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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第四話『爆発死惨』
21/310

爆発死惨 四

3

 ──某所マンション、二〇三号室。

 その玄関の扉を衛が開くと、中から味噌汁の芳醇な香りが漂ってきた。


「ただいま」

「おかえりなさーい!」


 帰宅を告げる衛の言葉に、明るく無邪気な声が返って来る。

 それからしばらくして、奥から幼い少女が駆け寄って来た。

 ロールされた眩しい金髪に、綺麗に整った顔立ち。そして、エプロンの下でふわふわと揺れる、品の良さを感じさせるドレス。

 西洋人形の妖怪にして、衛の助手──マリーであった。


「もうご飯出来てるわよ! 今日のお味噌汁は自信作なんだから!」

「そりゃあ楽しみだ。帰って来る時、腹が減って仕方がなかったんだ」

 衛はタオルで汗を拭いながら、椅子に腰を下ろした。


 テーブルの上には、既に朝食が並べられていた。

 ──炊き立ての白飯。

 ──油揚げと白菜、ネギがたっぷり入った味噌汁。

 ──程良い量の塩がまぶしてある焼き鮭。

 ──キュウリや茄子等の、野菜の浅漬け。

 ──辛子付きの小粒納豆。

 それが、その日の朝食のメニューであった。

 一日の最初を飾るに相応しい、シンプルながら完璧な献立であった。


「いただきます」

「いっただっきまーす!」

 二人は両手を合わせ、そう言った。衛は丁寧に、マリーは元気良く。

 対照的な姿であったが、そのどちらの言葉にも、作ってくれた者と、食材となった生命への感謝の気持ちが十二分に込められていた。


「……おお」

 味噌汁を啜った直後、衛が感心したような声を漏らしていた。

「どう? どう? 美味しいでしょ?」

「うん。味も濃さも丁度良い。作るのがだいぶ上手くなったな」

「やたっ!」

 美味そうに具材を味わう衛。

 それを見て、マリーは満足げな顔をするのであった。


 ──マリーが衛の家に住み始めて、一週間が過ぎようとしていた。

 その間、除霊や妖怪退治等の仕事は入らなかったため、衛はもっぱら鍛練をするか、マリーに料理を教えていた。

 マリーは思いの外呑み込みが早く、衛が料理を教えると、スポンジのように吸収していった。

 もしかしたら、才能があるのかもしれない──衛はそう思いながら、納豆をかき混ぜ、白飯の上に乗せた。


「そう言えばさっき、仕事の依頼が入ったんだ。これ食ったら、すぐに出るよ」

「うん、分かった。あたしも行った方が良い?」

「いや、まずは俺一人で行く。話を聞きに行くだけだからな。もし人探しをすることになったら、一旦帰って来るようにする。その間、留守は任せた」

「おっけ。──ってあれ?その腕どうしたの?」

 マリーが不思議そうな顔をする。

 衛の左腕に、視線が注がれていた。


「腕? ……ああ、これか」

 衛が左腕を見て、合点する。

 左腕の一部が、赤く腫れていた。

 雄矢との立ち合いの中で負った、外受けによる打撲の跡であった。


「実はさっき、腕の立つ空手家に勝負を挑まれたんだ。その時にやられたんだよ」

「うわぁ、痛そう……大丈夫なの?」

 マリーが顔をしかめる。

 跡をまじまじと見てしまったことで、己の腕が怪我をしたように錯覚したのである。

「ああ。骨には異常は無い。丸一日もすりゃあ治るだろ」

「ふぅん……ねぇ、その空手家って強かったの?」

「ああ。俺もそいつも手加減してたから、本当の実力は分からなかったけど。……でも、多分相当強い」

 衛はそう言うと、美味そうに納豆飯をかき込んだ。


「……」

「? どうした?」

 きょとんとした顔で、マリーが衛を見ていた。

 不審に思い、衛が尋ねる。

「いや……何か、『楽しそうだなー』って思って」

「『楽しそう』?」

「うん、何となくだけど。そんなに生き生きしてる衛、料理をしてる時以外では初めて見たなーって」

 そう言いながら、マリーは油揚げをもそもそと食べた。

 彼女の言葉に、衛がしばらく、ぽかんとする。


 衛は、闘いを楽しんだことなど一度も無い。

 妖怪や悪霊との殺し合いも。

 他の武術家との立ち合いでも。

 だが不思議なことに、進藤雄矢との立ち合いだけは違った。

 ほんの僅かな時間──その上、互いに手加減をした上での勝負であった。

 しかしその時、衛は確かに高揚したのである。

 雄矢との殴り合いを、『楽しい』と感じていたのである。


「……ああ、そうだな」

 衛が口を開く。

 ゆっくりと、箸を置いた。

「あいつとの喧嘩は、確かに面白かったし、楽しかったな」

 衛の顔は、相変わらずの無表情であった。

 だが一瞬、衛が嬉しそうに目を細めるのを、マリーは見た気がした。


「……また会ったら、もう一度勝負しないとな」

 そう言うと、衛はまた一口、味噌汁を美味そうに啜った。

 次回は、水曜日の午前10時ごろに投稿する予定です。

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