妖花絢爛 二十七
「──!」
己の体が宙に浮く感覚。
その直後、背中に走る衝撃。
「かは──!?」
肺の中の空気が、喉を通って口から吐き出された。
固い何かに叩き付けられたようだ。それが固い地面であるということに気付くまで、そう時間はかからなかった。
そしてようやく、先ほど皮膚に走った熱い感覚が、痛みの感覚であることに気付いた。
「ぐ……っ……!?」
パニックを起こし掛ける脳をなだめながら、雄矢は上体を起こした。
自身が先ほどまでいた位置から、数メートルほど離れた場所に倒れていた。
それから、自分の体を見た。
体の前面に、ピンク色の何かが突き刺さっていた。
──桜の花びらであった。
内臓や骨は傷付いていない。肉に食い込んで止まっている。
命中する直前、筋骨に力を込めて堪えたのが幸いした。
「ク……ッソ……!」
顔をしかめながら、素早く立ち上がる。
体を動かすと、体に刺さった花びらによって更に痛みが生じた。
その時──更に花びらの群れがこちらに襲いかかってきた。
「チッ……!」
雄矢は舌打ちし、素早く構えた。
直後、腕を振って回し受けを行い、迫る花びらの飛礫を防ぐ。
「グ……!!」
──腕に走る激痛。
それを、歯を食いしばって堪えた。
「あらあら、やはり頑丈ですわね。本来ならば花びらが肉体に潜り込んで、臓腑を食い破って突き抜けるのですが」
桜花は、嘲笑を節々ににじませながらそう言った。
枝の上に優雅に佇むその周囲には、妖しい光をまとうあの花びらが浮遊していた。
「よいでしょう。この花吹雪にどれほど耐えられるか、試してさしあげますわ」
桜花はそう呟くと、地上の雄矢に向かって跳躍していた手を差し伸べた。まるで、地獄へと誘う死神のように。
すると、浮遊していた花びらの先端が、一斉に雄矢に狙いを定めた。
その光景に、雄矢は動揺を堪えつつ身構えた。
そして、花びらが加速し、雄矢に向かって──
「……ッ!!」
──その時、両者の間に、小さな人影が割って入った。
衛だ。
雄矢の盾になるように、迫り来る花びらたちの前に立ちはだかった。
そして、次の瞬間──直進していた花びらたちが、衛に突き刺さる直前で、塵状に変化し、消滅した。
「む……?」
不機嫌そうに眉を寄せる桜花。
「させねえぞ桜女郎。……いや、桜花とかいったか」
そんな彼女に、衛は静かに言った。
「……俺が相手だ」
「……フン。何をしたのかは知りませんが──」
つまらなさそうな顔で、桜花は手を掲げる。
その周囲に、またしても花びらたちが浮かび上がった。
「──あなたなど、これだけで十分でしてよ」
そして、ぞんざいな仕草で手を降り下ろした。
次の瞬間、三度目の花びらの強襲。
小柄な五体を八つ裂きにせんと、衛に向かって直進し──しかし、消えた。
やはり花びらたちは、衛の体にかすり傷すら付けられず、宙で分解され、消え去っていた。
「……?」
ようやく、桜花の顔に疑問が浮かんだ。
目を丸くし、口を僅かにぽっかりと開けていた。
「……どんな小細工を使ったのです?」
桜花が尋ねた。
微塵も動揺などしていない。そう感じさせるような、静かな様子で。
「小細工なんかしてねえよ」
衛が答えた。
「見て分かっただろう。『俺には効かねえ』。それだけだ」
平然とした様子で、衛はそう言った。
その光景とやり取りを、雄矢は衛の背中越しに見ていた。
彼は知っていた。
花びらが消えた原因。
それは、衛の中に流れる気──『抗体』の力によるものだということを。
抗体は、妖術や超能力といった異形の力を、跡形もなく掻き消すことが出来る。
だから衛には、あの花びらの攻撃が効かない。
少なくとも、雄矢が闘うよりも、衛が闘ったほうが、戦況が有利に傾く可能性が高かった。
「……予定通り、枯人どもの相手はお前に任せる」
衛が僅かに振り向き、雄矢を見て言った。
「……分かった」
雄矢は一瞬だけ逡巡し──その後、静かに頷いた。
「……その代わり──」
「ああ──」
衛が正面へと向き直った。妖桜の上に佇む桜花の方へ。
そして、力のこもった声で、言った。
「──あいつは、俺が殺る」




