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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 二十六

20

「エィィッ!!」

 ひらひらと花びらが舞い落ちる大空洞の中で、進藤雄矢は、群がってくる枯人と闘い続けた。

 正拳で突く。

 手刀で薙ぐ。

 肘で打つ。

 貫手で刺す。

 背足で弾く。

 踵で潰す。

 膝で砕く。

 足刀で断つ。

 鍛えに鍛えた全身を用いて、押し寄せる敵を倒し続けた。


 進藤雄矢は、空手家である。

 それも、闘うことが大好きな空手家である。

 巻藁突きなどの鍛錬を通し、強力な武器と化した肉体。

 それらを駆使して、強い相手と闘うことが、雄矢にとって何よりの楽しみであった。


 しかし──今の雄矢の表情に、喜びはない。

 敵と闘い、倒していることに対しての高揚感は、微塵もない。

 今の雄矢の表情にあるのは──怒りと、悲しみ。

 自分勝手な目的のために人々の命を弄ぶ、敵に対しての激情。

 そして、生気を吸い取られ、死後も傀儡として操られている、被害者たちに対しての悲哀。

 それらが、雄矢の心に渦巻き、表情に浮き出ていた。


 ──死んだのに、死後も体を化け物に変えられて、いいように使われる。そんなことが許されていいはずがない。だから自分が、一匹残らず倒す──ここに来る前に、雄矢はそう宣言した。

 その気持ちに、偽りはない。

 既に枯人にされてしまった人々を、安らかに眠らせてやるには、倒すしかない。

 ここに来る前に、雄矢は何度も心にそう言い聞かせていたし、闘っている今この瞬間も、その気持ちは変わっていない。


 しかし──それでもやはり、辛かった。

 敵とは言え、元は人間である。

 既に死んでいるとはいえ、それでも人間である。

 正拳が。足刀が。自身の攻撃が、相手の体を破壊し、真の死を与える。

 その度に雄矢は、どうしようもないほどの苦痛を感じていた。


 一体目の枯人を倒した時は、まだ完全には実感出来てはいなかった。

 二体目の枯人を倒した時、心の中で、言いようのない思いが生じた。

 そして、三体目の枯人の頭部を手刀で叩き割った瞬間、完全に実感した。

 ──例え死んでいようと。どれほど変わり果てた姿になろうと。

 今自分が倒した存在(もの)は、化け物などではない。

 間違いなく、こいつらは人間なのだ──と。


 雄矢は、闘いが好きだ。試合が好きだ。喧嘩が好きだ。

 勝敗はどうでもよく──もちろん、どうせやるならば勝ちたいというのが正直な気持ちではあるが──ただ、闘うことが好きなのだ。

 自身が身に付けた技術と、鍛え抜いた肉体を用いて、相手と全力で凌ぎ合うのが、堪らなく好きなのだ。

 相手を徹底的にぶちのめすことが好きなのではない。

 それは、いじめや単なる暴力、殺人などと変わらない。

 雄矢は、そんなものが好きなわけではない。


 だから雄矢は、今この瞬間が、とてつもなく辛かった。

 死者であるとはいえ、自身の拳が、相手に死を与えていることが、とてつもなく辛かった。

 相手を救うために、相手を殺さなければならないことが、耐えられなかった。

 それが例え、自分がしなければならないと決意したことであっても。


 それでも雄矢は、拳を握ることを止めなかった。

 ここで止めてしまったら、まだ生きている被害者たちや、自分を頼ってくれた仲間たちに危険が及ぶ。

 それだけは、枯人の体を砕くことよりも耐えられないことであった。

 今の雄矢が何としても阻止しなければならないことであった。


「でやァッ!!」

 眼前の枯人の胸元を左貫手で刺し貫いた後、怒号とともに、右の回し突き(フック)を放つ。

 綺麗なカーブを描きながら、側頭部に直撃。

 頭部が弾け飛び──向こう側の光景が見えた。


 そこには、別の枯人へ攻めかかる衛の姿があった。

「ハァッ!!」

 凄まじい速度で、直拳の連打を放つ衛。

 その目に、迷いの色は浮かんではいない。

 怒りと殺意。二つのどす黒い感情が、瞳を塗り潰している。

 しかし、雄矢には分かった。

 その瞳の奥底に、自分と同じ──否、それ以上の悲哀を抱いているということが。


 ──そして、思った。

 (あいつ)は、前にもこんな感情を抱いて闘ったことがあるのだろうか。

 それとも、いつもこんな気持ちで、退魔師として闘っているのだろうか。

 こんなに辛い思いを、何度も何度も味わいながら、闘い続けてきたのだろうか──と。

 だとしたら──だとしたら、それはあまりにも──。


「雄矢、危ねえ!!」


 ──その時、衛の叫び声が耳を貫いた。

 同時に迸る、左半身の悪寒。

 我に返った雄矢が、瞬時にそちらを向くと──桃色に輝く無数の飛礫(つぶて)が、こちらに迫っていた。


 そして──肌が裂ける感覚と、熱さを伴う何かが、雄矢の脳に向かって駆け上がっていった。

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