑している。

 左から風を感じた。

 左腕を盾にし、顔面を守る。


 ──直後、軋むような激痛が、左腕から発せられた。

 桜花の鉄扇が、衛の腕を打ったのである。


「ぐうっ!?」

 衛は呻き、後方へ飛び退く。

 そして、腕の痛みを堪えながら、構え直した。

 視線の先には──やはり、桜花がいた。


「おほほほほ……! どうかなさったのかしら? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。私の美貌に見惚れているのかしら?」

 鉄扇で口元を隠しながら、小馬鹿にしたように嘲笑する桜花。

 しかし、衛の心に怒りは湧かなかった。

 それよりも、疑問が勝ったからだ。

 ──こいつは一体、何をしたのだ、と。


 先ほどまで桜花は、完全に姿を消していた。

 姿はおろか、気配すらなかった。

 この空間から、完全に消えていたのだ。

 それなのに、この女は一体、どこへ消え、どこから現れたのであろうか。

 そのことに対する疑問が、衛の頭から溢れ出ていた。


(駄目だ……動揺するな)

 衛はその場で軽く跳んだ。

 余計な考えを頭から振り落とそうとするように。

(もう一度、奴を攻撃する。奴の動きと気配に集中するんだ)

 衛は、自身にそう言い聞かせた。

 そして、眼前の桜花の全身に意識を集中させ、僅かな動きも察知できるよう努めた。


「──ッ!」

 衛が踏み込む。

 左右へのフェイントも交えながら、素早く、そして勢いよく距離を詰める。

「ふッ……!」

 左右のパンチ(ワンツーパンチ)

 桜花は両手の鉄扇を用い、それらを的確にいなしていく。

 間髪入れず、衛は右の回し蹴りを放つ。

「……!」

 桜花はそれを、左の鉄扇を立てて防いだ。


「シッ……!」

 衛はもう一度ワンツー。

 またしても桜花は、それらを冷静に鉄扇で防いだ。

「フンッ……!」

 もう一度、右回し蹴り。

 先ほどと同じ軌道。同じ高さである。

「ふ……!」

 桜花はそれを、先ほどと同じく、左の鉄扇を盾にして防ぐ。

 口元に冷笑が浮かんでいるのが見えた。


「フッ……!」

 衛、三度目のワンツー。

 しかし、それもまた簡単に捌かれた。

「ッ──!」

 三度目の回し蹴りを敢行すべく、右脚を上げた。

 これも、先の蹴りと同じ高さである。

「プッ……!」

 桜花が呆れ顔で吹き出した。

 そして、三度目の蹴りも同じように防ごうと、鉄扇を立て──。


(今だ!)

 その時──衛の蹴りに変化が生じた。

 崖を駆け昇るような軌道から、燕が急降下するような軌道へ。

 ──ブラジリアンキック。

 衛の右足は、鉄扇の盾の上を越え、桜花の首元へ──。

(どうだ!!)


 ──しかし。

「……!?」

 ──それもまた、当たらなかった。

 衛の右足は、その場にいたはずの桜花を捉えられず、その場を薙いでいた。


「これは……!?」

 衛は見た。

 桜花が消える光景を。

 ブラジリアンキックが、桜花の首を刈る直前。まるで、急速に霧が晴れていくかのように、桜花が忽然と姿を消したのである。


 奴は一体どこへ──そう思いながら、衛は周囲を素早く見回す。

 ──やはり、いない。

 どこにもいない。

 そして、気配もない。


 その時──風を感じた。

(……! しまっ──)

 僅かに、タイミングが遅れた。

 衛が振り替える頃には、あの冷笑を浮かべた桜花が、既にそこにいた。


 直後──衝撃と共に、衛の視界が明滅した。

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