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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
211/310

妖花絢爛 二十

16

 ──東京の夜空をかき回すかのようにしながら、一機の民間ヘリコプターが飛行している。

 綾子が保有する、御堂家の専用ヘリである。


 現時点での乗員は六名。

 操縦席にて、慣れた手付きでヘリを操っているのは、使用人の田尻。

 助手席にてくつろいでいるのは、このヘリの持ち主である御堂綾子である。

 後部座席に座っているのは、青木衛、マリー、舞依。そして、先ほど助っ人として乗せた、進藤雄矢である。

 衛はマリーを。雄矢は舞依を、膝の上にちょこんと座らせていた。


「なるほどね……。妖桜に枯人、そして、そいつらを守ってるっていう、桜女郎か……」

 衛たちから、これまでの経緯を聞いた雄矢は、腕組みしながら真剣な面持ちで頷いた。

「そいつらが、失踪事件の犯人かもしれねえんだな?」

「ああ、そうだ」

 衛もまた、ゆっくりと頷いた。


「最初は、まだ『犯人という可能性が高い』って状態だった。けど、今はもう確信してる」

「確信か。何か掴んだのか」

 興味深々と言った様子で、雄矢は尋ねた。

 答えたのは、彼の膝の上の舞依であった。

「うむ。……実は、雄矢と合流する前に、衛の知り合いの刑事さんたちから、失踪した女性の私物を受け取ったんじゃ。私物は、全部で四人分。それらと、シェリーのボールペンを使って、マリーに探知をしてもらったんじゃ」


「探知っつーと、前にマリーちゃんが使った、あのすげー技か。……それで、結果はどうだったんだい?」

 衛の膝に座っているマリーに、雄矢は尋ねる。

 それに対し、マリーは真剣な面持ちで答えた。

「うん。五人のうち、一人は探知出来なかったんだけど、残りの四人は同じ場所にいるみたい。奥多摩の森の中にある、洞窟の奥よ」

「四人も同じ場所にか。……なら、もう決まりだな。完全に、妖桜絡みの事件だ」

 納得した様子で、雄矢はそう呟いた。


「……けどよ。残りの一人は、どうして探知できなかったんだ?」

「考え得る可能性は、二つじゃ。一つは、探そうとしておる人間に、何らかの妖術かかけられていて、その妖気が探知を阻害しておるか。……そしてもう一つは、探そうとしておる人間が、もう亡くなっておるかじゃ」

「……ってことは、その人はもう?」

「……かもしれん。生気を吸い尽くされて、枯人になっておるのかも」

「……」

 雄矢の顔に、一瞬怒りと悲しみの色が映り込む。

 直後、雄矢は己の頬を両手で打ち、こみ上げた負の感情を吹き飛ばしていた。


「……うッし。……そんで、俺は何をすればいい?」

 雄矢が衛を見た。

 衛の目に映る雄矢の顔は、先ほどよりも、強い決意がこもった顔であった。

 それを確認した衛は、一層真剣な顔つきで、雄矢の問いに答えた。


「敵の数を減らしてほしい。……今回の目的は、妖桜と桜女郎を完全に倒すこと、そして、攫われた人たちを助けること──この二つだ。だが、敵の数はとにかく多い。枯人の群れに加えて、桜女郎という番人までいる。目的を達成させるためには、敵の数を減らす必要がある。そのために、お前の力を貸してほしい」

「へっ。予想はしてたが、案の定『こいつ』の出番か」

 雄矢はそう言うと、握り拳を掲げて見せた。

 頑丈な岩を思わせるような、大きく丸い拳であった。


「そうだ。……だが一つ、気掛かりなことがある」

 衛はそう言うと、神妙な面持ちで雄矢を見た。

「……さっきも言った通り、枯人は元人間だ。体は変わり果てて、魂も体には入ってねえが、元々は人間だったことに変わりはない。……そんな奴らと、闘えるか?」

「……」

 衛の問い掛けを聞いて、雄矢は眉をひそめ、顔を俯かせる。

 まるで、自分なりの答えを見つけ出そうとするかのように。


 そして数秒の後──雄矢は顔を上げ、答えた。

「……やるぜ、俺は」

「……」


「確かに、『枯人の正体は人間だ』って話を聞いた時、少し尻込みしそうになった。それは認める。……けど、今はむしろ、『やらなきゃいけねえ』って思ってる。死んでんのに、体を化け物に変えられて、いいように使われるなんて──そんなの、死んだ人が浮かばれねえよ。……だから、俺はやる。枯人を一匹残らずぶっ倒す。そして、まだ生き残ってる人達を、絶対に助け出してみせる」

 力強く、はっきりと、雄矢はそう答えた。


「……そうか。分かった」

 決意に満ちた友の答えを聞いて、衛はそう返した。

 そして、申し訳なさそうに表情を歪めた。


「……退魔師じゃないお前を巻き込んじまって、申し訳ないと思ってる。……けど、頼れるのはお前だけだ。力を貸してもらえるか」

「おいおい。|空《ここ》まで連れて来といて、今更そういうこと訊くか?」

「……すまねえ。それもそうだったな」

 たった今気付いたとでも言いたげな友の様子に、雄矢は、呆れるように苦笑した。

 衛もまた、ほんのわずかではあるが、ぎこちなく苦笑いを返した。


「あー……談笑してるところ悪いけど、いいかい?」

 その時、綾子が口を開いた。

 助手席から振り返りながら、不安げな顔で衛と雄矢を見つめていた。


「衛……その、雄矢くん、だっけ? 彼、ただの空手家なんだろう? 彼のプライドを傷付けるつもりはないが……本当に大丈夫なのかい? 退魔師だったり、超能力とか持ってるわけじゃあないんだろう? これから行くのは、化け物の巣窟なんだよ? 体一つで、桜女郎やら枯人やらに太刀打ち出来るのかい?」

「出来る」

 すると、綾子の問い掛けに、衛はすました顔で即答した。


「確かに、桜女郎を相手にするのは厳しいかもしれない。何しろ、正体はおろか、どんな力を持っているのかも分かってねえからな。……けど、相手が枯人どもなら、話は別だ。枯人は、強烈な衝撃に弱い。こいつの打撃の重さは、実際に打ち合ったことのある俺がよく知ってる。……こいつの空手は、間違いなく枯人に通じる」

「おいおいそんなに褒めんなよ。照れちまうじゃねえか」

 絶対の信頼を感じさせる衛の言葉。

 それを聞いた雄矢は、嬉しそうな顔で頭をかいた。


「……」

 衛の回答を聞いた綾子は、口をぽかんと開いたまま、目を丸くしていた。

 その一拍の後、観念したように苦笑すると、再び衛に話し始めた。

「……分かったよ衛。君がそこまで信頼しているなら、私も彼のことを信じてみよう」


 それから、首をわずかに動かし、今度は雄矢を見て言った。

「でも雄矢くん。あまり無茶をしないようにね。君が、衛も太鼓判を押すほどの空手の達人だということは分かった。……だが、君はあくまで、退魔師ではなく一般人。そして、敵は空手家ではなく、恐ろしい怪物どもなんだ。だから、自分の命を最優先に。それと、さっき衛も言っていたが、桜女郎には絶対に手を出さないこと。いいね」


「分かった。任せてくれよ綾子さん。自分に出来る範囲でやってみるさ」

 雄矢はそう言うと、自信たっぷりな笑みでサムズアップした。

「よし、ならそれでいい。期待してるぜ、雄矢くん」

 綾子もそう言い、安心したように、雄矢に笑みを返した。


「どうやら、話はまとまったようですな。丁度良いタイミングでした」

 その時、それまで操縦に集中していた田尻が、初めて口を開いた。

「もうすぐ、目的地に到着いたしますぞ。準備はよろしいですかな?」

「ええ。大丈夫です」

 衛が頷き、返事を返す。力強く。

 マリーも、舞依も、そして雄矢も、同様に頷いた。

 攫われた人々を救い出し、元凶となった妖怪どもを打ち倒す。そんな意気込みを感じさせるかのように。


「……うん。やっぱり、下には着陸できそうにないね。それじゃあ予定通り、君たちはここで、パラシュートなしのダイビングに挑戦してもらおう。マリーちゃん、舞依ちゃん、雄矢くんの三人は、舞依ちゃんの念力で着地。衛には妖術が効かないから、強化術を駆使して着地してもらうよ。そんじゃあ各自、健闘を祈る! 行ってらっしゃい!」

「おう。行ってくるぜ」

 綾子の言葉に、衛は短くそう返す。

 そして、ヘリの側面のドアを開いた。


 ──勢いよく風が吹き込んでくる。

 衛は目を細め、僅かに身を乗り出す。

 下を覗き見ると、生い茂る木々の群れが広がっていた。

 確かに、ヘリコプターが着陸出来る隙間など、ありはしなかった。


「……よし」

 衛は、己の両頬を両手で打つ。

 同時に、抗体を練り始めた。

 ──抗体がエネルギーへと変換され、そこから更に凝縮し、細胞の一つ一つに溶け込んでいく。

 そんなイメージを脳内で膨らませ、身体能力が向上したことを確認した後──

「はッ!!」

 ──勢いよく、ヘリから身を投げた。

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