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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
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妖花絢爛 十三

11

 倒れた綾子を田尻が世話している間に、衛たち三人は、綾子邸内の書斎へと移動した。

 その書斎は、とても広かった。一般的な書斎と比べると、四倍か五倍くらいの広さである。

 備え付けられた本棚は、天井に達するほどの高さがある。その棚には、僅かなスペースも残らぬほどに、本がびっしりと詰め込まれている。

 古い書物。真新しい書籍。日本語。外国語。様々な本があった。共通しているのは、それら全てが、妖怪に関しての本であるという点だ。

 書斎というより、『小さな図書館』と形容したほうがしっくりとくるような──そんな場所であった。


 衛達が書斎のソファーに腰を下ろして五分後、綾子と田尻が遅れて到着した。

 衛たちに対面した時の綾子は、タートルネックを着ていたが、鼻血によって着ていた衣類は全て汚れてしまったらしい。そのため、図書館に辿り着いた時の綾子は、ボトムズにジーンズを履き、トップスに、やたら力強く『海苔巻き』と毛筆されたシャツを着た姿となっていた。


「いや~申し訳ない! みっともないところを見せてしまったね~! まさかこの家の中に妖怪が来てくれるなんて思っていなかったから、興奮してしまったよ! ははははは!!」

「「あ……あはははは」」

 綾子が豪快に笑い散らす。

 それに合わせるように、マリーと舞依は引き攣ったような愛想笑いを返した。


「というわけで、遅ればせながら、自己紹介をさせていただこう。私の名は、御堂綾子。この家の主人にして妖怪研究家の、ゆるふわ愛されお姉さんだ! 気軽に『綾子ちゃん♡』って呼んでネ!」

 綾子はそう名乗ると、二人の人形妖怪に対し、ウィンクをして見せた。その茶目っ気たっぷりにウィンクする姿だけならば、『ゆるふわ愛されおねえさん』を自称しても許されたのかもしれない。


 しかし、マリーと舞依の心には、しっかりと刻み込まれていた。この、『淑やか』という言葉を具現化したかのような美貌を持つ『ゆるふわ愛されお姉さん』が、たった数分前に、自分たちに対面した興奮で鼻血を飛び散らせ、車にはねられた猫の如く卒倒した光景が。


「それにしても、まさかあの衛が助手を雇うとは! 今までずっと『出来るだけ他の人は巻き込みたくない』なんて言ってたのに、いやぁ人は成長するもんだねぇ!」

「まあな。色々あったんだよ」

「うんうん、そうだろうねえ、お姉さんは嬉しいよ! しかもその助手の二人が、どっちも妖怪だなんて! どういう風のふきまわしだい衛! そんなに思いきったことをしちゃって!」

「色々あったんだよ」

 にたにたと笑いながら質問を浴びせ掛ける綾子に対し、衛はぶっきらぼうに答える。そして、田尻が淹れた紅茶に口をつけた。


 そんな両者の姿を見て、マリーと舞依は、おずおずと質問を投げ掛ける。

「あ、あのう……綾子ちゃんって、一体どんな人なの?」

「妖怪研究家と言っておったが、具体的にはどんなことをしておるのじゃ?」

「ん? おお、いい質問だ。ならば分かり易く丁寧に教えてあげようじゃないか!」

 綾子は嬉しそうな顔でそう言うと、自分のティーカップに口をつける。

 そして、己の喉に潤いを与えた後、また口を開いた。


「妖怪研究家ってのは、文字通り、『妖怪を研究している』のさ。私は物心ついた頃から妖怪が大好きでね。本やらテレビ番組やら、とにかく妖怪に関するものには片っ端から手を付けていたんだ。家族からは、『変わった奴だ』って思われてたけどね」

「ほう、家族からの理解は得られなかったんじゃな」

「うん、最初はね。でも、熱心に妖怪のことを調べ続けてたら、家族も納得してくれたよ。『あんなに楽しそうな顔をしてるんだから、幸せなんだろう』ってね」

 いや、納得というより諦めに近いか──そう言いながら、綾子は小さく苦笑した。


「ふーん。よっぽど妖怪が好きだったのね。飽きたりはしなかったの?」

 クッキーを頬張りながら、マリーはそう尋ねる。

 すると、何を言っているんだと言わんばかりに、綾子はからからと笑い始めた。

「まさか! 飽きるどころか、ますます興味が大きくなっていったよ。『この世にはどんな妖怪がいるんだろう』、『どうすれば会えるんだろう』ってね。その内、本屋で売ってる本だけじゃ我慢できなくなってね。大昔に書かれた書物や、海外の書籍なんかにも手を出し始めたんだ」

「ほう。ならば、ここにある本が?」

 周囲の本棚を見渡しながら尋ねる舞依。

 すると綾子は、得意げに頷いた。

「うん。それでも満足できなくて、妖怪の伝説が残る場所に行って、調査を行うようになったんだ。つい最近まで海外に行ってたのも、妖怪の調査のためだったんだよ」

 綾子はそう言いながら、己の髪に触れる。ゆるやかなウェーブのかかった髪を、人差し指でくるくると巻き、弄んでいた。


「妖怪のことに夢中になってるうちに、気付いたら大人になってた。その間に、楽しいことはいっぱいあったけど、逆に辛いことも色々あった。妖怪への興味を失うことはなかったけど、『このまま続けてもいいのだろうか』って思ったこともあった。……けど、今は続けてよかったって思ってる。今までに培ってきた知識が、こうして妖怪への対策に役立ってるし、調査に赴いた場所で、本物の妖怪にも会うことが出来た。こんな風に、かわいらしい妖怪のお客様も来てくれたしね」

 綾子はそう言うと、にっこりと笑った。

 そして、テーブルの上のクッキーを、リスのように口いっぱいに詰め込んだ。


「まあ、こういう奴だよ。綾子は」

 綾子がクッキーを貪っている間に、衛は助手二人に、そう話し掛けた。

「キャラは強烈だけど、悪い奴じゃねえ。それに、今の日本で、こいつよりも妖怪に詳しいやつはそんなにいない。だから俺は、こいつと協力関係を結んでるんだ。今回の事件で見た妖怪についても、こいつなら何か知ってるかもしれない」


「そういうことだ! 本物の妖怪である君たちにこんなことを言うのも失礼かもしれないが、妖怪に関してのことなら、何でも私に訊いてくれたまえ!」

 クッキーを飲み込んだ綾子が、声を張り上げた。先ほど以上に、生気に満ち溢れた表情である。

「という訳で、本題に入ろうか衛! 君が今抱え込んでいる事件を、私に洗いざらい話しちまいな!」

 はつらつとした様子で要求する綾子。力の漲るその声は、広い書斎の隅々まで響いていた。

 対する衛は、目に意志を込めながら、力強く頷いていた。

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