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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 十四

「これを観てくれ」

 衛はそう言うと、ポケットからスマートフォンを取り出し、テーブルの上に置いた。一同の視線が、そのスマートフォンに集中する。

 それを意に介することなく、衛はスマートフォンを操作し始める。

「これは、昨日撮影した妖怪の動画だ」

「うおお! ありがたい! 実際に動いてる姿まで観れるなんて感激だよ! どれどれ……」

 身を乗り出し、間近で妖怪の動画を観ようとする綾子。

 その向かい側で衛は、動画の再生アプリを起動させると、一番真上の動画をタップ。再生を開始し、スマートフォンを綾子から見て正面となるように向けた。


 ──スマートフォンの画面に、昨晩の路地裏の光景が現れる。その中央に、光に照らされた三体の妖怪の姿が。三体とも、倒れた体勢からゆらゆらと立ち上がっているところであった。

「おお、素晴らしいよ衛! 不器用な君にしては、よく撮れてるじゃないか!」

「やかましい」

 綾子の余計な一言に、衛がツッコむ。

 そうしている間にも、画面内の妖怪の一体が、完全に立ち上がっていた。


「……ふむ……植物のような妖怪ですな……」

 それまで黙っていた田尻が、動画を観て、静かに言葉を漏らした。

「そうだね……植物、どちらかというと、樹木に近い……これは一体……」

 綾子の表情から、笑みが消えた。

 代わりに現れたのは、刃物のように鋭い目付き。真剣な気配が、じわじわと周囲に伝わる。

「心当たりは」

「分からない。ちょっと待ってくれ」

 衛の問いに、綾子が素早く返答する。

 その間も、視線は画面に釘付けであった。


「……何だか、目付きが変ったわね……」

「……目だけではない。雰囲気まで変わっておる。まるで別人じゃな……」

 真剣な形相で動画に食いつく綾子。その姿を見て、マリーと舞依は、ひそひそと話した。

 しかし、綾子本人は動画に集中していたため、人形たちの会話など全く耳に入ってこなかった。


 ──立ち上がった中央の一体が、こちらに向かってゆっくりと左手を掲げた。

 そして、一拍間を置いた後、こちらに向かって指を蔦のように伸ばしていた。

『フンッ!!』

 スマートフォンから、気合いに満ちた衛の声が響く。

 同時に、衛の右足が一瞬映り、迫り来る蔦を画面外に弾き飛ばしていた。


「……指が伸びるのか。蔦のようだ。本当に植物みたいだな」

 綾子が、小さい声でブツブツと独り言ちる。

 周囲の様子など、気に留めていない。意識と全神経は、完全に動画内の怪物に注がれていた。


 ──中央の一体は、衛の蹴りによって左手の指を完全に弾かれた。

 それから数秒の後、今度はゆっくりと右手を掲げようとしていた。先ほど、左手で衛を攻撃しようとした時のように。

 ゆっくり、ゆっくりと右手を掲げ、あともう少しで完全に衛の方を向く。


 が──直後、動画の再生がストップした。ここまでが、衛が撮影した動画の全てであった。

「む、終わりか」

「ああ。この後、すぐに戦闘になった」

「連中の闘い方はどんなだった? また指を伸ばしての攻撃かい?」

「ああ。ワンパターンだったから、強めの打撃で体を砕いて殺した。奴らのことを、俺たちは『朽木人間』と呼んでる。俺より前にこいつに遭遇した退魔師仲間が、そう仮称した」

「朽木人間か。少々長いが、分かりやすくていい」

「……それで、どうだ。何か心当たりはあったか」

「むう……」

 綾子は腕組みし、唸った。美しい顔の眉間には、悩むような皺が寄っている。


 沈黙し、考え込む綾子。一秒、二秒、三秒──七秒経過した後、綾子が口を開いた。

「……すまない、やはり心当たりはないよ。あんな妖怪を見るのは初めてだ」

「そうか……」

「……だが──もしかしたら、脳の片隅に、何か情報が残っているかもしれない」

 綾子は姿勢を正し、向き合っている衛に、真剣な瞳を向けた。

「教えてくれ、衛。この妖怪について、君が今知っていることを」


 衛は一度、静かにうなずいた。

 そして、紅茶の入ったカップを傾けた後、口を開いた。

「……俺の周囲で最初に奴が目撃されたのは、今からだいたい一週間前のことだ。知り合いののっぺらぼうの女性が、夜の十時頃、この朽木人間を目撃したんだ」

「『のっぺらぼうの女性』だって!? ……って、それどころじゃなかった。ええっと、夜の十時か……。朽木人間は、その女性に何をしたんだい?」

「何も」

「『何も』? 特に何もしなかったのかい?」

「ああ。目は合ったが、特に何もされなかったらしい。そのままふらふら歩いて、素通りしていったそうだ」

「ふむ……」

 綾子は、口元に手を当てて考え込む。その姿を見て、昨日の自分と同じことを考えているのだろうと衛は思った。


「……次に目撃されたのが、今から二日前。この朽木人間が男の子を襲われているところを、さっき話した退魔師仲間が助けたんだ」

「ふむ……男の子を……。その子に怪我は?」

「無事だ。気絶してて何をされたのか覚えてないらしいが、取り敢えず外傷はねえ」

「……」

「昨日、退魔師仲間が念のためにその子の家を訪問して、体の検査をした。それでも何も異常は見つからなかった」

「……」

 綾子は、何も答えなかった。視線を落とし、衛の話に耳を傾けたまま沈黙していた。


「……そして昨日、俺も奴らをこの目で見た。ちょうど、人を襲ってるところだった。さっき見せた動画は、その時に撮ったもんだ」

「被害者は、どんな人だったんだい?」

「プリンセスの、サラちゃんとアッコちゃんだ」


「えっ?」

 その時、綾子が目を丸くした。予想外の名前が出たことで、驚いたようであった。

「『プリンセス』って、新宿にあるカツミさんの店だろ? サラちゃんとアッコちゃん、襲われたの!?」

「ああ。二人で買い出しに出ている間に、跡をつけられたみたいだ」

「大丈夫だったのかい!?」

「サラちゃんは無事だ。……けど、アッコちゃんが三体の朽木人間にまとわりつかれて、気絶させられた。今のところ、意識はハッキリしてるし、怪我も軽傷だ」

「そうか……かわいそうだが、命に別状はないんだね」

 二人の安否を聞き、綾子はほっと胸を撫で下ろした。


「……ああ、すまない。それで、実際に朽木人間に対面してみて、何か気付いたことはあったかい?」

「気付いたことか……」

 腕を組む衛。そのまま瞼を閉じ、僅かに思考する。

 数秒の後、瞼を開き、腕組みしたまま答えた。


「……そう言えば、朽木人間の遺体の近くに、桜の花びらがあったんだ」

「何?」

 綾子は、訝しむような目を衛に向ける。対する衛は、普段通りの仏頂面のまま、眉一つ動かさない。

「桜だって? この時期に?」

「そうだ。この時期にだ」

「……気になるな。それ、採取してるかい?」

「いや、出来なかった。近寄って掴もうとしたら、塵みたいになって風に飛ばされた」

「ふむ……」

 綾子はテーブルに肘をつき、口の前で両手を組んだ。そして、先ほどまでよりも一層眉間に皺を寄せ、考え込んだ。

「……桜……桜ねえ……桜……」

 ぶつぶつ、ぶつぶつと。綾子は繰り返し『桜』という言葉を呟き続けた。


「……朽木人間について今わかってるのは、ここまでだ。改めて、何か心当たりは」

 衛は、ぶつぶつと呟き続ける綾子に対し、そう訊ねた。

 すると、綾子は呟くのを止め、視線を落とした。

「う~ん……」

「…………」

「んんん……桜が関係してるのか……? 桜についての妖怪はいくつか知ってるけど、どれも朽木人間の特徴と一致してないんだよなぁ……」

 そう言いながら、綾子は下に向けていた視線を、上へと移動させる。ソファーにもたれ込み、天井を仰ぎ見ながら、額に手の甲を当てた。


「……もやもやする……。何か頭の中でつっかえてるんだよ……このつっかえてるものが取り払えたら浮かびそうなんだけど……」

「そうか……」

 綾子の答えに、衛は眉根を寄せ、肩を落とす。綾子との付き合いは、そう短くはない。故に衛には、彼女のこの様子を見ただけでそれが分かった。どうやら、正解まで辿り着くには時間がかかりそうだ。


「……すまない衛。もう少し時間をくれないか」

「分かってる。急かしたりはしねえよ」

 参ったように言う綾子に、衛はそう答えた。

 その一言を最後に、広い書斎には沈黙の時が満ちた。


 衛は、ソファーに座ったまま手を組み、前屈みの姿勢になった。瞼を閉じると、疲れた目に潤いがもたらされるのを感じた。

 マリーはお茶請けのクッキーをもそもそと食べ、舞依は残り少ない紅茶に口を付けた。それを見た田尻が、ティーポットの中の紅茶を、舞依のカップに注ごうと用意を始めていた。

 綾子は──動かなかった。天を仰いで目を閉じ、額に手の甲をあてたまま、眠っているかのように沈黙し続けていた。


 ──どれくらい経った頃か。

 不意に綾子が、クククと含み笑いを漏らし始めた。

 その声に、一同が綾子に目を向けていた。


「……いや、それにしても、朽木人間か。今回もまた厄介な事件に関わってしまったね」

 綾子は苦笑しながら、衛に言った。

 その言葉に、衛は疲労したような顔で答える。

「まあな。実戦が積めるのはいいが、敵の情報が分からないのが面倒臭え。ただでさえ、もう一つ抱えてるヤマがあるってのに」

「何? もう一つ依頼を受けてるのかい?」

 驚いたように、綾子が目を丸くする。


「どんな事件なんだい? 妖怪絡み?」

「いや、犯人はまだ分からない。今話題になってる、女性の連続失踪事件について依頼を受けたんだ。お前は最近まで海外に行ってたから、知らないかもな」

「連続失踪……ああ、そういえば、今朝ニュースでやってたな。それも調べてるのか、君は。体がもたなくなるぜ」

 呆れたように苦笑をこぼす綾子。

 衛は、澄ましたような顔で鼻を一つ鳴らす。

「……仕方ねえよ。それが俺の仕事だ」

「ははは、君らしい答えだ。しかし、退魔師の相手は、化け物や超能力者なんだぜ? もし犯人がそういう輩じゃなくて、普通の人間だったりしたらどうす──」


 ──その時、綾子の言葉が途切れた。

「……」

 綾子の表情から、また笑みが消えた。

 鋭い目付きになり、口元に手を当てている。


「……『女性の』……『連続失踪』……?」

「……おい。どうした綾子」

 綾子の異変に、衛は思わずそう訊ねた。

 返答はなかった。代わりに、ぶつぶつと言葉を呟いていた。


「……なるほど、これなら……だが、これは……? ……いや、こう考えれば……」

 ぶつぶつと、綾子は小さな声で呟き続ける。

 そうしながら、様々な知識を詰め込んだ脳をフル稼働させ、幾重も思考を巡らせていた。

 その様を、残りの四人は神妙な面持ちで見つめていた。綾子は一体、何を考えているのだろう──と。


「……!」

 ──不意に、綾子が呟くのを止めた。

 目を見開いたままの、呆然とした表情。その顔のまま、固まっていた。

「綾子?」

 衛が声を掛ける。

 綾子は、やはり答えなかった。


「……!」

 ──次の瞬間、綾子が動いた。

 弾かれたようにソファーから立ち上がり、本棚の一つに向かって、勢いよく駆けていく。

 そして、そこから分厚い本を一冊引き抜くと、素早くパラパラとページをめくり始めた。

「……違う、これじゃない」

 開いたばかりの本を閉じ、元あった場所に素早く戻す。

 そして、次はその隣の本を取り出し、また開いた。

「これも違う」

 また本を閉じ、元の場所に直す。

 そして、また隣の本に手をつける。

 綾子のそんな姿を、四人は呆然と見つめていた。バラバラと勢いよく本をめくる綾子に、言いようのない不安を感じていた。


「……!」

 本をめくる綾子の手が止まった。

 鋭い視線が、開いたページの一ヵ所に留まっていた。

「……そうか」

 綾子が呟く。

 その表情に、不敵な笑みが浮かび上がっていた。

「……『そういうこと』か……!」

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