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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 二十三

「貴様が桜女郎か」

 衛は、怒気を押し殺した声でそう言った。

 すると、着物姿の女は、僅かに不機嫌そうな様子で答えた。

「『桜女郎』……?……ああ、かつて(わたくし)たちを封じ込めた愚かな退魔師が、私のことをそう呼んでおりましたわね。ですが、私はそのような名で呼ばれるつもりなどありません」


 そこで、その女は再び微笑み──名乗った。

「……私の名は、桜花(おうか)。ああ、忘れてくださって結構ですのよ。人間如きに呼ばれてしまっては、私の名が穢れてしまいますので」

 嘲笑──そして、侮蔑。

 明確な敵意を言葉に滲ませながら、その女──桜花はそう言った。


「うわ、感じ悪っ……」

「どんな妖怪なのか検討もつかんかったが、まさかこれほどまでに高飛車な妖怪とはのう……」

 マリーと舞依は、顔をしかめながら、そう言葉を交わした。衛と雄矢の陰に隠れながら。


 その会話は、妖桜の枝の上の桜花にも聞こえていたようであった。

 しかし、彼女はさして歯牙にかけた様子もなく、軽くあしらうように言った。

「フフ……。微弱な妖気を感じると思ったら、どうやら妖怪もいるようね。それも、人間に媚びなければ生きられない、弱くて醜い妖怪が二匹も」


「な、何ですってーッ!?」

「おのれ聞き捨てならんことをーッ!」

「まあまあまあ、落ち着けよ二人とも。挑発に乗んなって」

 怒りに燃えるマリーと舞依は、思わず衛と雄矢の背後から飛び出そうとする。

 そんな二人を、雄矢は苦笑しながらなだめた。


「えっと……桜花さん、だっけ。あんたらが若くて美人の女性を攫ってるのって、どうしてなんだい?」

 雄矢は桜花を真っ直ぐに見つめ、そう訊ねた。

 その口元には、余裕を感じさせるような微笑が浮かんでいる。

 しかし──目は笑っていなかった。冷たく凍り付いているかのような敵意を、着物姿の美女に注ぎ込んでいた。


 対する桜花は、わずかに驚いたように、やや目を丸くした。

 そして、すぐに元の微笑みの表情に戻り、口を開いた。

「あら、素敵な殿方ですこと。顔が良くて体つきも良い。その上、勇ましさを感じる。……私、人間は嫌いですけれど、あなたのような男子は好きよ。……それに比べて──」

 桜花の視線は、雄矢から、隣の衛へ。

 うっとりとした微笑みが、嘲るような笑みへと変わる。


「──そこの小男の、なんと醜いこと。特に、その下手人のような目付き。見ているだけでもおぞましい。まさか、このような醜男に、この場所に潜り込まれるだなんて……」

「醜男か。よく言われるよ。ちょっと待ってろ。すぐにお前をぶん殴って、こんな感じの酷いツラにしてやる」

 すました顔で、衛はそう返した。


「まあ……」

 その言葉に、桜花の顔から嘲笑が消えた。

 代わりに露わとなったのは、不快感。

「なんと品のない言葉遣い。どうか口を閉じてくださらない? ただでさえ目の毒なのに、耳まで腐り落ちてしまっては堪りませんもの」


「おう、悪かったな。けど、その前に雄矢の問いに答えてもらおう。枯人を利用して女性たちを攫ったのは、妖桜を育てるためか?」

「ええ、その通りですわ。……ご覧なさい、この華麗にして壮大なる花々を」

 桜花は、再び見下したような笑みを浮かべる。

 そして、妖桜の幹を優しく撫で、咲き誇る花々を恍惚の表情で見上げた。


「美しい……実に美しい姿ですわ……。……ですが、全ての生き物が、何らかを糧を得なければ生きられぬように……この桜にもまた、花を咲かせるために、必要なものがあるのです」

「『肥やし』ね。……それが、ここにいる人たちって訳かい」

 雄矢は、地面に埋められたままの女性たちを見まわしながら、そう呟いた。


「ええ。人間の女──それが宿す生気を養分として、この桜の花は咲くのです。……特に、若く、美しく、そして健やかな人間の女には、それはもう格別な美の生気が宿っておりますのよ。……故に、下僕(しもべ)たちに命じ、人間の女を攫わせて、こうして『肥やし』にしているんですのよ」


 ギリッ──という音がした。

 衛の右手が発した音であった。

 拳を強く握り締め、はめているグローブが擦れたことで生じた音であった。


 その音を気にも留めず、桜花は地面を見下ろし、生首たちを眺める。

「肥やしどもをここまで集めるまで、苦労しましたわ。何せ、この桜に相応しい美を持つ女を探さなければならなかったのですもの。……最も、私の美しさに比べれば、だいぶ見劣りはしますけれど」

 意地の悪そうな笑みを浮かべる桜花。

 それを見て、衛の目が鋭さを帯び、青筋が立った。


 しかし、桜花の語りは止まらなかった。

 熱っぽい表情を浮かべながら、興奮した口調で語り続けていた。

「……ですが、まだ私は満足しておりません。この肥やしどもから生気を絞り尽くし、下僕へと変える。そして、その下僕たちに新たな肥やしを集めさせる。そうやって、この国の美しい女どもを全て肥やしとし、この桜を更に美しくするのです。そして、それが叶った暁には、下僕どもを異国へと旅立たせ、そこの黄金の女のような者も──」


 ──その時、風を切りながら、桜花に向かって何かが飛んだ。

「!」

 桜花は若干驚いたような表情で、飛来したそれを二本の指で掴み取った。

 ──小石であった。

 衛が、地面に転がっていたものを掴み、桜花に向かって投擲したのである。


「……黙れ、アバズレ」

 衛が言った。

 静かで、冷たい声であった。

 しかし、その声に隠れた感情は、溶岩の如く熱く煮え滾っていた。


「貴様の目的は分かった。許すつもりは毛頭ねえ。徹底的にぶん殴って殺してやる」

 衛はそう言うと、右手を掲げ、指差した。

 その手は静かに、僅かに──しかし、確かに震えていた。


「……」

 桜花は無表情で、摘まんだ小石を眺めていた。

 やがて、それを放り捨てると、衛を冷ややかな目で見た。


「よくも、私にこんなものを投げてくれましたわね」

 衛以上に冷たい声で、桜花はそう言った。

「……それに、何だったかしら。……『あばずれ』? 確かに、そう言いましたわよね。……あばずれ? この私に向かって、あばずれ?」

 淡々と。氷のように冷たい声で、淡々と桜花は言った。

「その上、私に向かって、『殺してやる』と? ……呆れましたわ。下品で下等で、欠片ほども身のほどを弁えていないようだとは思っておりましたが、まさかここまで愚かだとは」


 その時──何かが、降って来た。

 妖桜の枝に咲いている花。その陰から、何かが落ちて来た。

 ──枯人であった。

 一体ではない。複数である。

 まるで、糸の切れた操り人形のように、複数の枯人が地面に落下した。

 そして、ゆっくりと立ち上がり──衛たちに向かって、ゆっくりと歩き始めた。


 それだけではない。

 木の陰。そして、丘の向こう側からも、枯人たちが姿を現す。

 更に、地面に穴が空き、モグラのように這い出てくる者もいた。


 ──僅かな間に、ドーム状の空間には、枯人の大群が姿を現していた。

 その数、およそ五十数体。

 それらが、衛たちを取り囲んでいた。


「……私が出る必要などありません。私の忠実なる下僕たちによって、あなた方は、ここで命を落とすのです」

 桜花は、ゾッとするほど冷たい声でそう言うと──静かに、口の端を吊り上げた。


「来るぞ、お前ら。用意はいいか」

 衛が構える。

 両足のスタンスを広くとり、両拳の間隔もまた、やや広めにとる。


「ヘッ、面白ぇ。やっと喧嘩が出来るって訳だな」

 不敵に笑い、雄矢もまた構えた。

 腰を低くし、どっしりと。

 そして、岩の塊のような拳を、両手で作る。


「笑っとる場合か! 予想以上に敵は多いぞ!」

 舞依はそう叫びながら、妖気を練るために集中する。

 そうしながら、自分がどの術を使い、どのようにサポートすればよいかを思考する。


「だ、大丈夫よ……! 不意打ちされそうになっても、あたしがしっかり声飛ばして指示するから……!」

 震える声で、マリーはそう言った。そして、歯痒そうに顔をしかめているシェリーの傍らで身構えた。

 緊張した面持ちではあったが、瞳には、自分が出来ることをやろうという意志が宿っていた。


「……踏み込みの時、足元に気を付けろ」

「ったりめェよ。美人のツラを足蹴にする趣味はねえんだ」

 衛と雄矢は、背中合わせの状態で構えたまま、そう言葉を交わした。


 その間にも、枯人は少しずつ距離を詰めていた。

 じりじり、ずるずると。

 根のように変化した足を引きずりながら、一歩ずつ、ゆっくりと歩を進めていた。

 そして、その中の一体が手を掲げ──

『……!』 

 ──衛に向かって、風を切り裂きながら蔦を伸ばした。

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