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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第四話『爆発死惨』
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爆発死惨 五

4    

 昼──衛の姿は、公園にあった。

 ベンチに腰掛け、待ち合わせをしている相手を待っていた。

 日中だというのに、公園の敷地内には誰もいない。

 そもそもこの公園は、利用する者が少ない。

 天気が曇り始めたからというのもあるかもしれないが、仮に天気が雲一つない晴天であったとしても、おそらく誰も立ち寄ってはいないである。

 衛は、その人通りの少なさに目を付け、よくこの公園を待ち合わせ場所に選んでいた。

 特に、今回衛を呼び出した二人組──彼らと会談を行う場合、その場所は必ずと言っていいほどこの公園であった。


 しばらくして、砂利を踏みしめる音が聞こえてきた。

「……」

 足音を聞き、衛が顔を上げる。

 二人の男性が公園の敷地に入り、こちらを目指してゆっくりと歩み寄っていた。

 片方の人物は、無精髭を生やした四十代程の中年男性。もう片方の人物は、その男性よりも一回り程若く見えた。


「よう。大分早いな」

「青木さん、ご無沙汰してます」

 歩いてきた二人が、順番に口を開いた。

「おはようございます、山崎さん、川越さん」

 衛は立ち上がり、二人に対して挨拶を返した。

 無精髭の男が、山崎慎次。

 若い方の男性が、川越俊作。

 両者共に、現職の刑事であった。


 ──山崎と川越は、以前とある奇怪な事件に遭遇し、怪異の存在を知った。

 そして、その事件を切っ掛けに、退魔師・青木衛と出会ったのである。

 その時以来、彼らは協力関係を結んでいた。謎に包まれた事件の真相を突き止め、罪無き市民を守るために。


「悪かったな、突然呼び出して」

 山崎は顔をしかめながら、参った様に頭を搔いた。

「ちょっと変なヤマに当たっちゃいましてね。青木さんの力を是非お借りしたいんですよ」

 川越が申し訳なさそうに口を開く。


 二人の口振りに、衛は眉をひそめた。

「変なヤマ……? どんな事件なんですか?」

「ああ……これを見てもらえるか」

 そこで言葉を区切り、山崎が複数の写真を取り出した。

 どうやら事件現場の写真のようであった。

 そこに写っていたものを目にし、衛が僅かに顔をしかめた。


 ──泥団子をぶちまけたかのように、アスファルトの地面に花を咲かせた血肉と汚物。

 ──血濡れになりつつも、綺麗に原型を留めている被害者の四肢と生首。

 そして──生気を失い、ただ虚空を見つめ続ける生首の瞳。

 何とも凄惨たる光景であった。


「……酷いですね」

 衛のその一言に、川越が重苦しい表情で答えた。

「ええ。……これは、歌舞伎町で起こったバラバラ殺人の現場写真です」

「お前も知ってるんじゃないか? ニュースや新聞は、この事件の話題で持ち切りだからな」

 山崎の言葉に、衛は首を縦に振る。

 その事件ならば、衛も耳にしていた。


 ──一昨日の早朝、歌舞伎町の路地裏で、若い男女の遺体が発見された。

 遺体はバラバラに解体されており、衛が写真で見た通り、きわめて凄惨な状況であったという。

 死亡していたのは、キャバクラ嬢の藤枝夏希と、ホストの西田雅人。

 二人は交際関係にあり、暴行や恐喝等の行為を働いていたという噂もあることから、彼らに恨みを持つ者の犯行ではないかと考えられている。


「実はな……写真を見てもらったから分かると思うが、このバラバラ殺人、状況が普通じゃあないんだ。まぁ、バラバラ殺人って時点で普通もクソもないんだけどな」

「……そうみたいですね」

 衛は写真を見ながら同意する。

「……両手両足と頭は綺麗に形が残ってるのに、何故か胴体だけがミンチになってる」

「ああ、その通りだ」

 衛の言葉に頷く山崎。


 その後に続いて、川越が補足説明をする。

「最初は、何らかの爆薬を用いたのではないかと考えられていました。ですが、現場の周辺や遺体の傷には、火薬の類を用いた形跡はありませんでした」

「爆弾じゃない……? じゃあ一体……」

「検死の結果、頭部と四肢は、刃物によって切断されたり、爆薬によって吹き飛ばされたのではなく、『何らかの強い力で千切れた』と言うことが分かりました」

「…………」

 衛が眉をひそめる。


 そんなことがあるのだろうか──衛はそう思った。

 現場は狭い路地裏で、周辺には人体を引き千切るほどのパワーを備えた機械など無い。

 では、人間が無理やり人体を引き千切ったのであろうか。

 否。どんなに強い力を持っていたとしても、普通の人間には人体を引き千切ることなど出来るはずがない。

 ──『普通の』人間ならば。

「……だから、私に?」

「ああ、そうだ」

 山崎と川越が、同時に頷く。


 二人が今行っているのは、民間人への重要な情報の漏洩であった。

 警察関係者がそんなことをしたということが発覚すれば、警察への信頼が大きく薄れる。

 当事者の二人も、減俸程度の処分では済まない。

 最悪の場合、懲戒免職の可能性も有り得るであろう。

 山崎も川越も、それは重々承知しているはずである。

 だが二人の顔には、強い信念が浮き出ているように見えた。

 自分達の地位や職を失っても、絶対に守ってみせるという強い思いが感じられた。


 この事件の犯人は、何か特殊な力を持っている。

 警察には、この犯人を捕まえることは無理であろう。

 だが、このままでは無関係の市民まで犠牲になってしまうかもしれない。

 それだけは、絶対に許せない──故に二人は、こうして依頼を決断したのであろう。

 衛は、静かにそう察した。


「俺達は今後も捜査を続けるが、おそらく、この事件の犯人は化物だ。警察(俺達)の手に負える相手じゃない」

「お願いします、青木さん。引き受けて頂けませんか?」

「…………」

 山崎と川越がそう頼み込む。

 それを見て、衛は沈黙する。

 じっくりと黙考し──やがて衛は、口を開いた。


「……分かりました、お引き受けします」

 その言葉に、山崎と川越が顔を上げる。

 僅かに安堵したような表情が浮かんでいた。

「そうか……すまん、青木」

「青木さん、ありがとうございます……!」

「いえ……。ところで、犯人の目星はついているんですか?」

 衛が問い掛ける。

 その言葉に、二人の表情が僅かに曇った。


「それなんだが……被害者に恨みを持っている人間は何人かいるんだが、ハッキリとした見当はまだついていない。一番可能性が高いのは、最近まで藤枝夏希の恋人だった宮内隆史なんだが……」

「自宅を訪問してみたんですが、宮内は数日前から行方をくらましていて、未だに見つかっていないんです」

「そうですか……」

 二人の説明に、衛が若干眉をひそめる。

 衛は、ニュースや新聞の報道でしか事件のことを知らない。

 とにかく情報が必要だと感じた。

 事件の詳しい概要、被害者の人となり、そして殺されるに至った背景。

 それらの情報から、犯人へと至る手掛かりを掴む必要があった。


「よろしければ、その宮内に関する情報をいくつか頂けませんか? 被害者二人と、彼らと近しい人物に関する情報も一緒に」

「ああ、分かった──」

 まっすぐな眼差しで頼む衛。

 それを見て、山崎も真剣な表情で頷いていた。

 次回は日曜日の午前10時頃に投稿する予定です。

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