妖花絢爛 十九
【これまでのあらすじ】
妖怪研究家を自称する御堂綾子の協力によって、世間を騒がせている事件は、『妖桜』という妖怪樹によるものだということが発覚した。
敵が誘拐する対象としているのは、若く美しい女性。それを知った衛は、シェリーもまた同じくターゲットとされていたことに気付く。
急ぎ、シェリーに連絡を入れる衛。しかし、既に彼女は、妖桜のしもべの『枯人』たちに襲撃されてしまっていた。
シェリーや失踪者を救う決意を固め、作戦を練る一同。
そして衛は、その救助作戦を完遂すべく、友であり、ライバルでもある青年──空手家・進藤雄矢に応援を要請するのであった。
その頃、シェリーは──。
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──かすかな土の匂いを感じて、シェリーは意識を取り戻した。
瞼を開くと、そこには闇が広がっていた。目の前の光景が、何も見えない。
しかし、わずかに光は感じる。紫色と桃色が混ざったような妖しい光を、うっすらと感じる。
ということは、自分は今、布か何かで目隠しでもされているのだろうか──シェリーは、そう思った。
(ここは……一体……?)
何も見えないことで、シェリーの心に、わずかに不安と恐怖が生じる。
しかし、それらを押し殺し、シェリーは状況把握を続けようと努めた。
「……む……ぐ……」
──声を出そうと試みる。
しかし、言葉が出ない。何かに遮られているようで、辛うじてくぐもった呻き声だけが隙間から漏れた。
口周りから、首の後ろに掛けて、違和感がある。口は開いたまま固定されており、閉じることができない。
おそらく、猿轡か何かを噛ませられているに違いない。
──次に、身じろぎをしようとした。
しかし、体はピクリとも動かない。
足の爪先から、首と顎の付け根にかけて、冷たくざらついた何かに包まれているような感覚がある。
何かで固定され、拘束されているようであった。
──その後、耳に精神を集中させた。
すると、かすかに音が聞こえた。
呻き声、そして、鼻をすする音。
おそらく、すすり泣く声だ。それも、女性の。
(……まさか……失踪した女性……?)
シェリーは、意識を失う前に交わした、衛との電話の内容を思い出した。
ならば、やはりここは、妖桜という妖怪の巣なのでは。そこに、自分や疾走した女性は連れてこられ、囚われているのでは──シェリーがそう思った、その時であった。
「……くすくす……素晴らしいですわ……。順調に、集まっておりますわね……」
どこからともなく、艶やかな女性の声が聞こえてきた。
「……っ!」
シェリーの体が、びくりと震えた。
この場所に、他にも誰かいるというのか。それも、自分たちのように拘束されていない女性が。
「……やはり、しもべどもが増えると違いますわね。こんなにも多くの肥やしが集められるなんて、夢のよう……。これでこの桜も、より美しく、そしてより壮大な姿となることでしょう……」
うっとりとした女性の声が、遠くから聞こえてくる。
もしや、この声を発している女性が、この事件の真犯人なのでは──そう思ったシェリーは、全ての集中力をその声に注いだ。
声の出どころは、おそらくシェリーの真後ろからだ。
「……おや?」
その時、女性の声が、不思議そうなものに変わった。
直後、軽やかさを感じさせる足音が聞こえた。
徐々に、足音は大きくなってきている。
シェリーの方へ一歩ずつ近付いて来る。
そして──足音が、シェリーの傍で、止まった。
「……まぁ。まぁ、まぁ……!」
歓喜の色に染まった女性の声が、シェリーのすぐ傍から聞こえ、周囲に響いた。
「なんて煌びやかな金髪。そして、雪のように真っ白な、透き通った肌……! 素晴らしいですわ、素晴らしいですわ! こんなにも美しい異国の者が手に入るなんて!」
興奮気味な声が、シェリーの目と鼻の先という距離から聞こえた。
直後、己の髪が、何かに持ちあげられている感覚が伝わってくる。
おそらく、自分の傍らに屈みこんで、髪を勝手に触っているのであろう──シェリーはそう判断した。
「……ぅ……むぐ……!」
シェリーは抵抗しようと、声を出しつつ、首を振って払おうとした。
しかし、猿轡によって口からは呻き声しか漏れず、首も固定されていたため、僅かに頭を震わせることしか出来なかった。
「あらあら、活きの良い肥やしですこと。ふふ……!」
抵抗を試みるシェリーに対し、傍らの女はそう言った。
直後、シェリーの鼻の頭に、何かがツンツンと当たるのを感じた。
おそらく、こちらをからかって小馬鹿にするように、鼻を指でつついたのだ。
「……う……ぐ……!」
シェリーは、己の内側から屈辱が滲み出るのを、呻きながら堪えた。
「その様子ならば、妖気で作り出した養分を送り込めば、一ヶ月は持ちますわね。この桜をより美しくする糧となれることを、心の底から誇りにお思いなさいな……ほほ……!」
女はそう言うと、笑い声を上げた。
笑い声は、足音と共に徐々に遠くなり──やがて、聞こえなくなった。
周囲から聞こえてくるのは、再び、呻き声とすすり泣く声のみとなった。
シェリーは、静かに呼吸を行った。
本当は深呼吸でもしたい所であったが、全身から感じる圧迫感により、出来そうになかった。
(衛……私はここにいるわ……。だから早く、彼女たちを……!)
シェリーは呼吸を続けながら、そう祈った。
周囲からは、依然として呻き声とすすり泣く声が聞こえていたが、心なしか、それらが弱々しくなり始めていた。




