妖花絢爛 二十六
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「エィィッ!!」
ひらひらと花びらが舞い落ちる大空洞の中で、進藤雄矢は、群がってくる枯人と闘い続けた。
正拳で突く。
手刀で薙ぐ。
肘で打つ。
貫手で刺す。
背足で弾く。
踵で潰す。
膝で砕く。
足刀で断つ。
鍛えに鍛えた全身を用いて、押し寄せる敵を倒し続けた。
進藤雄矢は、空手家である。
それも、闘うことが大好きな空手家である。
巻藁突きなどの鍛錬を通し、強力な武器と化した肉体。
それらを駆使して、強い相手と闘うことが、雄矢にとって何よりの楽しみであった。
しかし──今の雄矢の表情に、喜びはない。
敵と闘い、倒していることに対しての高揚感は、微塵もない。
今の雄矢の表情にあるのは──怒りと、悲しみ。
自分勝手な目的のために人々の命を弄ぶ、敵に対しての激情。
そして、生気を吸い取られ、死後も傀儡として操られている、被害者たちに対しての悲哀。
それらが、雄矢の心に渦巻き、表情に浮き出ていた。
──死んだのに、死後も体を化け物に変えられて、いいように使われる。そんなことが許されていいはずがない。だから自分が、一匹残らず倒す──ここに来る前に、雄矢はそう宣言した。
その気持ちに、偽りはない。
既に枯人にされてしまった人々を、安らかに眠らせてやるには、倒すしかない。
ここに来る前に、雄矢は何度も心にそう言い聞かせていたし、闘っている今この瞬間も、その気持ちは変わっていない。
しかし──それでもやはり、辛かった。
敵とは言え、元は人間である。
既に死んでいるとはいえ、それでも人間である。
正拳が。足刀が。自身の攻撃が、相手の体を破壊し、真の死を与える。
その度に雄矢は、どうしようもないほどの苦痛を感じていた。
一体目の枯人を倒した時は、まだ完全には実感出来てはいなかった。
二体目の枯人を倒した時、心の中で、言いようのない思いが生じた。
そして、三体目の枯人の頭部を手刀で叩き割った瞬間、完全に実感した。
──例え死んでいようと。どれほど変わり果てた姿になろうと。
今自分が倒した存在は、化け物などではない。
間違いなく、こいつらは人間なのだ──と。
雄矢は、闘いが好きだ。試合が好きだ。喧嘩が好きだ。
勝敗はどうでもよく──もちろん、どうせやるならば勝ちたいというのが正直な気持ちではあるが──ただ、闘うことが好きなのだ。
自身が身に付けた技術と、鍛え抜いた肉体を用いて、相手と全力で凌ぎ合うのが、堪らなく好きなのだ。
相手を徹底的にぶちのめすことが好きなのではない。
それは、いじめや単なる暴力、殺人などと変わらない。
雄矢は、そんなものが好きなわけではない。
だから雄矢は、今この瞬間が、とてつもなく辛かった。
死者であるとはいえ、自身の拳が、相手に死を与えていることが、とてつもなく辛かった。
相手を救うために、相手を殺さなければならないことが、耐えられなかった。
それが例え、自分がしなければならないと決意したことであっても。
それでも雄矢は、拳を握ることを止めなかった。
ここで止めてしまったら、まだ生きている被害者たちや、自分を頼ってくれた仲間たちに危険が及ぶ。
それだけは、枯人の体を砕くことよりも耐えられないことであった。
今の雄矢が何としても阻止しなければならないことであった。
「でやァッ!!」
眼前の枯人の胸元を左貫手で刺し貫いた後、怒号とともに、右の回し突きを放つ。
綺麗なカーブを描きながら、側頭部に直撃。
頭部が弾け飛び──向こう側の光景が見えた。
そこには、別の枯人へ攻めかかる衛の姿があった。
「ハァッ!!」
凄まじい速度で、直拳の連打を放つ衛。
その目に、迷いの色は浮かんではいない。
怒りと殺意。二つのどす黒い感情が、瞳を塗り潰している。
しかし、雄矢には分かった。
その瞳の奥底に、自分と同じ──否、それ以上の悲哀を抱いているということが。
──そして、思った。
衛は、前にもこんな感情を抱いて闘ったことがあるのだろうか。
それとも、いつもこんな気持ちで、退魔師として闘っているのだろうか。
こんなに辛い思いを、何度も何度も味わいながら、闘い続けてきたのだろうか──と。
だとしたら──だとしたら、それはあまりにも──。
「雄矢、危ねえ!!」
──その時、衛の叫び声が耳を貫いた。
同時に迸る、左半身の悪寒。
我に返った雄矢が、瞬時にそちらを向くと──桃色に輝く無数の飛礫が、こちらに迫っていた。
そして──肌が裂ける感覚と、熱さを伴う何かが、雄矢の脳に向かって駆け上がっていった。




