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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 十七

13

『……大丈夫。信じてるわ。きっと助けてくれるって』

「……シェリー? ……シェリー!? おい、シェリー!!」

 鬼気迫る表情で、衛は仲間の名を叫んだ。

 しかし、その悲痛な呼び掛けに、シェリーは言葉を返さなかった。

 代わりに聞こえたのは、ツー、ツー、という、電話の終わりを告げる音のみ。

 その音を聞きながら、衛はただ、愕然とした表情を浮かべることしか出来なかった。


「ま、衛……! どうだったの……!?」

「シェリーは、まだ奥多摩におったんじゃろ!? すぐに帰って来るんじゃろ!?」

 助手たちが、不安げな顔で衛に詰め寄る。

 しかし衛は、彼女達の顔を見ることもせず、力なくソファーに座り込んだ。

「……遅かった。枯人たちに取り囲まれてた」

「え……!? そ、それ大丈夫なの!? シェリー、逃げられるの!?」

 慌てふためきながら、マリーは衛に質問を浴びせ掛ける。

 衛は、目を固く瞑り、左手で頭を抱えながら答えた。

「……足を怪我したらしい。……あいつ、妖桜の居場所を突き止めるために、自分が囮になるつもりだ」

「何じゃと……!? わざと捕らえられるつもりなのか!?」

 半ば呆然としたまま、舞依はそう言った。

 衛は、何も答えなかった。

 歯を強く食いしばり、ぶるぶると震えるくらいに、拳を固く握り締めていた。


「畜生……!」

 衛は、固く握った右拳で、己の脚を叩いた。

 自責の念に駆られながら、何度も何度も叩いた。

 ──何故、もっと早く真相に辿り着けなかったのか。

 己の愚鈍さを、ただただ責めるしかなかった。


「落ち着きたまえよ、衛」

 そんな衛をなだめる、女性の冷静な声。

「……綾子」

 衛が顔を上げると、真剣な様子の綾子の顔があった。

 向かいのテーブルから身を乗り出し、衛の肩をポンポンと叩いていた。

 それから──ふっと、苦笑した顔になった。


「……『人の命がかかった状況になると、途端に冷静さを欠く』……君の悪い癖だぜ。まずは頭を冷やしなよ」

「しかし──」

「だから落ち着けって。熱くなるのも分かるが、そういう時こそ冷静にならなきゃならない。まずは、今自分がしなければならないことを、冷静に見極めるんだ」

「……! ……」

 綾子になだめられた衛は、動揺を隠せぬ様子であった。

 しかし、綾子の言葉を聞いた後、視線を下に落とし──その後、ゆっくりと目を伏せた。


 彼女の言う通りかもしれない──衛はそう思いながら、深呼吸をした。

 静かに、一回。空気が肺を満たし、酸素が血液と共に循環する。

 更に、大きく一回。もう一度、新鮮な酸素が全身を巡っていく。

 計二回の深呼吸をした後──ゆっくりと目を開いた。

 衛の瞳から零れる動揺の色は弱くなっていた。

 ──己を責めている余裕はない。今やらなければならないことは、他にある。


「……落ち着いたかい」

 綾子が微笑みかける。

 しっかりと、衛が頷いて答える。

「……ああ。すまねえ綾子」

「気にしなさんなって。……それより、これからどうする。どうやって彼女を助ける」

 真剣な表情に戻った綾子が、衛にそう訊ねる。


 衛は、躊躇することなく即答した。

「当然、シェリーを助ける」

「どうやって? そのシェリーさんは連れ去られたんだろう? 場所は分かるのかい?」

「マリーの妖術を使って探り当てるさ」

「え? マリーちゃんの?」

 衛の言葉に、思わずきょとんとした顔をする綾子。


「マリーは、探知の妖術が使える。物に宿った記憶から、持ち主の居場所を探り当てることが出来るんだ」

「へえ、そいつは便利だね。それなら、すぐにシェリーさんとやらの居場所が分かるな」

 感嘆の声をこぼす綾子。

 そして、期待の視線を込めた視線でマリーを一瞥をした。


「ああ。……それと、知り合いの刑事さんに頼んで、失踪した女性の私物を、いくつか貸してもらう予定になってるんだ。今からここに呼び出して、受け取ろうと思う」

「そうか。その私物からも探知を行って、シェリーと失踪者の行き先が一致すれば、この事件が妖桜絡みの事件であるという裏付けが出来る訳じゃな」

 衛の考えを聞いて、納得したように舞依が頷く。


 衛もまた、彼女の顔を見ながら頷き返す。

「そういうこった。……じゃあ、頼むぞマリー」

 衛は、胸のポケットから、シェリーのペンを取り出す。

 そしてそれを、丁寧にマリーに差し出した。

「おっけ! 任しといて!」

 マリーはそれを、待ってましたといわんばかりの得意げな顔で掴み取った。


 その姿を微笑みながら見た綾子は、再び衛に目を向けて尋ねる。

「それじゃあ、目的地まではどうやって行く?」

「……『あれ』を頼む」

 衛の即答に、綾子は思わず、ニヤリと笑っていた。

「そうくると思ったよ。……田尻さん!」

 綾子が勢いよく目を向ける。

「ええ、既に準備は万全でございます」

 そこには、親指を立てながら、綾子に劣らぬ不敵な笑みを浮かべている田尻の姿が。

「ナイス! さっすが田尻さん!」

 彼のその姿を見た綾子は、反射的にサムズアップを返していた。


「それじゃあ、足の準備も問題ないし、次は人手の準備だね」

 わくわくとした様子で綾子は話す

「何せ、敵は大勢だ。敵の掃討、そして失踪者の救助という目的を成功させるには、今の人数では心もとない。一人でも仲間が増えれば、成功確率は確実に上がるはずだ。早速、一成いっせいさんか颯人(はやと)くんに事情を説明して、協力してもらおう」

 綾子は、衛が信頼している友人の名を挙げ、そう提案した。


 しかし衛は、しばし考え込む仕草をした後──静かに、首を横に振った。

「……駄目だ」

「えっ」

「……今、二人は仕事で遠方に行ってるんだ」


「何? 二人ともかい!?」

「ああ。一成さんは、先週電話した時に、仕事で北海道に行くって言ってた」

「む……それはすぐには呼び出せないな……。なら、颯斗くんは? 彼ならば、国内ならすぐに来れるんじゃないかい?」

「颯斗は国内にはいない。今あいつは、レイダーとの合同調査でアメリカに行ってる」

「渡米してるのか! それは確かに、彼でも無理だなぁ」

 顔をしかめ、頭をかく綾子。


 直後、目を見開き、明るい表情で口を開く。

「あ……! それじゃあ、君のお師匠さまはどうだい? あの人なら『夏に花見が出来るとは珍しいじゃねえか!!』とか言いながら来てくれそうなものだけど」

「それも難しい。爺さんは今、『村』にいるはずだ」

「う……それは無理に呼び出せないだろうなぁ…………う~ん……うー……駄目なのかよぅ……うううー……」

 自身が挙げた人選がことごとく却下され、流石の綾子も困り果てたような表情を浮かべた。


「うーん……うーん……うううー……」

 ますます困った表情になっていく綾子。

 しかし、それでもまだ、考えることをやめなかった。援軍が無理なら、何らかの方法で救出作戦の成功率を上げられないか、必死に試行し続けた。


 そして遂に──

「ううう……うわあーッ! 駄目だー詰んだーッ! あああーッ!!」

 ──綾子の思考回路が、ストレスによって限界を迎えた。

 緩やかなパーマのかかった髪をわしわしと両手で掻きむしりながら、絶叫し始めた。


「わわ! びっくりした!」

「い、一体どうしたんじゃ……?」

「大丈夫だ。イライラすると、いっつもこうなんだ」

 驚いた様子のマリーと舞依に、衛は顔をしかめながら説明した。


「先生、おやめください。はしたのうございますぞ」

 見るに見かねた田尻が、呆れたような顔で綾子に呼びかける。

「はしたなくってもいいよー! いい案が思い浮かばないんだよ―ちくしょー!」

 ──しかし、綾子は止まらなかった。

 駄々をこねる子どものように、床に寝転がって喚き続けた。


「衛ゥ~この際強い奴なら誰でもいいから頼れる奴とかいないのかよ~ッ! 枯人をワンパンで倒せるくらいパワフルでタフで頼りになるすっごい友達とかさーッ!」

「馬鹿言ってんじゃねえ。そんなスーパーマンみたいな奴がいる訳──」

 衛は、顔をしかめながら綾子の言葉に反論し──途中で、止めた。


「……? どうしたんだい衛」

 綾子の癇癪が治まった。

 そして、不意に話すのを止めた衛を案じる。

「……」

 衛は口元に手を当て、考えた。

 今思い当たった人物ならば、あるいは──と。


「……いた」

「え?」

「……いたぞ。一人、頼りになる奴が」

「マジで!?」

 衛の言葉を聞いて、反射的に綾子はガバッと上体を起こした。


「そいつは良かった、ほっとしたよ! それで、その人はどんな退魔師なんだい?」

「いや、奴は退魔師じゃない」

「え? 『退魔師じゃない』?」

 眉をひそめる綾子。

 そして、興味深々といった様子で、衛に尋ねた。

「誰なんだい、その人……?」


 衛は、口元から手を離し、真剣な顔で答えた。

「奴は、空手家だ」

 次回更新日は未定です。

 なお、次回更新時、最後の衛の台詞を変更させていただきます。


※9/7追記

 告知通り、最後の衛の台詞を変更させていただきました。

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