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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
210/310

妖花絢爛 十九

【これまでのあらすじ】

 妖怪研究家を自称する御堂綾子の協力によって、世間を騒がせている事件は、『妖桜』という妖怪樹によるものだということが発覚した。

 敵が誘拐する対象としているのは、若く美しい女性。それを知った衛は、シェリーもまた同じくターゲットとされていたことに気付く。

 急ぎ、シェリーに連絡を入れる衛。しかし、既に彼女は、妖桜のしもべの『枯人』たちに襲撃されてしまっていた。


 シェリーや失踪者を救う決意を固め、作戦を練る一同。

 そして衛は、その救助作戦を完遂すべく、友であり、ライバルでもある青年──空手家・進藤雄矢に応援を要請するのであった。


 その頃、シェリーは──。

15

 ──かすかな土の匂いを感じて、シェリーは意識を取り戻した。

 瞼を開くと、そこには闇が広がっていた。目の前の光景が、何も見えない。

 しかし、わずかに光は感じる。紫色と桃色が混ざったような妖しい光を、うっすらと感じる。

 ということは、自分は今、布か何かで目隠しでもされているのだろうか──シェリーは、そう思った。


(ここは……一体……?)

 何も見えないことで、シェリーの心に、わずかに不安と恐怖が生じる。

 しかし、それらを押し殺し、シェリーは状況把握を続けようと努めた。


「……む……ぐ……」

 ──声を出そうと試みる。

 しかし、言葉が出ない。何かに遮られているようで、辛うじてくぐもった呻き声だけが隙間から漏れた。

 口周りから、首の後ろに掛けて、違和感がある。口は開いたまま固定されており、閉じることができない。

 おそらく、猿轡か何かを噛ませられているに違いない。


 ──次に、身じろぎをしようとした。

 しかし、体はピクリとも動かない。

 足の爪先から、首と顎の付け根にかけて、冷たくざらついた何かに包まれているような感覚がある。

 何かで固定され、拘束されているようであった。


 ──その後、耳に精神を集中させた。

 すると、かすかに音が聞こえた。

 呻き声、そして、鼻をすする音。

 おそらく、すすり泣く声だ。それも、女性の。


(……まさか……失踪した女性……?)

 シェリーは、意識を失う前に交わした、衛との電話の内容を思い出した。

 ならば、やはりここは、妖桜という妖怪の巣なのでは。そこに、自分や疾走した女性は連れてこられ、囚われているのでは──シェリーがそう思った、その時であった。



「……くすくす……素晴らしいですわ……。順調に、集まっておりますわね……」

 どこからともなく、艶やかな女性の声が聞こえてきた。


「……っ!」

 シェリーの体が、びくりと震えた。

 この場所に、他にも誰かいるというのか。それも、自分たちのように拘束されていない女性が。


「……やはり、しもべどもが増えると違いますわね。こんなにも多くの肥やしが集められるなんて、夢のよう……。これでこの桜も、より美しく、そしてより壮大な姿となることでしょう……」

 うっとりとした女性の声が、遠くから聞こえてくる。

 もしや、この声を発している女性が、この事件の真犯人なのでは──そう思ったシェリーは、全ての集中力をその声に注いだ。

 声の出どころは、おそらくシェリーの真後ろからだ。


「……おや?」

 その時、女性の声が、不思議そうなものに変わった。

 直後、軽やかさを感じさせる足音が聞こえた。

 徐々に、足音は大きくなってきている。

 シェリーの方へ一歩ずつ近付いて来る。

 そして──足音が、シェリーの傍で、止まった。


「……まぁ。まぁ、まぁ……!」

 歓喜の色に染まった女性の声が、シェリーのすぐ傍から聞こえ、周囲に響いた。

「なんて煌びやかな金髪。そして、雪のように真っ白な、透き通った肌……! 素晴らしいですわ、素晴らしいですわ! こんなにも美しい異国の者が手に入るなんて!」

 興奮気味な声が、シェリーの目と鼻の先という距離から聞こえた。

 直後、己の髪が、何かに持ちあげられている感覚が伝わってくる。

 おそらく、自分の傍らに屈みこんで、髪を勝手に触っているのであろう──シェリーはそう判断した。


「……ぅ……むぐ……!」

 シェリーは抵抗しようと、声を出しつつ、首を振って払おうとした。

 しかし、猿轡によって口からは呻き声しか漏れず、首も固定されていたため、僅かに頭を震わせることしか出来なかった。

「あらあら、活きの良い肥やしですこと。ふふ……!」

 抵抗を試みるシェリーに対し、傍らの女はそう言った。

 直後、シェリーの鼻の頭に、何かがツンツンと当たるのを感じた。

 おそらく、こちらをからかって小馬鹿にするように、鼻を指でつついたのだ。

「……う……ぐ……!」

 シェリーは、己の内側から屈辱が滲み出るのを、呻きながら堪えた。


「その様子ならば、妖気で作り出した養分を送り込めば、一ヶ月は持ちますわね。この桜をより美しくする糧となれることを、心の底から誇りにお思いなさいな……ほほ……!」

 女はそう言うと、笑い声を上げた。

 笑い声は、足音と共に徐々に遠くなり──やがて、聞こえなくなった。

 周囲から聞こえてくるのは、再び、呻き声とすすり泣く声のみとなった。


 シェリーは、静かに呼吸を行った。

 本当は深呼吸でもしたい所であったが、全身から感じる圧迫感により、出来そうになかった。

(衛……私はここにいるわ……。だから早く、彼女たちを……!)

 シェリーは呼吸を続けながら、そう祈った。

 周囲からは、依然として呻き声とすすり泣く声が聞こえていたが、心なしか、それらが弱々しくなり始めていた。

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