妖花絢爛 二十五
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──最初は、取るに足らない虫けらどもだと思っていた。
人間に媚びを売る愛玩動物と変わらない、妖怪としての矜持を捨て去った二匹の小娘。
法力や異能の力といった類のものとは無縁に見える、顔と体つきだけが取柄のような大男。
そして、殺意と奇妙な気配を身にまとっている、醜くおぞましい目をした小男。
この美しい桜を咲かせるために集めた肥やし共──それらに群がりに来た、不潔で不快なゴキブリどもだと思っていた。
故に、すぐに始末出来ると思っていた。
足で踏めば潰れて死ぬ、そこいらの虫けらと変わらない。
だから、自分が直々に手を下す必要はない。
下僕と化した、肥やしの成れの果てどもに任せておけば、すぐにこの空間に、あの心地よい静寂の時が戻って来るであろう──桜花はそう思っていた。
そして、せせ笑いながら、下僕たちが虫を駆除する様を、巨大な桜の上から見物しようとしていた。
しかし──違った。
虫けらどもの力は、予想以上に厄介なものであった。
闘いが始まって数分と経たぬ間に、虫けらどもは、下僕の多くを葬り去っていた。
獅子奮迅──その言葉がぴったりと当てはまるような凄まじい猛攻で、下僕たちを木屑へと変えていた。
その壮絶な光景を見るにつれて、桜花の顔からは、嘲りの笑みは次第に消えていった。
代わりに、徐々に顔に浮かび上がったは、怒りであった。
桜花は、認識を改めざるを得なかった。
──現在、この場を荒らしている侵入者は、虫けらなどではない。
もっと質の悪い、凶悪な災厄である──そう思った。
「でやァッ!!」
──真剣な形相の大男が、咆哮と共に凄まじい突きを放つ姿が見える。
放たれた岩のような拳は、下僕の頭部に直撃し、粉々に打ち砕いていた。
その光景を見た桜花は、一度鼻を鳴らすと、ゆっくりと口元に手をあてた。
──このままあの侵入者どもの蛮行を許せば、新たな肥やしを手に入れるための労働力が次々に失われていってしまう。
それは、桜花にとって面白いことではなかった。
「……よいでしょう」
桜花はそう呟くと、妖気を練り始めた。
直後──ひらひらと舞い落ちる花びらのいくつかが、宙で制止した。
そして──桜花の周囲に、それらが集まり始めた。
まるで、親の呼びかけに応じて集合する、小さな子どもたちのように。
「……私自ら、あの不届き者どもを召し捕ることにしましょう」
桜花は静かにそう言うと──ゆっくりと、桜の枝から立ち上がった。
そして──下僕たちを相手取って立ち回る大男に、細く白い手をかざした。




