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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 十五

【これまでのあらすじ】

 謎の朽木人間の正体に迫るべく、友人の妖怪研究家・御堂綾子のもとを訪れた衛一向。

 衛は綾子に、これまでに調べた情報を打ち明ける。しかし、綾子に心当たりはなく、一同は途方に暮れることに。

 だが、世間話をしている最中、とある言葉を聞いた綾子は、雰囲気を急変させ──

 本棚に向き合っていた綾子は、素早くテーブルに向かって方向転換し、早足で歩き始めた。その間も、開いたままの本のページから目を離さなかった。

「綾子、何か分かったのか」

「ああ、少々手こずったがね。君との会話がヒントになった」

「おお、お見事でございます、先生」

 衛の問い掛ける声と、田尻の賞賛の声。それらを聞き、綾子はようやく本から目を離し、歩きながら顔を上げた。やはりそこに浮かんでいたのは、何かを確信したような笑みであった。


「えっ、分かったの!? マジで!?」

「も、もう少し時間が掛かるのではなかったのか!?」

 驚愕の表情を浮かべるマリーと舞依。それに対して、綾子は指をチッチッと振って見せた。

「甘いぜお嬢さん方! この天才妖怪博士を嘗めるなよ! これからクッソ面白いスーパー推理タイムを披露してやっからな!」

 エネルギッシュな笑顔を見せながら叫ぶ綾子。やがて彼女は、テーブルまで辿り着き、持ってきた本を見せた。


 ──それは、和装本であった。

 紙は色褪せて、所々に染みがにじんでおり、綴じるための糸も、今にも切れそうなほどにボロボロであった。

 本の構造と劣化具合を見る限りでは、およそ百年以上前の書籍であろうことが伺えた。


「まずは、これを見てくれたまえ」

 そう言いながら、綾子はページを開いたまま、テーブルの中央に置いた。開かれたページには、達筆な字で書かれた解説文が。

「ぐ……何て書いてあるのか読めない……」

 ページをじっと睨んでいたマリーが、ギブアップを宣言する。

 その様子を見た綾子は苦笑し、本に目を通しながら、翻訳と解説を始めた。


「ここに書かれているのは、『桜女郎(さくらじょろう)』と『妖桜(あやかしざくら)』いう妖怪樹についての詳細だよ」

「『桜女郎?』」

「「『妖桜』?」」

 衛、マリー、そして舞依が、綾子が口にした名を同時に復唱する。初めて耳にする名である。どのような妖怪なのかも、彼らは知らなかった。


「妖桜とは、文字通り桜の妖怪でね。巨大な幹を持ち、そこから生えている枝は、この世のものとは思えぬ優雅な美しさを持つ花を咲かせる──そんな桜なんだ。そして、その桜の世話をし、守っているのが、桜女郎という妖怪らしい」

「桜女郎か……何者なんだ、そいつは」

 衛が問う。

 すると綾子は、曖昧な様子を訴えるように、僅かに眉根を寄せた。

「残念ながら、桜女郎の正体はハッキリと分かってはいない。ここに載ってるのは、桜女郎は遊女のような姿をしているということ。それと、『妖桜の美しさに魅入られた妖怪ではないか』とか、あるいは『この妖怪が妖桜を植えた張本人ではないだろうか』だとか──そんな推測だけだった」


「そうか……。……それで、こいつらには朽木人間と何の関係があるんだ?」

「シンプルな話さ。こいつらが、朽木人間を生み出しているんだ」

「何!?」

「ど、どういうこと!?」

「一体どうやって!?」

 驚愕に目を見開く衛。マリーと舞依も同様に、驚きを隠せなかった。

 対する綾子は、真剣な表情で、真っ直ぐに衛を見つめていた。


「次のページを見てくれないか」

 そう言いながら、綾子は色褪せた紙をめくり、その中断を指差した。そこにはやはり、達筆だが消えかかっている字が書いてあった。

 しかし、読めないというほど薄れている訳でもなかった。衛は目を凝らし、綾子が指差している場所の文字を読み取ろうとした。


「……(かれ)……(びと)……?」

 衛が、ゆっくりとその文字を読み上げる。

 直後、綾子はこくりと頷いていた。

「……そう、『枯人(かれびと)』だ。こいつが、朽木人間の正体さ」

 そう言うと、綾子はソファーにゆっくりと腰を下ろす。

 そして、田尻が注いだばかりの新しい紅茶に口をつけ、語り始めた。


「妖桜の生きる糧は、年老いていない女性の──それも、とびっきりの美女の生命力らしい。だから、若い美女を攫い、逃げられないように拘束してから、じっくりと生命力を吸い取っていくんだ。それも、ただ吸い取るだけじゃあない。自身の妖気で生成した必要最低限の養分を美女に注ぎ込み、延命処置をするんだ。少しでも多く、そして長く生命力を吸い取れるようにね。……そして、その美女が完全に息絶えた時──美女の肉体は枯れ木のように朽ち果て、妖桜の奴隷と化すのさ」

「何……!?」

 衛が、血走った眼を見開いた。驚きと、怒りから来る感情が、衛の血液を滾らせた。


「それじゃあ朽木人間の──枯人の正体は、人間ってことか!?」

「残念ながら、その通りだ」

 綾子は、静かにそう言った。淡々とした声であった。


「──こいつらの存在が発覚したのは、江戸時代末期のことだ。当時、江戸の近辺では、とある事件が頻発していたんだ。それは、『女性の神隠し』。若い美女たちが、何の痕跡も残さず、行方不明になってしまうというものだった」

「……!」

 衛は、引っ掛かるようなものを感じ、思わず眉根を寄せていた。

 ──似ていた。今世間を騒がせている、『女性の連続失踪』。それと、酷似していた。


「……最初は、単なる家出か、人間による人攫いかと思われていた。……しかし、そんな可能性は、次第に消えていった。何故なら、『朽木のような姿をした化け物を見た』という証言が増え始めたからね。消えた人数は日に日に増えていき、やがて人々は、噂をするようになった。──『こいつはきっと、あの枯れ木の化け物による人攫いだ』ってね。そして遂に、事態を重く見た町の人々は、とある退魔師に調伏を依頼した」

「……」

「その退魔師は、必死に枯人の捜索を行った。そしてある晩、とある女性を誘拐している枯人を発見し、跡をつけていったんだ」

「……」


「枯人が向かったのは、森の中に隠されていた洞窟だった。退魔師は、気配を感じ取られないよう注意しながら、洞窟の奥へと向かう枯人を更に尾行した。……やがて退魔師は、洞窟の奥にある大空洞へと辿り着いた。そこで彼は、身も凍るような光景を目にしたんだ」

「……まさか、攫われた女性が、生命力を吸い取られていた?」

「その通り。桜女郎によって、行方不明になっていた女性が拘束され、大空洞の中央で咲き誇っている妖桜の肥料にされていたらしい。幸い、行方知れずになって日が浅い女性たちは、衰弱してはいたが、辛うじて生きていた。……しかし、最初に失踪した女性たちは、既に枯人と成り果てていたそうだ」

「……何と、惨いことを」

 衛の横で話を聞いていた舞依が、悔し気にそう呟いていた。

 マリーもまた、歯を食いしばり、怒りに体を震わせていた。


「──退魔師は、桜女郎や枯人たちに気付かれないように身を隠しながら、こっそりと観察した。その合間にまだ息のある女性たちを、可能な限り救出していったんだ。やがて、観察が終わり、奴らを完全に滅ぼすには戦力が足りないと判断した。退魔師はやむを得ず、救出できた女性たちと共に洞窟から脱出した。……そして、もう二度と被害者を出さないためにも、洞窟ごと奴らを封印したそうだ。……これが、この書物に記載されている、妖桜の事件の顛末さ」

 そう言い終えると、綾子はカップの持ち手を掴み、残りの紅茶を喉に流し込んだ。まるで、自棄酒でもかっ食らうかのように。


「……近頃目撃されているという、謎の朽木人間。そして、最近起こっている連続失踪事件。それらを聞いた時、私は妖桜と、枯人のことを思い出した。そして、思った──『こいつらが犯人じゃないか』ってね」

 綾子が立ち上がる。

 やや興奮状態にあるらしく、頬が薄っすらと赤く染まっていた。


「そして、推理をした結果、その想像は確信へと変わった。やはり、全ての元凶は妖桜だ。衛が教えてくれた、朽木人間の行動。『誰を襲い、誰を襲わなかったのか』──それを考えたら、見事に枯人と一致したんだ」

「何?」

 衛は思わず、眉間に皺を寄せた。綾子の言葉の意味が把握できなかった。


「どういうことだ。『誰を襲い、誰を襲わなかったのか』って」

「言葉通りの意味さ。……思い出してくれ。枯人について説明した時に言ったが、妖桜は、美女の生命力を糧にしている。だから枯人は、妖桜の糧となるような美女を誘拐していく。……このことを念頭に置いて、もう一度、朽木人間と遭遇した遭遇した人たちのことを振り返ってみたまえ」

「え……?」

 衛は困惑しながらも、口元に手を当て、考えた。妖桜の生命の源と、枯人の目的。自分が聞いた話、目撃したもの。それら全てを、もう一度振り返った。


「──例えば、のっぺらぼうの女性が目撃したという朽木人間についてだ。確かそいつは、のっぺらぼうの女性を襲ったりはしなかった。そう言ったね」

「ああ。言った」

 衛が頷く。

 直後、舞依がハッとした様子で、小さく叫んだ。

「……あっ。のっぺらぼうということは……!」

「おっ、鋭いね。舞依ちゃんは気付いたかい」

 舞依の様子を見て、綾子が微笑みかける。


「……のっぺらぼうには、『顔がない』。妖術で人間のような顔を作り出すことは出来るが、それはただの作り物にすぎない──イコール、『美女ではない』。朽木人間は、そう判断したのさ」

「……そうか。だから、朽木人間は彼女を襲わなかったのか」

 ──ようやく納得がいった。そう言うかのように、衛が呟いた。


「ああ。美女ではなかったから、朽木人間による狩りの対象(ターゲット)に選ばれなかった。……そしてこれは、昨晩君が遭遇した事件にも当てはまる」

「何? サラちゃんとアッコちゃんが襲われた事件のことか?」

「違うよ、衛」

 衛が尋ねた瞬間、綾子の口から、否定の言葉が飛び出していた。

「『サラちゃんとアッコちゃんが』ではない。『アッコちゃんが』襲われた事件だ」

「え?」

「思い出せ。君はさっき、こう言った。──『サラちゃんは無事だが、アッコちゃんは三体の朽木人間に襲われ、気絶させられた』と。……つまり、朽木人間は、サラちゃんには目もくれず、アッコちゃんのみを襲ったわけだ。……これが、何を意味すると思う?」

「え……?」


「君も分かっているとは思うが、アッコちゃんは美人だ。新垣結衣と栗山千明を足して割ったくらいの、相当な美人だ。高校生の頃にスカウトされ、有名ファッション雑誌でモデルをやっていたくらいだ」

「……」

「一方、サラちゃんは、自分の素顔が地味なことを気にしていてね。それが原因で、幼い頃に周囲の男子から、しょっちゅうからかわれていたらしい。だから、メイクには常に気合いを入れているんだ」


「……!」

 綾子の説明を聞いて、衛はアッコとサラの顔を思い浮かべた。

 ──確かに、アッコは美人だ。化粧は周囲の女の子たちよりも薄めだが、それでも華やかな美貌を持っている。プリンセスの従業員の中でも、客の人気は高い。

 ──サラは、明るく人懐っこい性格をしており、アッコに負けず劣らず人気はある。だが、言われてみれば、確かにサラはいつもメイクが濃い目であった。


「それじゃあ、アッコちゃんだけが襲われたのは、彼女が美人だったから……?」

「そう考えるのが適切だ。……つまり、昨晩の事件で朽木人間の見せた行動は、枯人の行動目的とピッタリ当てはまる訳さ」

 綾子は人差し指を立て、得意気な顔でそう言った。


 なるほど──衛は腕組みしながら、そう思った。

 考え直してみると、朽木人間には、疑問が残るような行動が多かった。誰かを襲おうとしたと思ったら、今度は襲わずに素通りしたり。かと思えば、今度は二人の内の片方のみを襲ったり。

 しかし、その不可解な行動の中には、『美女を狙う』という目的があったのだ。

 綾子の説明を聞いて、それがハッキリと分かった。


 ──しかし。

(……ん?)

 そこで、衛の頭の中に、新たな疑問が浮かんだ。


「ち、ちょっと待って!」

 直後、マリーがぴょんぴょんと跳ねながら話を遮った。

 戸惑ったような表情をしている。どうしても腑に落ちないことがあるらしかった。


「そ、それじゃあ、一昨日起こった事件は!? 一昨日の事件では、襲われたのは綺麗な女の人じゃなくて、男の子だったのよ!? どうしてその時は、男の子を狙ったの!?」

 焦りと疑問を抱きながら、マリーが尋ねた。

 その横で、衛はマリーに同意するように、二度うなずいた。

 衛が抱いた疑問と、マリーが尋ねたことが、一致していたのである。


「そう。問題はそこだったんだよ」

 それに対して綾子は、同情するような表情を浮かべながら、マリーの問いに頷いてみせた。

「……私も最初、そこで躓いた。『どうして、その時の朽木人間は、男の子を襲ったのか』──その説明が、どうしても思いつかなかったんだ。だから、最初に話を聞いたとき、朽木人間の正体が検討もつかなかったんだ。……そこで、頭を柔らかくするために、考え方を変えてみたんだよ」

 そう言うと、綾子は右手の人差し指を立てた。


「『どうして朽木人間は男の子を襲ったのか』ではなく──『朽木人間は、本当に男の子を攫おうとしていたのか』とね」

「何……? 『男の子は襲われなかった』ってことか?」


「ああ。その男の子、気絶はしていたが、怪我はしてなかったんだろう? だとしたら、『朽木人間に襲われた』のではなく、『朽木人間に遭遇し、その恐ろしい姿を目の当たりにして気絶してしまった』という可能性もあるのではないか──そう考えたんだ」


「だとしたら、朽木人間は、どうしてあの場所に?」

「それはもちろん、美女をさらうためさ」

 当然の如く、綾子はそう答えた。

 そして、神妙な面持ちで、衛に尋ね返した。


「……なあ、衛。その場所には、男の子しかいなかったわけじゃあないだろう? ……もう一人、いたはずだ。その時、その場所で、朽木人間を見た人間が」

「……まさか」

「……私は当初、その人物のことを『男』だと思い込んでいた。だから、『朽木人間がその場に現れるはずがない』と思った。……だが、その場に居合わせた人物が『女』だったとしたら、全ての辻褄が合うんだよ」


 その時──

「……!」

 ──衛の背筋が、急速に凍りついた。

 頭の中に散らばっていた、疑問の点。それが、推理の線によって結び付けられ、回避すべき最悪の想像が全容を現していた。


 直後──衛は思わず、その人物の名を呟いていた。



「……シェリー」



「え……!? ね、狙われてたのは、男の子じゃなくて……シェリーだったの!?」

「……むう……確かにシェリーは、体も顔も、女優かモデル並じゃからな。狙われてもおかしくはない……」

 マリーは驚愕の声を上げ、舞依は戦慄の汗を流しながら言った。


「……やはり、その退魔師は女性だったんだね」

 三人の様子を見て、そして、三人が口にしたその名を聞いて、綾子は確信を持って頷いた。

「……これで、全てが繋がった。まだ確かな証拠がある訳ではないが……朽木人間の正体は枯人で、連続失踪事件の犯人もまた、枯人。……そしてそいつらを操っている黒幕は、妖桜と桜女郎である可能性が高い──って、どうしたんだい?」

 綾子が不意に、不思議そうな声を漏らす。

 衛とその助手二人が、青ざめた顔をしていたためである。


「おや、どうなさいました、皆さま方? 顔色が優れませんが」

 口を開かずに話を聴いていた田尻も、心配そうな顔で三人を気遣う。

 しかし、今の三人は、その気遣いに快く対応する余裕など、持ち合わせてはいなかった。


「ま、不味いんじゃないの衛……!?」

「シェリーが今おる場所は、確か──!」

「ああ……!」

 助手たちの焦りを帯びた声に、衛は青ざめた顔で答えた。

 シェリーは今、朽木人間の目撃情報があったという、奥多摩の森の中にいるはずである。


 ──もし、その森の中に、本当に朽木人間がいるのだとしたら。

 ──もし、朽木人間が本当に枯人だとしたら。

 ──そして、もし仮に、その森の中に、妖桜が封印されたはずの洞窟があるのだとしたら──。


「シェリーが危ねえ……!」

 衛は叫び、テーブルの上のスマートフォンを、素早く鷲掴んでいた。


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